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第56話 張良と韓信
張良は李斯の下で文官をしていた。
物の考え方が斬新で、時々突拍子もないことをしたので、周りの文官たちから浮いていた。
ある時、嬴政が「硯を持て」と宦官に命令しようとしたら、誰もいなかった。
仕方なく文官詰所まで赴き、硯を所望したら、張良はここまで皇帝が来るのはそうとう急いでいるのだろうと思い、硯と墨汁を差し出した。
嬴政は、
「朕が硯を持てと言えば、墨をするのが礼儀であろう、墨汁を差し出すとは何事だ。文官の職を解く、出て行け」
張良は、退室したが憤りは収まらなかった。
退職した張良は、全国視察する嬴政の馬車めがけて投石機から巨石を放ち、馬車を破壊しようとした。
だが、当たったのは嬴政の馬車ではなかった。
とんでもなく、イカレているような張良だが、蕭何はその能力を認めて、軍師として呼び寄せた。
韓信は、王翦配下の武人である。
王翦配下といっても、実際は息子の王賁配下だった。
孫氏の兵法を学び、時々王賁と対立するが、素晴らしく優秀だった。
しかし、趙高が丞相になってから王賁は趙高と対立し、王賁は咸陽を離れた。
王賁が咸陽を離れるときに韓信も離れた。
蕭何は、韓信を副将軍として呼び寄せた。
3千人の農民兵を引き連れて、劉邦は陳勝と呉広の下へ向かった。
だが、蕭何は兵站を確保するため、沛県にとどまった。




