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第83話 八幡神社と卑弥呼の謎

数十年の時が過ぎ、16代「仁徳(にんとく)天皇」の御代になったころ、ヤマトの国は劇的に変化していた。

すべて(はた)()のおかげである。

水田の耕作面積は50倍になり、収穫量も百倍近く増加した。

しかも治水技術によって、川の氾濫による水田消失も驚くほど減った。

ヤマトの民は飢える恐怖から完全に開放されたのである。

喜んだ仁徳天皇は、小高い丘の上に登り、村々の家から夕餉(ゆうげ)の支度で出る煙を眺めて、満足そうに頷いた。

こんな仁徳天皇だから、ヤマトの民からの人気も絶大だった。

元々「仁徳」という名前ではなかったが、人々からヤマトの民を愛している。

つまり「仁」があり、徳も備わっていると絶賛されたことで改名したのだった。

いつの世も経済が回っていれば、統治者は尊敬されるものだ。

しかし21代、雄略(ゆうりゃく)天皇が晩年ころ、体調を崩しがちになった。

年を取れば誰でも体調を崩すのは当たり前だが、何もかもうまくいっていた雄略天皇は、こともあろうに「宇佐(うさ)()女神(めがみ)の祟り」と断定した。

恐れを抱いた雄略天皇は秦一族の(おさ)(はた)(さけの)(きみ)」を呼び、

「朕は、最近体調がすぐれぬ。これは宇佐の比女神の祟りに違いない。そちたちの力で祟りを鎮めてくれまいか?」

宇佐の比女神とは、豊前(ぶぜん)(大分)の宇佐を拠点として巨大な勢力をほこっていた豪族の女帝である。

ニニギが鹿島から高千穂へ来た時、九州は渡来人の集団が数多くの集落を作り、互いに争っていた。

そんな渡来人の集団に混じり、古くから倭国の民の集団が宇佐に大きな集落を作っていた。

当初その豪族の王は男だった。

面白いことに、その豪族が信じる神は鹿島と同じく太陽だった。

巫女(みこ)」と呼ばれる女が、太陽を拝み、亀の甲羅を焼いて吉凶を占う「亀卜(きぼく)」という風習が色濃く残っていた。

だが、その巫女は特別な存在ではない。

その巫女が死ねば、新たに数人の娘から候補を選び、新たな巫女となり、生涯独身を通すならわしだ。

巫女は巫女のままでけっして王になることはない。

数年前までは……。

数年前、太陽に異変が起きた。

日食である。

同じとき鹿島でも日食が起きた。

鹿島の統治者ニニギは「アメノウズメ」を呼び彼女が踊り、再び太陽が現れた。

同じ現象が宇佐にも起きた。

その時の巫女は動じずひたすら榊を振って太陽が現れるのを願った。

やがて太陽は少しずつ姿を現し宇佐の人々はどよめいた。

あなたこそ神の使いだ。

あなたこそ「日の巫女」だ。

宇佐の人々は雄叫びをあげ新たな王「()巫女(みこ)」の誕生を宣言した。

日巫女は強かった。

宇佐周辺を瞬く間に平定すると西へ向かった。

宇佐の兵たちは、神である王が戦いに負けるわけがないと信じ、連戦連勝だった。

そんな噂が、漢から来た渡来人に伝わり、その渡来人が漢に帰って、

「倭国はヒミコという女帝が支配しているらしい」

この話は不思議なことに、その後何百年と伝わり、後漢末期の「曹操(そうそう)」にも知れ渡ることになる。

ある時、倭国から三韓(さんかん)征伐(せいばつ)にともなう(じん)(ぐう)皇后(こうごう)の使者が来て「(ひめ)巫女(みこ)」の言葉で「ヒミコ」を思い浮かべ、

「邪馬台国の女帝『卑弥呼』が朝貢(ちょうこう)に来たのか?」

となったのである。

ひどい話だ。

「卑」は「いやしい」と書く。

「弥呼」で「広くあまねく呼ばれる」、つまり倭国の王は「卑しいと広くあまねく呼ばれる」という意味になる。

本当に腹立たしい限りだ。

ちなみに「邪馬台国」であるが、「邪馬台」を漢人に読ませると「ヤマトゥ」と読むそうである。

さて、そんな日巫女が勢いを増し始めた時、ニニギがやってきた。

日巫女の兵は強かった。

サルタヒコ直伝の密集攻撃も歯が立たず戦いは十年に及んだ。

戦いあぐねるニニギは、あることに気がついた。

それは両陣営共に太陽信仰であることだ。

我が(あま)(てらす)大御神(おおみかみ)を信奉する信仰こそ本物であって、亀の甲羅で吉凶占いする太陽信仰などありえない。

それを立証すれば、この戦は勝てると踏んだ。

ニニギは、伊勢からアメノウズメを呼び寄せ「八咫(やたの)(かがみ)」を持ってこさせた。

