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第85話 蘇我氏 VS 物部氏

3百年前(4世紀)、我が秦一族が()(づき)(こく)から渡来するおり、新羅(しらぎ)に行く手を阻まれた。

その知らせを聞いた(おう)(じん)天皇は、葛城(かつらぎ)()を派兵したが、思わぬ苦境に立たされた。

それを救ったのが()()()である。

蘇我氏は、ネストリウス派キリスト教の布教のため新羅まで来ていた。

ネストリウス派キリスト教は、キリストは元々人間だった。

それが、死後蘇って神になったという宗派である。

対局をなすのは、キリストは元々神である。

尚且つ精霊でもあり、神の子でもある三位一体の考え方がアタナシウス派である。

この二派は何百年にも渡り、自らの考え方が正しいと論争を繰り返していた。

両派ともキリストは神なのだからそんなに争うこともないと思うが、問題は母マリアの扱いである。

ネストリウス派は、キリストは人間だったの考え方なので、当然母も人間であるから信仰の対象とはならないが、アタナシウス派は母マリアを聖母として信仰の対象とすることが大きな違いだ。

2百年前(西暦431年)、エフェソス公会議においてネストリウス派キリスト教は、完全に異端とされた。

これ以降、ローマではアタナシウス派が主流になり、ネストリウス派は東方へ布教することになって、中華では(けい)(きょう)と呼称された。

そんな蘇我氏は、葛城氏の客分になり、ヤマトへ渡来した。

葛城氏は8百年前(紀元前3世紀)、(じょ)(ふく)が連れてきた5百人の童の末裔だ。

したがって二つの掟である「けっして神道(しんとう)を壊さない」という約束を取り付けたうえでヤマトへ迎えた。

渡来した当初は、その約束は守られた。

だが、年代が過ぎるにつれて、蘇我氏の武力が増し始め、やがて大恩ある葛城氏を滅ぼしてしまったあたりから状況が変わってきた。

()()稲目(いなめ)の代になったおり、天皇家の外戚の地位を得たことをかわきりにネストリウス派キリスト教の布教を本格化した。

それは神道の勢力を脅かすものだった。

では、蘇我氏に対抗できる豪族はいなかったかといえばさにあらず、当時最大の武力を誇った物部(もののべ)()こそ蘇我氏を凌ぐ最強豪族といえよう。

当主の物部(もののべ)()輿(こし)はことあるごとに蘇我稲目と対立した。

物部氏は8百年前(紀元前3世紀)、徐福と大国主(おおくにぬし)の娘タカテルヒメとの間に生まれた子の末裔である。

したがって物部氏はレビ族の末裔ということになる。

徐福は、徹底してタルムード(アブラハムから続くヘブライ人の言い伝え)を教え込んだ。

やがてその子は、成長し物部の氏名(うじな)を号し、信濃(しなの)の諏訪に社を築き拠点とした。

物部氏は徐福の教えを忠実に守った。

それを裏付ける神事が諏訪大社設立以降、千五百年に渡って(明治時代まで)執り行われていくのである。

その神事とは、諏訪大社の裏山に祭壇を設け、そこに年端も行かぬ少年を寝かせ、神主が小刀を振り上げ胸を刺そうとする仕草をしたとき、別な神主が現れ、

「神は許された。別な生贄を捧げげよ」

と叫び、少年の代わりに鹿を祭壇に置き、火をつける神事である。

後に鹿は焼くのではなく、頭を奉納する「御頭(おんとう)(さい)」へと変化した。

勘のいい方はお気づきだろう。

我が秦一族の祖アブラハムが99歳のとき妻サラとの間に待望の男子イサクが生まれた。

目に入れても痛くないほど可愛い一人息子が少年のおり、神からイサクを生贄に捧げよと啓示を受け、指定された「モリヤ山」に赴き、祭壇にイサクを寝かせ、小刀を振り下ろそうとしたそのとき、天使が現れ、

「止めよアブラハム。お前の私に対する忠誠心は良く分かった。これから、お前とお前の子孫は何代にも渡り、私の祝福を受けるだろう……」

と言って去った。

アブラハムはいつものように羊を生贄とした。

羊と鹿は違っても、この神事が意味するところは一緒である。

そして、その神事が行われた場所こそ「守屋山(もりやさん)」なのである。

社殿の構造も、モーセが三種の神器(十戒の石板、アロンの杖、マナの壺)を納めた、アークを祀った「幕屋(まくや)」とほぼ同じ構造にし、大きさも言い伝えにならい10(けん)(18メートル)とした。

物部尾輿はヤマトに(いにしえ)より伝わる神道を壊さぬように、レビ族が信じる宗教を融合させてきた。

ところが蘇我稲目は、29代「(きん)(めい)天皇」に二人の娘を入内(じゅだい)させ、3人の皇子をもうけると、神道からネストリウス派キリスト教への改宗を、ヤマトの民に迫ってきた。

