第84話 秦河勝の拠点「太秦」
秦河勝は、斑鳩宮で秦一族の生い立ちを厩戸皇子(聖徳太子)に明け方まで話し込み、早朝「太秦」へ帰った。
その途中で広隆寺に立ち寄った。
この寺は、厩戸皇子から預かった「弥勒菩薩半跏思惟像」を安置するために建てたのだ。
だが、それだけではない。
この寺には、仏教と我が秦一族が信じるモーセの戒律を融合する試みがなされている。
モーセの十戒にならい「十善戒」と称して、菩薩像付近の境内に掲示した。
一、不殺生(殺さない) 一、わたしのほかに神があってはならない。
二、不偸盗(盗まない) 二、あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
三、不邪淫(邪淫しない) 三、主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
四、不妄語(嘘をつかない) 四、あなたの父母を敬え。
五、不慳貪(欲張らない) 五、殺してはならない。
六、不両舌(二枚舌を使わない) 六、姦淫してはならない。
七、不綺語(お世辞を言わない) 七、盗んではならない。
八、不瞋恚(怒らない) 八、隣人に関して偽証してはならない。
九、不悪口(悪口を言わない ) 九、隣人の妻を欲してはならない。
十、不邪見(不正な考えをしない) 十、隣人の財産を欲してはならない。
さらに広隆寺の東に「大辟神社(大酒神社)」を建立し秦の始皇帝とヤマトへ最初に渡来した「弓月君」を祀った。
それだけならば、只の先祖崇拝と思われるかもしれないが、実はこの神社の名前に仕掛けがある。
大辟の「辟」を門構えにすると「闢」になり「びゃく」と読む。
この世の始まりとされる中華の言い伝え「天地開闢」の闢である。
つまり「大闢」は「だいびゃく」と読み、中華の民に読ませると「ダビデ」と読み、意味もイスラエル第2代王「ダビデ」のことである。
そこからもう少し東へ進むと「木嶋神社」があり、この神社は別名「蚕の社」と呼ばれ養蚕に関連する神々を祀っている。
だが、この神社で重要なのは奥の「元糺の池」にある「三柱鳥居」である。
この三柱鳥居の意味するところは、キリスト教のアタナシウス派が称える三位一体説。
つまり、父と子と精霊は、すべてキリストであり一体であるとする説の象徴なのだ。
すると秦一族はアタナシウス派のキリスト教信者なのか? 答えは否である。
秦一族が信じる宗教は、レビ族が輩出した出エジプトの立役者モーセが、神より賜りし十戒の戒律こそ秦一族が信じる宗教なのだ。
秦一族はアッシリアに滅ぼされ、居場所を求めて世界を放浪することを余儀なくされた。
いつまでも北イスラエルにいたころのように信仰することは不可能だ。
ならば、訪れた地の民にこの宗教を信仰させれば良いではないかと考えられる。
だが、大きな問題があった。
この戒律を守っても救われるのはヘブライ人だけであるということだ。
ゆえにこの教えをほかの民族に布教しても、その民族は救われない。
だが、6百年前(紀元元年)、ヤコブの四男ユダの末裔イエスキリストの誕生により、その考えが大きく変わった。
あらゆる民族がゴットを信じることにより救われる。
弓月国から、ローマへ絹を売りに出向いたおり、その教えに出会い、一も二もなく取り入れた。
この三柱鳥居はその象徴的な存在なのだ。
これによってペルシアや中華、そしてヤマトの民も救われる。
ならば秦一族が信じる宗教を信仰させても良いのか? そんなわけはない。
我が秦一族は、二つの大きな掟を決めていた。
一つはモーセの十戒を柱とするが、他の民族の信じる宗教を取り入れて共存を図ること。
もう一つは決して他の民族の信仰を滅ぼさないということだ。
滅ぼせば必ず恨みがわき、争いに発展する。
我々が北イスラエルを旅立って以降この二つの掟は守ってきた。
しかし、他民族の蘇我氏がこの掟をあからさまに壊し始めた。