そして、アメノウズメを先頭に宇佐の軍と向き合った。

当然、日巫女は拝殿にいるので戦地にはいない。

ニニギは宇佐軍に、

「お前たちよく聞け。お前たちの王、日巫女は偽物だ。こちらにおわす方が本物の日の巫女なるぞ、証拠を見せよう。これだ……」

アメノウズメは八咫鏡を高々と掲げた。

西日に照らされた鏡は、煌々と光り輝いた。

それを見た宇佐の兵は全員ひざまずいた。

そして、拝殿に赴き日巫女を引きずり出した。日巫女は、

「おのれニニギめ、(はかりごと)で兵をたぶらかしおって。この恨み、末代まで祟ってやるぞ……」

断末魔に呪いの言葉を残して果てた。

宇佐の兵も日巫女の祟りを恐れ、名を「比女神」と改め「御許山(おもとさん)」へ丁重に祀られた。


雄略天皇の宣旨(せんじ)を受けた秦酒公は、またとない機会に小躍りした。

かねてより天照大御神を中心とする神道(しんとう)と我々が信ずる神「ヤハウェ」を融合しようとしたが、方法が見つからなかった。

しかし、今回の宣旨は比女神の墳墓を築きその上に御霊(みたま)を鎮める社、神宮を建設することにある。

かつて大国主(おおくにぬし)を祀る出雲大社建設とほぼ同じ状況だ。

その神宮に我々の神も祀ることにした。

まず、主祭神は、当然比女神とすべきだが、雄略天皇が比女神の祟りを恐れてと噂されてしまうことから、あえて秦氏が渡来時の応神天皇を「八幡(はちまん)(しん)」として祀ることにした。

八幡とは、ヤマトの国全体を示す「八島(やしま)」からきている。

対馬・九州・本州・四国・淡路・壱岐・隠岐・佐渡の八つの島だ。

だが、秦一族にとって隠された意味を持つ。

まず読み方だが「はちまん」ではなく「やはた」と読む。

「八」は大いなるを意味し「幡」は「秦」と同義だ。

そして、最も重要なことは、我々が信ずる唯一神「ヤハウェ」を意味している。

祭事に際しての神輿(みこし)も八幡宮が最初だ。

ソロモン神殿に納められし三種の神器を入れた箱、アークと呼ばれるその箱の横に二本の棒がついており、移動の際、四人で箱を担ぐ風習があった。

担ぎ手は、レビ族、つまり秦一族だ。

そのアークに似せた神輿を祭りの際、担ぐのだ。

そのとき発する掛け声「わっしょい」もヘブライ語で「主の救いがくる」という意味になる。

そして、その祭事に相撲を奉納した。

相撲は、アブラハムの孫ヤコブが天使と相撲を取ったのが始まりとされている。

天使に勝ったヤコブは天使から、

「お前は今日からヤコブではなく、イスラエル(神と闘う人)と呼ばれる」

と言われたことから、秦一族にとって相撲はとても大事なのだ。

そして相撲を取る際の掛け声「はっけよい、のこった、のこった」はヘブライ語なのだ。

「はっけ」はヘブライ語で「投げつけよ」、「よい」は「やっつけよ」、「のこった、のこった」は「投げたぞ、やったぞ」になる。

秦一族の本拠地、山城国の伏見に稲荷神社も建てた。

「稲」は農業の神、「荷」は商業の神を祀った神社だが、別の意味もある。

イエス・キリストの磔刑においてその十字架の上に掲げられた罪状書き「ⅠNRI」、「Ⅰesvs Nazarenvs Rex Ivdaeorvm(ユダヤ人の王、ナザレのイエス)」にちなみ、我々秦一族は「インリ」と名付けたが、何故か「イナリ」と呼ばれるようになった。

鳥居も赤く染めた。

これは、モーセが出エジプトの中で神が起こした奇跡、「エジプト中の初子を殺す」ことから逃れるため、子羊の血を玄関の扉の淵に塗ったことによって、その災いが「過ぎ越した」というたとえで、鳥居を赤く染めることによって難から逃れられるとおもったからだ。

やがて、弓月君が渡来して2百数十年(6世紀後半)が過ぎたころ、()(づき)(のきみ)から秦一族7代目の当主「(はた)(かわ)(かつ)」の代になった。


秦河勝は、斑鳩宮(いかるがみや)で秦一族の生い立ちを、(うまや)()皇子(のみこ)に話し込んでいたら、夜が明けてしまった。厩戸皇子は、

「河勝殿。話は良く分かった。だが、河勝殿は蘇我馬子(そがのうまこ)殿と同じ神を信じるのか?」

「いいえ皇子様。我々は3千年も前から連綿と伝わる神を崇拝していますが、馬子殿は6百年前(紀元元年)に登場した神を崇拝しています。問題はその神を神道から置き換えようとしていることです」


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