第14話 ― 再会――目覚めの夜
>夜の深い静けさの中で、ひとりの少年がゆっくりと目を開けます。
長い眠りの余韻を残したまま、霧と光に包まれた世界へと戻ってきた彼を待っていたのは――懐かしい声と、仲間との再会でした。
その瞬間に漂う安堵と不安、そして微かな温もりを、どうか感じ取っていただければと思います。
時間:3670シヴン年 12月25日 AM 02:46
場所:パミラ避難区・東段廃墟下層
――あれは……何だ、白い……。
こんな光は見たことがない。火でもなく、星でもない。
静かに漂い、霧のようで……名も知らぬ“何か”のようだ。
俺は中空の島で育ち、環風が外界の色をすべて閉ざしていた。
それなのに、この光は――見知らぬのに、近づきたくなる。
(待て……俺は誰なんだ…… )
遠くで灯が揺れている。なんて美しい夜だ……。
まるで誰かの瞳に銀河が宿っているようだ。
手を伸ばしても、何も触れられない。
(誰かなんて、今はどうでもいい。
ただ、この美しい夜に身を委ねたい……。 )
その安らぎは、次の瞬間に裂け目へと変わった。
光は砕け、音は歪み――そして、すべてが静止した。
──ヴゥン。
耳元に低い共鳴が走る。
イランはゆっくりと目を開け、視界に灰青の薄霧が広がった。
冷たい地面に横たわり、吐き出した息は、空気の中で白に変わった。
頭上の光源は明滅し、波に覆われた月のように途切れがちだ。
(……ここは……?)
頭の鈍い痛みはもうない。代わりにあるのは、奇妙な静けさだ。
感覚が抜け落ち、意識だけが霧に浮いているかのようだ。
彼は身を起こし、掌が触れたのは――石でも泥でもない、
金属とガラスのあいだのような質感だった。
通りは途中で途切れ、見捨てられたように消えていた。建物の輪郭は霧に呑まれ、光影の欠片だけが漂っていた。
風もなく、音もなく、自分の呼吸さえ霧に呑まれていった。
周囲は絶対の静寂に包まれていた――。
その沈黙を裂くように、耳の奥で異音が走った。
【HK-(我¥°南gk-----@】
イランははっとして霧を仰ぐ。
その声は人でもなく、機械でもない。
まるで空気そのものが語っているようだった。
彼は腰の魔導徽環に手を伸ばした。
それは一瞬だけ光ったが反応はなく、符紋は血色を失った肌のように暗く沈んでいた。
【.....s$錯打yo&#@fe】
声が再び響く。今度は脳内に反響するほど近い。一語一語が断たれ、歪み、裂かれては縫い合わされる。
彼は遠方に目を向けた。
港区へ続くはずの道は、透ける黒影に覆われ、
世界が誤って折り畳まれ、そこだけ時間が止まっているようだった。
【※nqΛ……δ風──層///折返】
イランの胸がきゅっと縮む。
ほんの数時間前まで、彼は星織・雨と灯に満ちた街を歩いていた――
今はただ冷たい霧と、果てのない虚空。
彼は深く息を吸い、立ち上がる。
止まることは許されないと知っていた。
イランは黒影へ踏み込む。
光は即座に途絶えた。
──【ΣΔΩ//風脈異序-反位時間Λλ//】
──【信号錯層・解析失敗・データ源:ビゴトラス島・主脈線】
──【再接続……】──
【霊流再起動:03.7%】
光と音が同時に崩れ落ちる。
霧は胸に広がり、耳の奥の低い唸りは次第に心臓の鼓動へと変わっていく。
イランは自分が落ちているのを感じた――
それが空なのか、深海なのかも分からない。
伸ばした手は何も掴めず、ただ無限の灰が続く。
突如、霧を裂いて声が届く。
「イラン――」
その声は遠く、懐かしく、星織・雨の呼び声のようだった。
霧光が視界を縫い裂き、断片の光が散った。
そしてすべては闇に沈んだ。
「うっ……」
湿った息が正面から押し寄せ、土と草の匂いが混じっていた。まるで雨が止んだばかりのように、空気にはまだ消えきらぬ温もりが残っている。
(……朦朧……)
意識は深い水底からゆっくり浮かび上がるように、俺はそっと目を開けた。
無意識に手を横へ伸ばすと――
細かな葉先が掌に触れ、ぬめる露を帯びていた。指先をかすめると、微かな震えが伝わる。まるで風に撫でられた直後のように。
(草……?)
