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第58話 大将軍「章邯」の登場

(かん)(よう)では、(ちょう)(こう)が慌てふためいていた。

自業自得とはいえ、自ら招いた失政によって、こんなにも早く反乱軍が押し寄せて来るとは…… 通常なら王賁(おうほん)()(しん)が、簡単に鎮圧するであろうが、今はだれもいない。

途方に暮れる趙高だったが、文官のひとりが声をかけてきた。

章邯(しょうかん)である。

章邯は趙高に恩義を感じていた。

数年前、始皇帝から(せい)王に書簡を送った際、斉王の名前に誤りがあり、それを指摘された始皇帝が激怒し、書簡を書いた、章邯を激しく叱責した。

その際趙高が間に入り、始皇帝の怒りを鎮めた経緯があったので章邯は恩を返したかったのだ。

「趙高様、お困りごとがおありですか?」

「章邯よ、反乱軍が近づいているのだ。たかが農民なれど5万もいるのだ」

「趙高様、わたくしにいい案がございます。今、先代皇帝の陵墓を建設するため、約20万人の囚人が働いています。彼らの罪を減じ、兵隊として使うのです。働き次第では罪を免じることはもとより、恩賞も与えると言えば、死ぬ気で戦うのではないかと」

「それはいい。そなたが将軍を務めよ」

「ハハッ……」

章邯は、函谷関で(ちん)(しょう)()(こう)の軍と対峙した。

戦は双方ともに素人。

軍配は士気の高さによって章邯軍にあがった。

陳勝と呉広の軍はほぼ全滅。

陳勝と呉広も戦死した。

将を失った陳勝と呉広の軍だが、(こう)(りょう)が代わりに総大将になった。

項梁は今回の敗因を分析した。

そして、分かったことがひとつあった。

大義名分が弱かったのである。

黙って殺されるよりは、反乱した方がましだけでは、士気が上がらない。

そこで項梁は、かつての()王の末裔を探し出し、楚王にまつりあげた。

それによって楚の再興を願う者の士気が上がると考えたのだ。

そしてこの頃、残った兵5万は二手に分かれていた。

項梁軍3万と劉邦(りゅうほう)軍2万だ。

項梁軍は項羽(こうう)が派手な槍の演舞を見せつけ、いかにも強そうな項羽を慕って集まった。

劉邦軍は(ちょう)(りょう)の勧誘で集めた。

そして、新たに王となった楚王の末裔は、

「いち早く、(かん)(よう)を落とした者を関中(かんちゅう)(おう)とする」

と言い出した。

関中とは(かん)谷関(こくかん)から西に広がる平原で、咸陽など秦で、一番開けた土地である。

これには、項梁も劉邦も驚いた。

この話を受けて、項梁は百人くらいの手勢を連れて函谷関へ偵察に出かけた。

だが章邯の軍に見つかり殺されてしまった。

これを聞いた項羽は、

「オジキの弔い合戦じゃ。行くぞっ」

と3万の兵を連れて飛び出した。

項羽の戦い方は、し烈を極めた。

刃向かう者は全員ぶっ殺す。

対峙する相手は負ければ殺されるので必死に抵抗した。

少し遅れて、劉邦軍も咸陽に向けて出発した。

劉邦軍の戦い方は項羽軍と正反対だった。

戦うべき城の前に立った劉邦軍は、まず張良が赴き劉邦軍に加わらないかと誘いをかけるのだ。

これが大成功。

ほとんどの城主が劉邦軍に加わった。

劉邦軍は戦わずして咸陽へ近づいた。


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