「君との婚約は破棄する!」と声高に宣言されたので、待ってましたとばかりに隣国へ飛んだら、なぜか冷酷無慈悲なはずの皇帝陛下に溺愛されています
「君のような冷酷な女とは、本日をもって婚約破棄させてもらう! さらには男爵令嬢マリィをいじめた大罪により、国外追放とする!」
王立学園の卒業パーティという晴れやかな大舞台。
煌びやかなシャンデリアが照らす広間の中心で、王太子ユリウスは声高らかにそう宣言した。彼の隣では、泣き腫らした目をした小柄な男爵令嬢マリィが、ユリウスの腕にすがりついて震えている。
周囲を取り囲む貴族の生徒たちからは、静かなざわめきと、私――公爵令嬢のエリアルを軽蔑するような冷ややかな視線が突き刺さる。
(や、やったぁあああっ!!!!!)
私は完璧な淑女の仮面の裏で、両手を天高く掲げて万歳三唱したいほどの歓喜に打ち震えていた。
やった。ついにこの日が来た!
毎日毎日、分厚い国政の書類を山のように処理させられ、王太子妃教育という名の地獄の詰め込みスケジュールをこなす日々。王太子の尻拭いのために睡眠時間は削られ、胃痛に耐えながら生きてきたのだ。さらにはユリウス殿下が起こす女性トラブルの後始末まで押し付けられる始末。
そんな過労死寸前のブラックな環境から、ついに解放される!
「……まさか、マリィ様をいじめたなどという事実無根の罪まで着せられるとは思っておりませんでしたが」
私はふくらみかける喜びを必死で抑え込み、最も美しく、けなげに見える角度で深く頭を下げた。扇で口元を隠し、悲痛な様子で瞳を伏せる。
「王太子殿下のご決断とあらば、謹んでお受けいたします。ただちに出国いたしましょう」
「なっ、なんだとお前!? いつものように泣き喚いてすがりついてこないのか!?」
「殿下のご健勝と、お二人の末永き幸せを心よりお祈り申し上げますわ」
呆然とするユリウス殿下とマリィをその場に残し、私は優雅な足取り、しかし内心はスキップを踏むようなリズムで、広間を後にした。
……いつものように泣き喚く? 私はあなたの尻拭いで徹夜続きのせいで、泣く気力すら残っていなくてよ!
重い扉が閉まった瞬間、私を押さえつけていた王都の呪縛が解けた気がした。
「お嬢様、お荷物の準備はすべて完了しております」
「ありがとう、アンナ。あなたには本当に助けられたわ」
公爵家の自室に戻った私は、豪華なドレスを一瞬で脱ぎ捨てると、ベッドの下に隠してあった革製の動きやすい旅装へと素早く着替えた。
国外追放の宣告までは予想外だったが、婚約破棄の兆候は数ヶ月前から明確だった。書類仕事すらまともにこなせない彼が、私という「優秀だが口うるさい婚約者」を煙たがっているのは明白だったからだ。
だからこそ、私は着々と逃亡資金と偽造身分証を用意していた。
「お父様には、あとで手紙を送っておいてちょうだい。私が行方をくらまして隣国へ渡ったとわかれば、責任追及も有耶無耶にできるはずよ。公爵家の手引きなら言い逃れできないけれど、私個人の夜逃げならただの不祥事で済むわ。父上への迷惑も最小限になる」
「お嬢様……どうか、どうかご無事で」
「ええ。これからは自由の身だもの。静かな田舎町で、絶対に幸せなスローライフを送ってみせるわ」
涙ぐむアンナに微笑みかけ、私は裏口からひっそりと公爵邸を抜け出した。
用意しておいた辻馬車に乗り込み、一路、隣国であるオースティン帝国との国境を目指す。
ごつごつと揺れる馬車の中で、窓枠に肘をつき、夜風に金糸の髪を揺らしながら、私は大きく伸びをした。
「ああ……最高ね」
書類の束もない。王太子の自慢話や愚痴を聞かされることもない。
オースティン帝国は武に秀でた少し規律の厳しい大国だと聞いているが、王室の鎖に繋がれ過労死寸前だった日々に比べれば、天国みたいなものだろう。
のんびりと自由な風を満喫しながら、国境へと向かう旅は至極順調に――。
「止まれ! 随分とお上品な馬車だが、置いてある金目のものを全部もらうぜ!」
――進むはずだったのだが。
国境手前の深い森に差し掛かったところで、無骨な剣を構えた数十人もの男たちに馬車の周囲を完全に包囲されてしまった。
馬車を操っていた御者が悲鳴を上げて逃げ出してしまう。
私は舌打ちをして、護身用の隠し剣をブーツから引き抜いた。
「……ユリウスの差し金、というわけでもないようね。ただの野盗かしら」
数人は相手にできる護身術の心得はある。だが、さすがに二十人以上を一人でどうにかするのは無理だ。
(せっかく自由になれたのに……ここで終わりなんて冗談じゃないわ!)
