第16話 文字の汎用化と原始民主主義
かなり遅れてドーリア人と同じルートを通って南下してきた一族がいた。
イオニア人である。
イオニア人も肥沃な土地を探したが、既にドーリア人のスパルタが肥沃な土地を押さえているため仕方なく海の近くの岩盤層からなる土地に都市国家「アテネ」を建国した。
麦を作れないアテネの民は、海に出て他国と貿易するしか生きる道がなかった。
だが、造船技術も航海技術もあまり得意でない彼らは、途方に暮れていた。
そんな矢先である、フェニキア人が大挙して押し寄せたのは……。
もちろん、アッシリアによってフェニキアが滅ぼされたからに他ならない。
アテネ人とフェニキア人は互いに助け合い、交わり、アテネを強大な都市国家へと築いていった。
フェニキア人の作った船は、格段に性能が良かった。
その船に乗り、エジプトなど地中海沿岸の国々と交易をすることで、アテネに巨万の富をもたらした。
やがて、船を持つものと持たざる者の間に格差が生まれ、船を持ち、財を持つ者が持たざる者を支配した。
通常の国の形成は、トップに王がいて、その下に貴族、さらにその下に平民、そして奴隷と続くピラミッド構造で出来ている。
常にトップダウンで命令が出され、王の権限は絶大なものだった。
逆に言うとその構造しかできないのである。
なぜならば、横の連絡が取りづらいからだ。
例えば王がいない状態で、複数の貴族がトップだった場合、それぞれの貴族の意見を調整するため、話し合い、それを記録に残さなければ上手くいかない。
だが、それは非常に困難なことなのだ。
皆が認識できる文字がないからだ。
アテネはそれができた。
財をなした複数の資産階級が「デーモス(区)」と呼ばれる行政単位を形成し、多数の資産がない無産階級を支配した。
彼らは、同じ言語とその言語を記録する汎用的な文字があったからだ。
その文字こそフェニキア文字である。
フェニキア文字はアテネに伝わると2文字子音が増えて24文字のギリシヤ文字に進化した。
やがて、その読み方「アルファ」、「ベータ」で始まることから「アルファベット」と呼ばれるようになった。
アルファベットは、24文字の組み合わせからなる単語を覚えるだけで、簡単に言葉を文字化できた。
それは、人類史上最大の発明と言っても過言ではないだろう。
言葉に匹敵するくらいの発明だ。
デーモスの長たちは、話し合い、それを記録した。
アテネでこんな話がある。
資産階級の市民が金にものを言わせて、無産階級の市民に金を貸し付け奴隷化した。
その数は日増しに増え、アテネ市民の3割に達した。
スパルタのように奴隷の反乱を恐れたデーモスの長たちは話し合い、奴隷たちの債務を免除する法律を作った。
いわゆる立法である。
行政単位のデーモスの長たちが話し合い、立法する。
これは、不完全ではあるが、人類史上始まって以来の「民主主義」ではないか。
後の世で、デーモスから取った「デモクラシー」と名付けられた民主主義の始まりである。
しかし、民主主義と言っても、所詮は資産階級がアテネを仕切っていることに変わりない。
債務を免除されたからと言って、無産階級の市民に参政権はなかった。
それが、ある出来事をきっかけに無産市民が参政権を得ることになったのだ。
その出来事とは、アテネ建国から200年(紀元前492年)が過ぎたころ、突然ペルシアが攻めてきたことだ。




