第7話—消えた光——幻の百年祭
百年祭の夜、イランは一人の少女と出会います。
その瞳はどこか懐かしく、言葉は夢のように曖昧でした。
人々が笑い、光が咲き誇るその場所で、
彼女との邂逅は、静かに世界の境界を揺らし始めます。
誰もが祝福に酔いしれる中、
予期せぬ異変は——音もなく訪れました。
光が消え、祈りが砕け、
百年祭は、幻へと姿を変えていきます。
どうぞ、第七話をお楽しみください。
時間:3670シヴン年 12月24日 PM 18∶46
場所:ビコトラス島・SWEET本店前
(どうして? 少なくとも普通のクロワッサンは買えるはずだったのに、背後から迫る殺気が巨大な壁のように押し寄せ、思考が完全に止まってしまった。店員が手際よく包装を終えると、俺たちは無理やり出口へと押し出された……はあ——。)
クロワッサンのことをまだ気にしながら、俺はしょんぼりと人の列を抜け出した。
「ヒュッ——ヒュッ——ヒュッ——」
空に同盟国の紋章を描く花火が咲き、思わず顔を上げたが、眺める気分にはなれず、すぐに視線を落とした。
「そんなに沈まないでね。これ、約束の半分だから……受け取って。」
いつの間にか、あの少女はピンクのリボンを外していた。片手に半分のソフトクリームを持ち、軽く俺の肩を叩きながら、もう片方の手でコーンを舐めて楽しそうに言った。
この「七色ソフトクリーム」は SWEET の心配りから生まれた工夫で、分けても手が汚れないように設計されている。形は七つの角から成り、それぞれに異なる味が融合している。分けた瞬間、中の風晶糖が自然に流れ、断面を補って中身が漏れない仕組みだ。
風晶糖は各国が競って輸入する商品でもあり、大人も子供も口にした瞬間のほのかな甘みと爽やかな涼感を忘れられない。島では、風の奇跡は経済だけにとどまらないのだ。
「ねえ、君の名前は? 私は星織・雨。」
「あぁ……」
俺は深くため息をつき、仕方なくその半分の七色ソフトクリームを受け取った。
冷たさが指先に伝わると同時に、彼女の笑みが夜の光に溶けていった。
「……この味。」
ソフトクリームからは不思議で魅力的な香りが漂い、ストロベリー、バニラ、ブルーベリー、そして言葉にできない花や果実の香りが混ざり合っていた。淡い七色の光が絶えず溢れ、新鮮なジャムが流れ出ても隣のジャムと自然に融合する。その光景に目を奪われ、香りと色彩が心を少しずつ落ち着かせていった。
俺は好奇心に駆られてひと口かじった。その味は本当に言葉にできない——まるで虹の世界に浸されたようだった。甘さが舌の上で広がり、目の前の光が少し柔らかく見えた。
この不思議なソフトクリームのおかげで、沈んでいた心に光が差し込み、クロワッサンの影も自然に消えていた。
「美味しいだろ! 教えてよ、君の名前。」
星織・雨は笑いながらコーンをもう一口舐めた。その青紫の瞳は、ほとんど無邪気なほどに輝いていた。
「うん——やっぱり美味しいな!」
俺も思わず笑って返し、口元のクリームを拭いながらうなずいた。
その甘さは味覚だけじゃなく、心の奥をそっと撫でられるようだった。
花火が港道を照らし、七色の糖の光がコーンから彼女の瞳に反射する。青紫の瞳孔はきらめき、まるでその中に夜空すべてが隠されているかのようだった。
彼女は少し首を傾け、銀色に淡い紫を帯びた髪が風に揺れた。月の光が髪先に落ち、水面をかすめる星のように輝いた。空気には紫月花のほのかな香りが漂って……その瞬間、俺はまだ人混みの中にいることをほとんど忘れかけていた。
その光景に心を奪われ、俺は顔を上げて小さく問いかけた。
「そういえば、さっきほしおり・雨って言ってたよな。その字はどう書くんだ?」
彼女は一瞬きょとんとした後、笑みを浮かべた。
「星織・雨。星の『星』、織物の『織』、雨の『雨』よ。」
「星織……雨?」
「うん。母さんがね、俺が生まれた日、ちょうど流星雨だったんだって。だからこの名前になったの。」