私が覚悟を決めて剣を構え、馬車から飛び出そうとした、一触即発のその瞬間だった。
「――そこにいる輩、即刻武器を捨てて投降しろ。さもなくば斬る」
低く、冷気すら帯びた絶対的な声が夜の森に響き渡った。
地鳴りのような馬蹄の音が近づき、漆黒の軍馬にまたがった一団が野盗たちを一瞬で取り囲んだのだ。
黒銀の甲冑を纏った、恐ろしいほどに洗練された騎士たち。
その先頭に立つのは、月明かりの下でも一際目を惹く、見事な白銀の髪と氷のように鋭い蒼瞳を持つ長身の青年だった。
青年が軽く右手を挙げただけで騎士たちが一斉に動き、野盗たちは全く抵抗の暇もなく、悲鳴を上げる間もなく一瞬で地に伏せさせられ、制圧された。
(な、なんて圧倒的な連携なの……!?)
あんな精強な兵士たち、自国の王都の近衛兵でだって見たことがない。
「……そこの令嬢。怪我はないか」
「あ、はい……助けていただき、ありがとうございます」
馬から降りた青年が、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。
整いすぎた美貌。底冷えするような覇気と威圧感。
オースティン帝国の騎士だろうとは推測できたが、彼から発せられる存在感は尋常の騎士のそれではなかった。一歩近づかれるごとに、空気が凍りつくような錯覚すら覚える。私は無意識に一歩後ずさった。
しかし次の瞬間。
私の顔をはっきりと視界に収めた青年の蒼い瞳が、信じられないものを見るように限界まで見開かれた。
「え?」
「――っ!」
ガンッ! と身にまとった剣や鎧の鳴る大きな音が響いた。
彼は私が手に持っていた隠し剣など見向きもせず、力強い腕で、私をぎゅうっと抱きしめたのだ。
壊れ物でも扱うかのように優しく、しかし絶対に逃さないという強さで。
「え、あ、あの……!?」
「やっと……やっと見つけた」
耳元にすり寄せられた彼の頬が、わずかに震えている。
彼の口からこぼれたのは、先ほどの他者へ向けた冷酷な声とはまるで違う、熱に浮かされたような……泣くのを堪え、喜びに咽び泣くような、ひたむきな声だった。
「五年間、一日たりとも君を忘れたことはない。……もう二度と、君を離さない」
突然の展開に、私の思考回路は完全に停止した。
(だ、誰!? っていうか、なんでこの方、こんなに私に執着してるの!?)