絶対に許すことはできない。

そもそも蘇我氏はどのような形でネストリウス派キリスト教を布教していたのだろう? それは当時、百済(くだら)から伝わってきたばかりの仏教を利用したのである。

仏教は約千二百年前(紀元前7世紀)コーサラ国の仏陀によって開祖された宗教である。

「すべての苦しみの原因は『執着』であり、それを取り除けば救われる」

哲学とも言えるその教えは、仏陀存命のときから大きく広がった。

だがその悟りを得るためには(はっ)正道(しょうどう)という厳しい修行をせねばならなかったため一般大衆には広がらなかった。

それが仏陀の死後、数百年かけてシルクロードを経て中華に渡ると、ある物が作られ、仏教界に革命がもたらされた。

ある物とは「仏像」である。

厳しい修行をしなくともこの仏像を拝めば救われるとの教え(大乗仏教)に一般大衆が殺到した。

偶像崇拝ができない蘇我氏は、ネストリウス派キリスト教を布教するのに大変な苦労を強いられていた。

一人ひとりに教義を説き、神道からの改宗を迫るのは容易ではなかった。

ゆえに苦肉の策とはいえ、仏像を利用することは多大な効果を発揮したのだ。

仏教の教義とは関係なく金色に輝く仏像をキリストの像としてヤマトの民に崇拝させることを思いついたのだ。

そんな事態を苦々しく思っていた物部尾輿は、国中に疫病が流行ったおり、

「蘇我氏の仏像のせいである」

と言い立て仏像を川に流してしまった。

怒り狂った蘇我稲目だが、欽明天皇が間に入り、内乱には発展しなかった。

その後、数十年いがみ合いは続き、やがて「蘇我馬子(そがのうまこ)」、「物部守屋(もののべのもりや)」の代になっても、続いていた。

30代「()(だつ)天皇」の御代に敏達天皇の弟「(よう)(めい)」と「(あな)穂部(ほべの)皇女(ひめみこ)」との間に皇子が、産まれた。

(うまや)()皇子(のみこ)」(聖徳太子)である。

用明も穴穂部皇女も母は違うが母方の祖父は、蘇我稲目である。

したがって蘇我馬子は伯父にあたる。

そして厩戸皇子の名付け親でもある。

馬子は姪である穴穂部皇女の口の中に「観音(かんのん)菩薩(ぼさつ)」が入って懐妊し、馬小屋の前で産んだことから厩戸皇子と名付けられたと吹聴した。

もちろん、作り話だが、アタナシウス派のキリスト誕生の逸話であっても厩戸皇子に当てはめ、ヤマトのキリストとして、布教の象徴に利用しようとした。

馬子に徹底したキリスト教教育を受けた厩戸皇子だが、キリスト教より、仏教に関心を持った。

しかも、仏像ばかりではなく教義にも関心を持ったのである。

やがて時は過ぎ、厩戸皇子が青年になったおり、敏達天皇が崩御し、厩戸皇子の父用明が31代天皇となった。

これは天皇家にとって珍事である。

なぜならば用明天皇の母は、蘇我氏の出であり、皇室直系ではないからだ。

敏達天皇に直系の男子はいたが、まだ12歳。

ゆえに傍系の用明を中継ぎで天皇にしたということである。

だが、非情にも用明天皇は2年で崩御してしまう。

そして皇室は混乱した。

用明天皇の異母弟の皇子が跡目を狙って争ったのである。

いずれも穴穂部皇后の弟「(あな)穂部(ほべ)皇子(のみこ)」と「()(しゅん)」である。

穴穂部皇子は物部守屋を後ろ盾とし、崇峻は蘇我馬子を後ろ盾として内乱が勃発した。

丁未(ていび)の乱」(西暦587年)である。

この戦いは、ことを急いた穴穂部皇子が崇峻暗殺を企て、それが馬子に露呈していまい逆に暗殺されてしまった。

そのことによって物部守屋は旗印を失い、朝廷の逆賊になってしまった。

自邸に立てこもり馬子の軍と戦ったが、負けてしまった。

そして、32代崇峻天皇が誕生した。

しかし、これで治まらなかった。

崇峻天皇はただのお飾りで実際の政治は馬子が取り仕切っていたからである。

崇峻天皇は何度も抗議したが受け入れられず、逆にうるさいと思った馬子に暗殺されてしまった。

これは大逆である。

神武(じんむ)天皇即位以降、現役天皇が家臣によって暗殺された例はない。

その後、数千年に渡り皇族以外から暗殺されることはない。

それほどの大事件だ。

だが、すでに馬子の権力は盤石だった。

次の天皇はこともあろうに姪の「推古(すいこ)」を33代天皇に据えたのだ。

天皇の暗殺も初めてなら、女性天皇も初めてだ。

馬子にしてみれば、自分の言うこと聞けば誰でもよかった。

しかし、推古は固く固辞したため、しかたなく、厩戸皇子を摂政(せっしょう)(天皇に代わって政治を執り行う役職)にすることで了解をもらった。


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