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第1話 隋への国書
日出ずる処の天子、書を日没する処の天子に致す。恙無きや……
厩戸皇子(聖徳太子)の命により隋の煬帝へ宛てた国書を書き終えた秦河勝は、何度も読み返した。
7年前(西暦600年)、隋の文帝に対して初めての使者、遣隋使を遣わした。
しかし、文帝の対応は冷たかった。
法律も官僚制も整っていないヤマトの国は野蛮な国家とみなされ、文帝の勅使はおろか返書さえもらえぬありさまだった。
ある程度予想はしていた。
されどここまで愚弄されるとは、うかつだった。
早速、厩戸皇子と相談し、17条に渡る憲法と氏姓制度に代わる、国家の政務を個人の能力によって登用する冠位12階の制度を創設した。
さらに、我が一族の隋に張り巡らし情報網を活用し、隋の国情を知った。
それによると、隋はヤマトの隣国、朝鮮半島の北にある高句麗の国との戦いに苦戦しているらしい。
仮に我が国が高句麗に味方したならば、隋の敗戦は必至となろう。
逆に我が国が隋に味方したならば、高句麗を挟み撃ちにすることができる。
そのことを隋が気づかぬはずがない。
私が煬帝ならば、こんな文面の書を見たとたん使者を切り捨てるであろう。
だが、そうならない自信がある。
我が国は隋と対等な立場であらねばならない。
なぜならば高句麗の次に狙われるのは、我がヤマトの国なのだから、弱気の書は命取りになりかねない。




