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第57話 陳勝、呉広の進軍
陳勝と呉広の軍は十万人に膨れ上がっていた。
それをいいことに陳勝は元々、楚の国の一部を勝手に「張楚」と名付けて建国し、王になった。
しかし、十万人といっても、まとまっているのは項梁の8千人と劉邦の3千人だけだった。
あとは烏合の衆に等しかった。
陳勝と呉広はすぐにも咸陽へ攻め込む勢いだったが、項梁が止めた。
「我々の部隊は十万人といっても、戦経験のない農民ばかりだ。剣の扱い方だけでも訓練した方が良いのではないか」
だが、陳勝は、
「それは重々理解している。だが、兵糧がないのだ。今攻めなければ飢え死にだ。訓練してから攻めたい奴はそうすればいい、我々は先に行く」
そうして陳勝と呉広は5万の兵を連れて、咸陽へ向かった。
劉邦軍は残った。
韓信の進言もあって農民兵3千人を基礎から仕込んだ。
項梁軍も残ったが、彼らは元々楚の兵隊出身が多く将軍の項羽は兵を鍛え上げるというよりは、いざ戦となればうまく戦えて当たり前と思っているので、さほど訓練はしていなかった。
そんな中、項梁の弟の項伯が劉邦軍に近づいてきた。
張良が対応したが二人は意気投合、義兄弟の契りを交わした。




