第26話 後の大将軍「信」との出会い
嬴政と趙姫の逃亡劇は過酷なものだった。
呂不韋のつてで、富豪の家に居候してはみたものの、ひと月もしないうちに趙国の兵にみつかり、さらに次の家へと、転々とした生活を送っていた。
そんな生活を物心ついたころから送っている嬴政は、とんでもなく猜疑心の強い少年になっていた。
だが、嬴政が9歳になったばかりのころ、心許せる友に巡り合った。
嬴政は、ひとりで町に出ることは許されなかった。
常に母の趙姫と呂不韋がつけてくれた護衛の者と一緒にいなければならなかった。
そんな生活にあきあきして、こっそり抜け出して町へひとりで出かけてしまったのだ。
見るもの、触るもの、初めてではなかったが、新鮮だった。
しかし、そんな幸せな時間は、長くは続かなかった。
趙国の兵に見つかってしまったのだ。
嬴政は、必死で逃げた。
趙国の兵は二人。
彼らも必死に追いかけてきた。
角を曲がって、饅頭屋の看板が見えたその下に、手招きする少年がいた。
「こっちだ、早くこい。そこのかまどの後ろに隠れろ」
嬴政は訳も分からず言う通りにした。
やがて、趙国の兵がやってきて、少年に、
「おい小僧。お前くらいの子供を見かけなかったか?」
「あっちへ行ったよ」
「本当だな。嘘をついたら、ただじゃ済まさんぞ」
趙国の兵が、その場を離れようとした瞬間、嬴政は立てかけていた薪を倒してしまった。
「オイ、いたぞ」
とっさに少年は、かまどの横の灰を掴み兵士の目をめがけて投げつけた。
さらに燃えている薪を投げつけ、薪は兵士の服に引火した。
慌てふためく兵士を見定め、少年は嬴政の手を取り逃げ出した。
裏路地を巧みに通って、嬴政の母のいる富豪の家まで逃げおうせた。
富豪の家には呂不韋が来ていた。
「政様、心配いたしました。今まで何処に行っていらしたのですか?」
「ごめんなさい。町へ出たくて、そしたら趙国の兵に見つかってしまって…… 危ないところを彼に助けられたんだ」
「少年よ、名は何と申す」
「オイラの名前は信。礼なんかいらねぇよ。兵隊に追われて大変そうだから助けただけだから…… じゃあオイラ帰るよ」
「待てっ、信」
呂不韋が呼び止めた。
「その身なりからすると、さしずめお前は商家の下働きであろう。このまま帰ったら趙国の兵に捕まって殺されるぞ」
「しょうがねぇよ。オイラ、そこしか帰るところがねぇもん」
「信、良ければ政様の護衛になってくれぬか? お前の雇い主には話を通すゆえ」
「えぇっ、本当か? 三度、三度飯も食わせてくれんのか?」
「当たり前だ。着物も用意する。禄(給料)も払うぞ」
「信、僕からも頼むよ。一緒にいてくれよ」
こうして信は、嬴政に仕えることになった。
やがて信は、李の姓をもらい「李信」と呼ばれ、20万の兵隊を率いる大将軍になる。
そして、その子孫が、隋を滅ぼそうとしている、唐の李淵につながる。
嬴政と李信は、なぜか気が合った。
主君と家来の関係を超えて友達のような関係だった。
逃亡生活が長く、猜疑心に満ちた嬴政だったが、李信の前では心が安らいだ。
だが、そんな生活は半年間で終了してしまう。
嬴政と趙姫が趙国の兵に捕まってしまったのだ。
呂不韋は、手を回したが、今回はうまくいかなかった。
仕方なく様子を見ることにした。
李信は、本人の希望もあって王翦に預けることにした。
王翦は、レビ一族の親衛隊の隊長である。
数万人のレビ一族は主に商人や職人になって世界を渡り歩いている。
基本は少数で個別に動いているが、ある国に取り入ろうとした場合、敵対する勢力と戦わなければならないときがある。
そのときに戦える軍隊を確保しているのだ。
王翦率いる親衛隊は、専門部隊で5千人いる。
他に普段は商人や職人で、いざというとき戦える人数を合わせると1万人を超える。
呂不韋は、王翦のいる秦国の隣国、月氏に李信を送り届けた。