自由を夢見て国を飛び出した私の旅は、いきなり予想外すぎる人物に見つかるという形で、想定外の方向へと進もうとしていた。
*
「よくよく見れば、お前は……エリアルか?」
馬上の青年が私の名をつぶやいたことで、私はさらに混乱を深めた。
どうやら彼は私を知っているらしい。しかも、こんなに強く抱きしめてくるほどに。
「あの、恐れ入りますが、初対面のレディをこのように強く抱きしめるのは少々マナー違反かと存じますが……その、あなたはどなたでしょうか?」
必死に体を離そうとするが、彼の腕はびくともしない。
「……すまない。あまりの驚きと喜びに、つい感情が先走ってしまった」
青年は渋々といった様子で腕を緩めると、真っ直ぐに私の目を見た。
「私の顔に見覚えはないか? エリアル」
「えっと……」
月の光に照らされた彼の顔をじっと見つめる。
白銀の髪に蒼い瞳。切れ長の美しい目元。どこかで見覚えがあるような気もするが、これほどの美丈夫を忘れられるはずがない。
「……申し訳ありません、存じ上げません」
「そうか……無理もない。あの時、私は泥にまみれ、顔は腫れ上がり、死にかけていたからな。――五年前だ。君の父親の領地である辺境の村で、ならず者に追われ、行き倒れていた少年のことを覚えていないか?」
五年前。父親の領地。行き倒れの少年。
記憶の糸をたどり、私はハッとした。
「もしかして……あの時の、ぼろぼろだった『ルイス』くん!?」
「ああ。そうだ」
青年は、人が変わったようにふわりと優しく、とても甘い笑みを浮かべた。
五年前、私は視察に赴く父の馬車にこっそりついていき、辺境の村で倒れていた少年を見つけた。暗殺者のような男たちに追われて重傷を負っていた彼を、私は護衛の騎士たちを指揮して助け出し、名前も素性も深く聞かず、ただ手厚く看病をして逃がしたのだ。
その時、彼は自分の名を『ルイス』とだけ名乗った。
「あの時の少年が、こんなに立派になられて……騎士様になられたのですね」
「いや。私は騎士ではない」
「え?」
「私の本名は、レザリアド・ヴェル・オースティン。このオースティンの直系だ」
オースティン。
その名は、隣国であるこの大帝国を統べる皇帝の血筋であることを意味する。
「え、ええええええっ!? 皇帝陛下ご本人!?」
「五年前はまだ皇位継承権争いの渦中で、腹違いの兄に命を狙われて他国へ逃げ込んでいたのだ。あの時、君が私を助け、匿い、追っ手を撒いてくれたおかげで、私は生き延びることができた」
「そ、それは……ただの、人命救助といいますか」
「君にとってはどうあれ、私にとっては命の恩人であり、唯一の光だった」
レザリアド陛下は真剣な眼差しで私を見据え、私の手をとって恭しくその甲に口付けを落とした。
「あの後、皇位争いに決着がつき、即位して真っ先に君を探した。国境付近の村での出来事だったため見つけるのに随分と手間取ったが……まさか、他国の公爵令嬢だったとはな。それにしても、君はなぜこんな夜更けに、しかも一人で国境を越えようとしていたのだ?」
私は彼に見つめられ、どう説明すべきか一瞬迷った。
まさか「婚約破棄されたので喜んで夜逃げしてきました」とは言いづらい。
しかし、ごまかすのも疲れる。私はもう、自由なのだから。
「……実は、今夜、王太子である婚約者から婚約破棄を突きつけられまして。さらには国外追放と言い渡されたのです」
「なんだと?」
瞬間、レザリアド陛下を取り巻く空気が、絶対零度へと急激に冷え込んだ。
先ほどまでの甘やかな態度はどこへやら、背後に控えていた騎士たちも思わず身震いするほどの殺気が立ち上る。
「私の命の恩人であり、誰よりも愛おしい君を、貴様らは追放したというのか?」
「あ、いえ! 私としてはむしろ願ったり叶ったりでして! すぐに荷物をまとめて逃げてきたところなのです! だから、怒らないでください!」
「……願ったり叶ったり?」
「はい! 過密なスケジュールと理不尽な要求で過労死寸前だったので、解放されて清々しているんです。オースティンの田舎で、のんびりスローライフを送ろうと思いまして!」
私が満面の笑みでそう告げると、レザリアド陛下はきょとんとした後、ふっと吹き出した。