星織・雨はふっと笑い、まるで何気なく口にするように説明した。
「別に特別なことじゃなくて、ただ故郷の名前の習慣なの。でも、このソフトクリームがこんなに美味しいなら、悪くない出会い方だと思うわ!」
彼女は軽やかな声でそう言いながら、視線には探るような光が一瞬走り、まるで俺の心を試しているかのようだった。
「あなたは?」
「イラン。」
「イラン——いい名前ね。風の色みたい、夜空に流れる青のよう。」
「そうか?」
「たぶんね。少なくとも風は自由に駆け回れるもの。」
「じゃあ、ぴったりね——名前も一緒に自由になれる。」
彼女の声は軽やかで、まるで気にしていないようだったが、その眼差しはまるで俺がこう答えることをすでに知っていたかのようだった。
「ねぇ——」
彼女はふいに振り返り、ぱちりと瞬きをした。
「もう少し一緒に歩いてくれない?この夜をちゃんと覚えておきたいの。」
その声には不思議なほどの誠実さが宿っていて、俺は思わずうなずいていた。
周囲には甘い菓子や土産を売る屋台が並び、俺たちは並んで港の通りを歩いた。甘い香りと潮風が交錯する。街灯が石畳を照らし、遠くでは波が岸を打ち、人々の笑い声とざわめきが夜に溶け込んでいた。
「ねぇ、花火って星よりも眩しいと思う?」
「星よりも眩しい?」
「うん——初めて見る花火なんだ。夜空全体が光に染まって、星々さえかき消されるみたいで。」
彼女の視線は遠くの港区へ向かい、光を映しながら口元に微かな笑みを浮かべた。その瞳には、この瞬間をしっかり刻み込もうとするような専念が宿っていた。
港区の灯火は水面に揺れ、花火の残光が夜空に広がり、空気までもが震えているように感じられた。
そっと息を吐き、心を夜空に委ねるように低くつぶやいた。
「風まで一緒に呼吸しているみたいね。」
「……」
俺は思わず息を呑んだ。彼女の声は柔らかく、その眼差しは知らぬ間に距離を近づけていた。
「ねぇ、もう少し前に行ってみない?あそこには面白そうな屋台がたくさんあるよ。」
星織・雨はただ微笑み、静かにうなずいた。そうして俺らは背後の小道を抜け、賑やかな市へと歩みを進めた。
人々の声が次第に耳へと戻り、夜の空気が再び流れ始める。彼女はまばたきをして、口元にかすかな弧を描き、ふといたずらっぽい笑みを浮かべながら、光を放つ屋台へ視線を止めた。
「わぁ——あれ、すごく可愛い!」
彼女はキャンディや人形でいっぱいの棚を指さし、俺が反応する間もなく駆け出していった。
俺は慌てて彼女に追いつくと、彼女が SWEET のロゴが入った風精霊の姿をしたキャンディ袋を手に取り、目を輝かせているのが見えた。
「こういうの、好きなのか?」
「うん——だって可愛いんだもん!」
彼女は袋を揺らしながら、まるで当然のことを宣言するような口調で言った。
「昔は家でこんなの買えるわけがなかったし、見るだけでも叱られたの。今はやっと自分で欲しいものを選べるんだ。」
彼女は少し言葉を切り、声を軽くした。
「私の家は北方群島国の『アイオルニア(Aionia)』にあって、一年中雪が降ってた。儀式か訓練ばかりで、遊ぶ時間なんてほとんどなかったの。」
「……かなり厳しい家だったんだな。」
彼女は肩をすくめ、口元にまたあの気ままな笑みを浮かべた。
「そうよ、何でも規則通りにしなきゃいけない。でも私はそういうのが嫌いで、だからこっそり抜け出してきたの。」
「一人で来たのか?」
「もちろん。じゃなきゃすぐ執事に捕まってたわ。」
そう言って、彼女は舌を出しておどけた顔を見せた。
「で、なんでお金足りなかったの?」
ふっと表情を変えると、肩を落とし、サイドバッグを軽く叩いた。乾いた音が夜のざわめきに紛れて響く。
彼女は苦笑し、頭をかきながら少し照れくさそうに微笑んだ。
「船の上?」
「まあ、正確には船の上じゃないんだけど——」
「ん?」