それは冷たく柔らかな草むらだった。
俺は一瞬、呆然とした――
どうしてここに、こんなにも濡れた雑草があるのだろう。
「イ……ラン……」
「イラン、イラン――!」
耳元に途切れ途切れの声が届く。誰かが遠くで呼んでいるようだが、厚い何かに隔てられている。
俺は眉をひそめ、頭を上げようとする。だが世界はまだ揺れていた――
(√」€光-----うっ……ガ&-----)
光と映像が波のように押し寄せ、意識を再び呑み込もうとする。
耳元に雑音が波のように押し寄せ、霧の中で無数の錯乱した声が囁く。
(……だめだ……俺は目を覚まさないと……)
最後に深く息を吸い、意識を必死に浮かび上がらせる。
──ヴン。
光がまぶたの下で瞬き、霧の奥から滲み出すように差し込んでくる。
指先がわずかに震え、冷たい露が袖へと染み込み、指先から腕へと広がっていく。
その確かな寒気が、俺を夢の深みから引き離した。
一気に息が胸へ込み上げ――
俺は激しく息を吸い込んだ。長い夢からようやく解き放たれたように。
俺はゆっくりと目を開けた。
今回見えたのは、草、木、石の塊……
そして、ぼんやりとした中から次第に浮かび上がる人影。
それは銀色の長髪を持つ少女だった。
昏い光の中でも髪は淡い金色の輝きを帯びて揺れ、 水色の瞳は澄んで鋭く、ただ今はわずかに憂いを宿している。
その瞬間、脳裏に馴染みの光景が閃いた――
あの日、表彰式で彼女は腕を組み、冷静さに少し悪戯めいた笑みを添えてジャスを嘲っていた。
だが今回は、目の前の光景が違っていた――
この瞬間、視界に映ったのはルキの焦った顔。
(ルキ……どうしてここに?あの星……織・雨は……?)
(ここは……いったいどこなんだ?)
「イラン!目を覚ましたのね!」
「ルキ……こ、ここは――うっ!」
言葉を続ける前に、こめかみに激しい痛みが走った。
その痛みは先ほどのように鋭くはなく、むしろ深く、重く――まるで先ほど夢の中で目にした光景が幻ではないと告げるかのようだった。
「うん……頭が少し痛むけど……大丈夫だ。」
俺はゆっくりと首を回し、光の差す方へ視線を向けた。
その光を追うように、目は自然と上へと移っていった。
夜はなお深く、
世界はふたたび色を取り戻した。
破れた穹頂から微かな青白い光が降り注ぎ、
湿った地面に映えて、砕けた石のかけらや草むらを冷ややかな銀に染め上げる。
空気には草木と埃、そして焦げた匂いが入り混じっていた。
「ポタ──」
遠くで、水滴が穴に落ちる音が響いた。
その音は空間に反響し、まるで何か空洞の金属を打つかのように響き渡った……。
一つひとつが、この静寂が不自然であることを意識させる。
俺は瞬きをして、周囲を見渡した――。
ここは半ば崩れた避難空間のようで、壁には湿った苔が覆い、裂け目からは野草の群れが伸び、葉先にはかすかな露の光が宿っている。
床には破れた布と乾いた草が敷かれ、中央には半ば消えかけた符文灯が燃え、揺らめく光影が壁面にちらついていた。
「お前が昏睡していた間に、ここでは大雨が降ったの。」
周囲を確かめるように見渡す俺を見て、ルキは静かに言った。声には隠しきれない疲れと不安が滲んでいる。
「ミドの言うとおり、この場所は少なくとも少しは安全みたい。」
まるで俺にその不安を悟られまいとするかのように、彼女は無理に笑みを作って言葉を続けた。
