第17話 ペルシア戦争
伝え聞く話では、ペルシア軍の総数、数十万。
対してアテネは数万。
勝てるわけがない。
しかし、アテネは勝った。
勝因はさまざまあるが、最大の要因は海戦だったことだ。
陸は広いが海に面した領地が少ないペルシアは当然のことながら海戦に弱かった。
対するアテネは三方が海で、地中海は庭のようなものだった。
しかもフェニキアから伝わりし造船技術で、とんでもない船を構築していた。
このころの海戦は、船を敵の船に横付けし、相手の船に乗り込んで、剣で切りあう戦いを想像しがちだが、実際は違う。
敵船の横に回り込み、船の船底最前部に青銅で補強した衝角という突起物を付けて、敵船に衝突して船腹に穴を開けて浸水させ、行動不能にする戦法だった。
そのためには、風をたよりの帆船ではらちが明かない。
機動的に左右に舵がきれて、尚且つ素早く突入しなければ意味がない。
その意味で櫂船が適している。
アテネの櫂船は凄かった。
オールの漕ぎ手を上段、中段、下段の三段に配置し、それを左右で計6人、さらにその組み合わせを25列、つまり150人で漕ぐのである。
とんでもなく機動的な「三段櫂船」は、帆船主力のペルシア軍をことごとく海に沈めた。
その三段櫂船の漕ぎ手こそ無産市民である。
今まで政治に口を出せなかった無産市民だが、この海戦の活躍により無産階級の市民が参政権を得たのだった。
これにより、アテネは人類史上初の完全に近い民主主義が成立した。
だが、女性に参政権が与えられるのは、ずっと後のことである。




