第79話 ヤマトへの道
弓月国民2万人は、戦乱の五胡十六国を縫うように朝鮮半島の百済に向かった。
途中様々な部族に行く手を阻まれたが、シルクの反物や金や銀を差し出すことで、何とか難を逃れることができた。
半年である。
半年かけて百済に集結できた弓月君一行は、保護してくれた百済王に何度も礼を言って新羅に向かおうとした。
だが、その新羅で大変なことが起こっていた。
一年前、弓月君はヤマトへ渡るための船を建造するため、2百人の船大工を旧フェニキアから招集し、3百人の護衛を付けて新羅に向かわせた。
神功皇后が新羅を平定したこともあり、新羅の兵は歯向かうことなく、建造は順調に進んだが、いよいよ2百艘の船が完成しかけたとき、新羅の兵が突然押しかけ、船を没収したのである。
百済でその知らせを聞いた弓月君は途方に暮れた。
この事態を解決するにはヤマトの援軍なしには考えられない。
弓月君は応神天皇に使者を送った。
知らせを聞いた応神天皇は、ヤマト最強の軍団「葛城氏」の兵1万を新羅に差し向けた。
葛城氏は徐福が秦から連れてきた5百人の童の末裔である。
従って葛城氏はレビ一族ということになる。
新羅に着いた葛城氏を待っていたのは、奪った2百艘の船に乗った新羅の兵だった。
船体が真新しかったため、奪われた船だとすぐに分かった葛城氏は、火矢を撃ち込むことができなかった。
逆に新羅軍が火矢を撃ち込んできた。
海の水で消火にあたるも、戦いは防戦一方に終始した。
状況が反転したのは、半日が経過した夕方だった。
浜から新羅軍に向かって矢が撃ち込まれたのだ。
新羅軍は夕日に目がくらみ、反撃しようにもできない状況だった。
そこへ葛城軍の数千の矢が襲いかかった。
勝敗は決した。
陸に戻った新羅軍は、浜から矢を放った反乱軍と戦いもせず、新羅の城に撤退した。
陸に上がった葛城氏は、
「危ないところでござった。その方たちの助けがなければ負けていたやもしれん。ところでそなたたちは、なにゆえ我らを助けたのだ?」
「我らの集団は新羅の国よりはるか西、大秦(ローマ)から来た者です。我々はキリストの教えを広めるために来ました。しかし、中華の国に入った途端、五胡十六国がひしめく戦乱の中、とても布教どころではなく、我々は我が身を守るため、剣や弓の技術を身に着け、高句麗から新羅に布教に来ました。ところが新羅の兵は我々を弾圧しました。もちろん弾圧は覚悟しています。少しでも聞いてくれる人がいればですが…… そんな折、大秦から来た人々が船を作っているではないですか。聞けば弓月王の一団をヤマトへ移住するための船だとか。我々も弓月王に頼み、ヤマトへ同行できるように頼もうと思っていたのです。そしたら、船が出来上がったころへ新羅の兵が船を奪いに来たじゃありませんか。なんて奴らだと思っていた矢先、あなた方が来たわけです。できればあなた方と一緒にヤマトへ連れて行って下さりませんか?」
「話はよく分かった。実を言うと我が先祖も遥か西から渡来してきた者だ。その道筋の過酷さは良く分かる。キリストの教えが如何なるものか良く分らんが、あなた方を連れて行ったと仮定して、これだけは必ず守っていただきたい。ヤマトの宗教『神道』を壊すようなことは絶対にしないと…… 神道とは、天照大御神をお祀りする太陽信仰だけではなく、八百万の神々をも信仰の対象としているのだ。ヤマト民族3百万人のほとんどが信仰し、その上で統治が行われている。これを壊すことは、ヤマトを滅ぼすことに等しい…… 我々は5百年前(紀元前3世紀)、秦の国から徐福様に導かれて当時倭国と呼ばれたヤマトの地を踏んだ。その時から言い聞かされたのは『倭国の信じる神を壊すな。我々が倭国の民と共存共栄をするために……』。この約束を守れなければ、ヤマトへ連れて行くわけにはいかぬ」
「理解いたしました。我々はキリストの教えを広めたいだけで、神道から置き換えようとは思っていません。我々はこの教えのみ信じるが、ヤマトの民に強要はいたしません……」
「分かった。ならばそなたたちを我が葛城の客分として迎えよう」
「ありがとうございます」