「……ミド?」
俺は思わず彼女の言葉を繰り返した。声はまだ少し掠れている。
脳裏に浮かんだのは、いつも埃まみれで口元に笑みを浮かべている厄介な奴の姿。
思わず口元がほころんだ。
(あいつも無事か……よかった。)
ルキは小さくうなずき、静かに答えた。
「うん、彼はさっき地脈の様子を確かめに出て行ったわ。」
「……地脈?」
俺は昏睡していた間に何が起きていたのか分からない。ただその言葉に、思わず息を呑んだ。
「そう、あの巨岩や地層が、昨日からずっと動き続けているの……。」
ルキは額の水気を拭いながら、言葉を一瞬途切れさせた。
その瞳には、かすかな不安の影が揺れていた。
「もしかして――まだ完全には終わっていないのかもしれない。」
俺は彼女の方へ顔を向けた。コートは雨に濡れ、袖口には乾いた泥がこびりついている。彼女は一晩中動き回っていたように見えた。
「そういえば……どうやって俺を見つけたんだ?」
「キリム教授よ。」
彼女はポケットから小さな橙色の結晶片を取り出した。縁はわずかに焦げていた。
「異変が起きて間もなく、教授が伝音石を通じて私に連絡してきたの。信号は途切れ途切れだったけど、はっきりこう言っていた――『風は乱れ、道は断たれる。イランを探せ、ミドを連れて行け。』」
「……どうして俺の居場所が分かったんだ?」
秘術士としてのキリム教授の力は疑っていない。だが俺の行動を、まるでミドのように正確に捉えていたことには少し驚かされた。
「教授は言っていたわ。君はきっとSWEETの近くにいるって――三日間も空腹で、特典のクロワッサンを待っているって話していたから。」
ルキは意味ありげな笑みを浮かべ、唇をそっと引き結んで俺を見た。
「その理由……妙に正確だな。」
俺は呆れて顔をしかめ、苦笑するしかなかった。
「そのあと、ちょうど港区に来ていたミドに会って、お互い事情を聞いたあと、港区の南端で手分けして君を探したの……。」
「彼は外環へ、私は商店街に引き返した。そうしてあの崩れた橋のそばの路地で、倒れた雨よけに押し潰されている君を見つけたの。」
彼女はそう言いながら、指先でそっとその結晶片を握りしめた。
「ミドが言っていた。彼が測定装置で確認したところ、パミラの下層ではエネルギーの大きな変動はなかった。だから私たちは君を、この廃棄された避難区の下層へ運んだの。」
「ありがとう、ルキ……道中はきっと大変だったろう。」
ルキはうつむき、呼吸をわずかに乱しながらも、確かな声で続けた。
「教授は最後に通信が途切れる直前、こう言い残した――『君が目を覚まし、動けるようになったら、人魚の噴水の裏で合流せよ』と。」
俺は顔を上げ、眉をひそめる。
「そこには……何がある?」
「ただ、『そこには私しか知らない入口がある』と言ったの。時が来たら……三人で一緒に行こう。」
ルキは珍しく視線をわずかに逸らし、あえて俺の目を避けるようにした。だがその声は、不思議なほど静かで冷静だった。
俺はしばし黙り込み、深く息を吸った。
目覚めてからの情報が波のように押し寄せ、頭の中でまだざわめいている。
星織・雨――彼女はいまどこにいるのか分からない。出会ったばかりなのに、見知らぬ場所にひとり残され、この異変に巻き込まれている。きっと怖くて仕方ないはずだ。
(だめだ……彼女を放ってはおけない!)