「降りるときだったの。あの巨大な SWEET の人形を見た瞬間、目が釘付けになっちゃって、気づいたら近づきすぎて、キャンディの霧を顔いっぱいに浴びちゃったの。気がついたときには、財布がいつの間にかなくなってた。」
彼女はその時の様子を身振りで示し、声には悔しさと諦めが入り混じっていた。
「手元にはちょうど百カラしか残ってなくて、食事一つも買えないの。」
彼女は舌をちょっと出しながらも、瞳はまだ輝いていた。
「でも——少なくともソフトクリームは買えたし、あなたにも会えた。だからそんなに悪くはないでしょ?」
「お前って本当にさ……」
「なに?」
「いや、別に。」
俺は苦笑した。彼女はまるで遠い国から来た貴族の令嬢のようで、銀髪が夜風に揺れてきらめいていた。けれど、その姿は初めて自由に息をした子供のようにも見えた。
やがて二人で欄干に寄りかかり、静かにたわいもない話を交わしていた。月明かりが水面に揺れ、潮騒が遠くから寄せては返す。その響きに包まれながら、夜はゆっくりと深まっていった。
花火が次々と夜空に咲き、水面に映り込み、揺らめく光影へと変わっていく。なぜだろう、その時間だけは異様に心が安らいでいた。初めて会ったはずの彼女なのに、不思議と気持ちを少しずつ軽くしてくれる魔力があった。
風には甘い匂いと潮の気配が溶け合い、花火の残光はまだ空に尾を引いていた。七色の光の欠片が風に舞い、まるで夜をやさしく締めくくるかのようだった。
(……え、どういうことだ?)
俺はてっきり、このあと音楽と花火が交錯する大団円が待っていると思っていた——だが、音がふいに途切れた。
そう、文字通り——消えたのだ。
ただの静けさではなかった。世界そのものの呼吸が奪われたようだった。
風は止まり、旗は揺れを失い、空気は水のように重くなる。笑い声も、太鼓の音も、さらには波の響きさえも抜き取られていた。
その瞬間、俺は自分の耳が壊れたのではないかと疑った。
だが違う。もっと深い空——まるで世界全体のスイッチが誰かに切られたかのようだった。
「花火……止まった?」
星織・雨が顔を上げ、瞳の光にかすかな茫然が宿る。
「うん……きっと演出の一部だろう。」
俺は平静を装って答えたが、心の奥では得体の知れない不安が膨らんでいた。
「ち、違う……聞いてみてくれ、その音——」
彼女の声は震え、後方を指差していた。
言葉が途切れる間もなく、遠くから細やかな「擦れる」音が届いた。まるで誰かが紙の上の鉛筆の跡を、消しゴムでゆっくりと消しているかのように。
俺は猛然と振り返った——。
人混みの中央で、父と子が手をつないで歩いていた。子供のアイスクリームはまだ雫をこぼし、父親は笑いながらその髪をくしゃりと撫でていた。
次の瞬間——笑い声だけが残り、人影は跡形もなく消えていた。
「な、何だよ……これ……!」
声が裏返り、喉が詰まる。思わず後ずさりした足はもつれ、胸の奥で心臓が暴れる。
(ありえない……こんなの、ありえない!)
足元から、透明な筆で一線一線削り取られるように消されていく。両脚、胴、腕、そして頭……空気の中でなぞられるように消えていき、最後に残ったのは途切れかけた子供の手だけで、それは父親が立っていた場所に取り残されていた。
「星……雨……右を……見ろ……」
俺は喉の渇きに苦しみながら、かろうじて声を絞り出した。
「そ、それは——」
彼女の声は、突如響いた悲鳴にかき消された。
「ぁ——あああああああああ——!!!」
「助けてくれ!!!」
「ひ、人が……人が消えた——!!!」
混乱は一瞬にして爆発した。狂ったように逃げ出す者もいれば、立ち尽くして動けない者もいる。
一人の母親は娘を抱きしめていたが、その身体が腕の中から寸刻ずつ消えていくのを、ただ見つめるしかなかった。泣き顔は歪んだまま空気に定着し、残されたのは震える母の手と、まだ消えきらぬ体温だけだった。
(おい……おい……これは何の冗談だ?人間がこんな風に消えるなんて……あり得るはずがない!どんな術式なら——!?まさか……!)