「くっ……はははは! 相変わらず君は逞しいな。あの時も、追っ手に向かって泥を投げつけながら『こっちよ!』と囮になってくれた。あの強さは健在というわけか」
「あれはその、若気の至りですわ」
「だが、田舎でのスローライフは諦めてもらう」
「え?」
「君は私が保護する。いや、保護という名目で、今度こそ私の側に囲い込ませてもらうと言うべきか。君を手放す気など、もう毛頭ない」
彼は半ば強引に私を抱き上げると、そのまま自分の乗っていた漆黒の馬へと乗せた。私もその前に乗せられ、彼の手が手綱を握るために私の両脇から伸びる。完全に彼の腕の中にすっぽりと収まる形になってしまった。
「えっ、ちょ、陛下!?」
「レザリアドでいい。行くぞ、帝都へ」
そうして私は、あれよあれよという間に国境を越え、気がつけば隣国の広大な帝都の中心にそびえる豪奢な皇宮へと連れ去られていたのだった。
*
「なっ……なんだ、あれは」
「素晴らしい……!」
「エリアル様がお召しになると、まるで妖精のようですね」
私が案内されたのは、皇宮で最も豪奢な賓客用の部屋だった。
オースティン帝国到着後、レザリアド陛下から「国境警備用の馬車は乗り心地が悪いから」と、わざわざ自らの馬に同乗させられ、そのまま城へ護送……もとい保護された後、用意されたのは皇女が着るような最高級のドレスと、おびただしい数の装飾品だった。
私は専属の侍女たちに囲まれ、数時間かけて磨き上げられていた。
「レ、レザリアド陛下……これはいくらなんでもやりすぎでは……?」
私が恐る恐る告げると、彼はいかにも不満げに眉をひそめた。
「不服か。ならば、もっと別のドレスを持たせよう。城下中の宝石商を呼びつけるか」
「違います、違います! そうではなくてですね、命を助けられたお礼とはいえ、ただの傷ついた逃亡令嬢にこれほどの待遇は、破格すぎるかと思いまして」
「逃亡令嬢などではない」
彼は深く嘆息すると、私の側に歩み寄り、片膝をついて私の手を取った。
その神々しいまでの美貌が間近に迫り、心臓が跳ね上がる。彼の大きな手が、私の小さな手を包み込んだ。
「エリアル。君は私の『恩人』であると同時に、私が初めて――そして生涯で唯一、心を許した女性だ」
「唯一……し、生涯で!?」
「あの日、君が見ず知らずの他国人である私を助け、汚れなど気にせずつきっきりで看病してくれた。優しく微笑みかけてくれたあの日から、私の心は君から離れたことはない。この五年間、君を見つけ出すために生きてきたようなものだ」
「そんな、私はただ――」
「君はただの少女だったかもしれないが、私にとっては……地獄のような政争の中で唯一、手を差し伸べてくれた光だ。君の存在があったからこそ、あの日々を乗り越えられた」
その熱を孕んだ蒼い瞳に見つめられ、私は言葉を失った。
(……なんだか、ものすごく執着されてない!?)
私が思っていた「行き倒れの恩返し」と、彼の抱いていた「恩返し」の熱量には、とんでもない差があったようだ。
「……君は、オースティン帝国のような武骨で堅苦しい国は嫌か?」
彼の不安げな響きを帯びた声に、私は首を横に振った。
「まさか。私は自立したスローライフを夢見て国を出たのです。でも、王都の過酷な労働から解放されただけでも、夢みたいに幸せなんですよ」
「ならば、私のそばにいてほしい」
「えっ」
「君が望むなら、政務は一切させない。毎日君を甘やかし、花を与え、宝石を与え、君が望むすべてのものを差し出そう。もちろん、私の側という名の鳥籠に入る気がないのなら、広大な庭を自由に歩き回らせよう。……ただ、君の手放し方だけがわからない」
「そ、それは……プロポーズ、みたいなものでしょうか?」
私が顔を真っ赤にして尋ねると、皇帝である彼は、耳の先まで朱に染めて深く頷いた。
「ああ。五年間、ずっと君だけを愛していたからな」
その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられた。
これまで私の努力など当たり前だと思い、文句ばかり言っていた元婚約者とは違う。あの日の一夜の恩を忘れず、五年もの間、一途に想い続けてくれた人がいる。
私だって、これほどの美貌で真っ直ぐに愛を囁かれれば、心が傾かないわけがない。
(というか、この顔でこんなこと言われたら、断れる令嬢なんてこの世に存在しないでしょ……!)
