第77話 秦一族(レビ一族)の系譜
この話は、ローマへ商いをしに行く弓月国のレビ一族にもつぶさに伝わってきている。
そして、レビ一族の考え方にかなりの影響を及ぼしたのだ。
そもそもレビ一族とてユダヤ人なのだから、ユダヤ教の信者ではないのか? そう思われるのは自然な成り行きだと思う。
しかし、違うのだ。
レビ一族は、元をただせばヤコブ家の三男レビから始まる。
レビはヨセフの導きでエジプトに移住することになった。
最初は平穏に生活していたが、何代か代を重ねるごとに、奴隷のような生活になってしまった。
それを解決したのがレビの末裔「モーセ」だった。
モーセはヘブライの民を引き連れ、エジプトを脱出した。
そして、シナイ山へ登り、神から十戒の律法を授かった。
その十戒を守るのがレビ一族の宗教といえよう。
一、わたしのほかに神があってはならない。
二、あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
三、主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
四、あなたの父母を敬え。
五、殺してはならない。
六、姦淫してはならない。
七、盗んではならない。
八、隣人に関して偽証してはならない。
九、隣人の妻を欲してはならない。
十、隣人の財産を欲してはならない。
ユダヤ教を信じるユダヤ人はどうか。
ユダヤ人と呼ばれる支族は主にヤコブ家の四男、ユダから派生した支族ユダ族が多い。
ユダの末裔にイスラエル第2代王「ダビデ」、3代「ソロモン」が出現したことからヘブライ人の代表的な位置づけとなり、ヘブライ人は、ユダヤ人と呼ばれるようになった。
ソロモン王の死後、イスラエルは南北に分かれ、ユダ族は南のユダ王国を建国した。
キリスト誕生の7百年前(紀元前8世紀)、アッシリアに攻め込まれた北イスラエルは滅ぼされ、世界に離散した。
残った南ユダ王国も6百年前(紀元前7世紀)バビロニアに滅ぼされた。
戦いは壮絶を極め、7割が戦死。
3割が奴隷として首都バビロンに捕囚されてしまった。
そのバビロニアも、5百年前(紀元前6世紀)、アケメネス朝ペルシアに滅ぼされた。
ペルシアは寛容だった。
捕囚されていたユダヤ人を解放したのだ。
喜んだユダヤ人は早速イスラエルに帰ったかといえば、そう単純ではない。
百年近くバビロンで暮らしていたユダヤ人は、しばらくバビロンにとどまった。
そこでユダヤ教に大きな影響を及ぼすことになる宗教と出会った。
ペルシアの国教「ゾロアスター教」である。
ペルシアは寛容だ。
ゆえにユダヤ人にゾロアスター教を強いることはしなかった。
むしろイスラエルに帰り、ユダヤ教を再興するよう勧められた。
だが多くのユダヤ人は残った。
彼らはゾロアスター教の考え方に感化され「善と悪」、「天国と地獄」、「最後の審判」など初期のユダヤ教にはない考え方が加わった。
数十年の時が過ぎ、バビロンに住むユダヤ人の中からイスラエルに帰ろうとする者が現れ、日に日に増えていった。
そんな彼らは、律法を厳格化し、厳しい戒律を加え、ユダヤ人のみ救われるという「選民意識」が増していった。
そこにイエスキリストが現れ、戒律を厳格に守らなくていいとか、すべての民が救われるとか、ユダヤ教において許されない思想を広めたのだ。
争いになるのは必至だった。
さて、我々レビ一族だが、ユダ一族のように厳格な戒律を定め、それを守りながら世界を放浪するのは、ほぼ不可能だ。
ゆえに我々はモーセの十戒を基本とするが、移住先の宗教にも融合する形で、変化せざるを得ない状況に追い込まれている。
ゆえに、ペルシアのゾロアスター教、インドの仏教、中華の道教、そして、生まれたばかりのキリスト教も、融合の対象となった。
もちろんヤマトの神道も然りである。