樹族の旅人たちは次々と胸に手を当て、皮膚の下を走る樹脈の光紋が急速に暗くなっていった。彼らは低く古の祝詞を口ずさんだが、何の響きも返ってこなかった。
「¥÷×e研^π伽——!?」
魚族の商人は恐怖に震えながら手にした瓶の海水を見つめた——その液体は逆流し、虚空へと注ぎ込まれていった。
数人の鳥族が翼を広げて空へと舞い上がった。しかし半空に達した瞬間、翼の半分が「擦られ」て消え、羽毛は灰のように散り落ちたが、音はなかった。
琉火族の光脈は不安定に明滅し、体内の火光はまるで咆哮しているかのようだった。彼らは子供を護るために盾を張ろうとしたが、光盾の縁は透明に塗り潰され、光さえ留めることができなかった。
「€×§✓kいぼ……」
甘い香りに焦げた匂いが混じり、空気には奇妙な甘苦が漂った。港区全体の灯りが数度瞬き、そして一斉に消えた。
「来るな……近寄るな!」
「光の神よ——どうか我らをお赦しください!」
俺は SWEET 総店を振り返った。かつて人波で溢れていた建物は、今や何かの力によって半分削ぎ落とされたように、縁は滑らかで、破片も塵も残っていなかった。周囲の人たちは洪水に襲われた蟻のように四散し、互いに押し合い、倒れ、泣き叫ぶ声が響き渡った。
(こ、これは……教授たちがかつて警告していた禁術なのか!?もし本当にそうなら……俺には止めることも、抗うこともできない……くそっ、くそっ、ああああああ!!)
心の奥では何かを理解していた。だが、それを認める勇気はなかった。
目を見開いたまま、喉からは声が出ない。
世界は崩れ落ちていく——しかし静寂の中で、その崩壊はむしろ優しく見えた。
次の瞬間、形容しようのない裂け目が押し寄せた。
視覚、聴覚、触覚……すべてが引き剥がされる。
予想もしなかった事態に、俺はこの世界と——完全に隔絶された。
「これ……は……何だ……」
手を伸ばしても、何も触れられない。
空気は凍りついたガラスのようで、指先に伝わるのは冷たさだけだった。
次の一秒——白光が天空から滝のように降り注いだ。
それは閃光ではなく、世界そのものが「上書き」される光だった。
高周波の唸りが脳に突き刺さり、音は歪み、重なり、反転し、
まるで無数の金属片が耳元で擦れ合うようだった。
「この音……何だ……?頭が——痛い!」
俺は苦痛に耐えきれずしゃがみ込み、両手で頭を押さえた。
その圧迫感は、魂を無理やり体から絞り出そうとするかのようだった。
「イ、イラン!?」
星織・雨の声は震え、途切れ途切れに響いた。
まるで見えない力に引き裂かれているかのように。
彼女の温かな手が肩に触れた——だが次の瞬間、
波のような激痛が押し寄せ、その温もりを完全に打ち消した。
「うっ……わからない……逃げろ——!」
俺はほとんど絶叫しながら、頭痛に耐えて彼女を突き放した。
「星……早く……離れろ——!」
彼女の姿は光の中で揺らぎ、伸ばした手は俺を掴もうとしていた。
呼吸、叫び、崩壊の音が耳に交錯し、そして——
すべてが砕けた光の粒となり、消えた。
(夢……なのか……もしそうなら……よかったのに。)
かつて喧騒に満ちた百年祭は、今や幻にすぎなかった。
最後に覚えているのは、彼女が俺の手を引いて——走り、震え、焦点を失っていたこと。
世界の縁は崩れ落ちていく。
音は遠ざかり、深海に呑み込まれるかのように消えていった。
人々も、光も、風も、すべてが消え、残されたのは果てしない闇だけ。
俺は落ちていく感覚に囚われた。
一層、一層……底のない奈落へと。
音も、息も、何もない。
最後には、呼吸さえも消されていた。
> ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第七話では、イランと謎の少女の邂逅、そして百年祭が幻へと変わっていく過程を描きました。
静けさの中に崩壊の気配を置くことで、物語の空気を少し変えています。
感想やご意見、とても励みになります。いつもありがとうございます。