「……政務は、少しは手伝わせてください。ずっとゴロゴロしているのは性分に合いませんし、オースティン帝国の役に立てるなら本望です」
「エリアル……っ!」
彼は私の手を握り締め、感極まったように何度も口付けを落とした。
冷酷無慈悲な皇帝と呼ばれる彼の、私だけに見せるこの熱情。
どうやら私の自由なスローライフは、最高に甘やかされる『愛されスローライフ』にジョブチェンジしたようだ。
*
――それから一ヶ月後。
隣国オースティン帝国の皇宮にある、美しい薔薇園のガゼボ。
私は豪華なレースのパラソルの下で、最高級の紅茶を飲みながら、祖国の調査を命じていた隠密からの報告書を読み終え、小さくため息をついた。
「エリアル。どうした。顔色が優れないが、何かあったか?」
山のような書類の処理をあっという間に終えたレザリアドが、私の隣にずいっと身を寄せて、私の肩を抱き寄せた。彼はあれからというもの、少しでも時間を見つけてはこうやって私にくっついて離れない。
「いえ、少し祖国の報告書を読みまして」
「……ああ。彼奴等の話か」
レザリアドの蒼い瞳が、一瞬にして冷ややかな光を帯びた。
彼がどれほど私の祖国、特に王太子ユリウスに殺意を抱いているかは、この一ヶ月で嫌というほど分かっていた。
「ええ。案の定と言いますか……王太子ユリウス殿下は、廃嫡されたそうです」
「当然だ。あの馬鹿が君という有能な支えを失って、国政が回るはずもない」
報告書によれば、私が抜けた後の王都の政務は崩壊した。
元々すべての負担を私に丸投げしていたユリウスは、決済すらまともにできず、わずか一週間で重要な書類が滞り、近隣諸国との外交に深刻な支障をきたしたらしい。
そこへ加えて、男爵令嬢マリィの暴走である。彼女は王太子妃の座を確実にしたと勘違いし、王城の予算を使ってありとあらゆるドレスや宝石を買い漁り、国庫に多大なる損害を与えた。
結果として、激怒した国王によって二人は揃って断罪され、ユリウスは廃嫡のうえ辺境の修道院へ幽閉。マリィは身分を剥奪されたうえで平民へと落とされ、莫大な借金を背負わされたとのことだった。
「私の父上もうまく立ち回ってくださったようで、公爵家の責任は問われなかったようですわ」
「当然だ。もし君の父親に少しでも危害が及んでいたなら、私が自ら軍を率いてあの国を物理的に更地にしていたからな」
「へ、陛下!? さすがに他国を滅ぼすのは冗談ですよね!?」
「冗談ではない。君を虐げた連中だ。全員の首を刎ねなかっただけでも、私の慈悲深さに感謝するべきだろう」
本気としか思えない冷たい声色に、私は引きつった笑みを浮かべるしかない。
冷酷無慈悲な氷の皇帝。その片鱗を見た気がする。
しかし次の瞬間、彼は私を優しく抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。
「あの国のことはもう忘れろ。君はこれから、私の腕の中で永遠に幸せになればいいのだから」
皇帝の公務中であろうがなかろうが、すっかり甘えた大型犬のようになっている彼に、私は肩の力を抜いて微笑えみ返した。
「はい。ですが、そろそろ仕事に戻らないと、宰相様が書類の山を持って怒鳴り込んでくるのではありませんか?」
「構うものか。皇帝の最優先事項は、最愛の妻を愛でることだ」
「まあ、陛下ったら」
彼の首に腕を回すと、さらに深く抱きしめられる。
理不尽な婚約破棄から始まった私の逃走劇は、予想外の溺愛生活へとたどり着いた。
もう二度と、あんな過労と胃痛に悩まされることもない。
「愛しているよ、エリアル。五年前も、今も、そしてこれからも」
「私もですわ、レザリアド様」
ガゼボの周囲に咲き誇る薔薇よりも甘い口付けを交わしながら、私は内心でつぶやいた。
私を追い出してくれて本当にありがとう、ユリウス殿下。
おかげで私は、最高に幸せな愛されスローライフを手に入れました。
お読みくださりありがとうございました。
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