「すまない、ルキ……」
俺は顔を上げ、決意を込めて言った。
「彼女を探しに行く。」
ルキは俺を見つめ、その瞳に一瞬、複雑な色を宿した。
彼女はそっと首を振り、ため息をついた。
「イラン、だめ。君はまだ完全に回復していない。」
「もしまた何かあったら、私たちはキリム教授にどう説明すればいいの?それに……彼女って誰?」
俺は数秒黙り、星織・雨との出会いを簡潔に語った。
ルキは静かに耳を傾け、途中で口を挟むことはなかった。
ただ、あの光がすべてを呑み込んだ瞬間を話した時、彼女の表情がわずかに揺れた。
「恐ろしい……君がその場にいたなんて想像もできない。でも、君を探している時に放送で聞いたの。学院はすでに防衛隊の術士を派遣して捜索を始めているって――ガサン先輩も手伝っているらしいから、焦らなくていい。」
彼女は眉をひそめ、いつもより切迫した声で続けた。
「今戻ったら、かえって混乱を招くだけ。」
「外は危険すぎる。あの区域は灰霧に覆われていて、ミドが地脈まで不安定だって言ってた。」
彼女の言葉はいつも理路整然としていて、反論するのが難しい。
とくに次々と重ねられる説得に、俺は何を返せばいいのか分からなかった。彼女の言っていることはすべて事実だからだ。
そして――水色の瞳に符文灯の微かな光が映り込み、その奥には不安が濃く揺れていた。
「うーん……」
彼女の言葉を一つひとつ噛みしめるうちに、胸のざわめきは少しずつ静まっていった。
ガサン先輩――二年前に優秀な成績で卒業し、現在は学院防衛部の臨時隊長を務めている。前任の風翼小隊隊長が風窓期の後、海外任務から戻らず、防衛隊は彼の指揮に委ねられていた。
彼は同時に、銀風の守護者であるグモ教授の第一の弟子でもある。実力、判断力、そして統率力、そのすべてが信頼に値する人物だ。
俺は深く息を吸い、心の中が少し落ち着いた。――先輩がいるなら、防衛隊は必ず星織・雨を見つけてくれる。
「じゃあ今は、ここで身を潜めているだけなのか?」
雰囲気を変えようと、俺は顔を上げてルキに問いかけた。
「ええ。」
さっきまで必死に俺を説得していたせいだろうか……その瞬間、彼女の瞳に疲れの色がかすかに走った。壁際で瞬く符文灯へと視線を移す。
粗い壁面に映る光影は、呼吸のように明滅しながら彼女の横顔を照らし出す。まるで揺らめく灯火が、心の奥底に潜む影を引き出しているかのようだった。
「……」
沈黙が空気の中に広がり、符文灯の光影は絶えず揺らめき、避難区全体の呼吸を押し殺すようだった。
「ミドが戻ったら、すぐに出発しよう。」
「カツ、カツ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、外から足音が響いた。砕けた小石を踏みしめる細かな音が混じっている。
「呼んだ?やれやれ~名前を出されたら、登場するしかないだろ。」
少し疲れを帯びながらも、どこか活気を残した声が入口から届いた。まるで長い旅路を経てなお、朗らかさを失わないかのように。
ミドは風に揺れるぼろ布の幕をめくって中へ入ってきた。肩には半乾きのマントを掛け、こめかみにはまだ数滴の雨が残っている。
彼の茶色の短髪は符文灯の下で柔らかな光を帯び、橙色の瞳は相変わらず過剰なほど明るい――まるでこの混乱の中で唯一笑みを浮かべられる人のようだった。
「やっと目を覚ましたな、イラン。」
腰に下げていた錬金瓶を卓上に置くと、澄んだ音が連なって響き、瓶身は灯りを受けて微かに輝いた。
「地脈が崩れるまで眠り続けるんじゃないかと心配したよ。」
「……これが再会の挨拶ってやつか?」
俺は思わず苦笑して返す。
「ははっ、そんなこと言うなよ。やっぱり少しは衝撃的な幕開けが必要だろ?」
ミドは肩をすくめて、「仕方ない、これが僕なんだ」という顔を見せた。
ルキはため息をついて言う。
「ふざけないで。地脈の様子はどうなの?」
「あまり良くないな。外縁の岩層はまだ震えていて、低い轟音が絶えず響いている。符文灯まで微かに揺れているくらいだ。どうやらあのエネルギーはまだかなり活発らしい……」
彼は笑みを引っ込め、表情を引き締めた。
「やっぱり……あのエネルギー脈動の共鳴はまだ続いている。教授の言った通り、この異変は風脈だけじゃ済まないかもしれない。」
ルキは眉をひそめ、すぐさま立ち上がって床に散らばる器材や袋を手際よくまとめ始めた。
ミドは腰の錬金瓶を確かめながら、にやりと笑って言った。
「まあ、とりあえず深く考えるなよ。この体がまだ動く限り、石ころの山なんかに怯えるもんか。」
俺は彼の無理に軽く振る舞う姿を見つめながら、その声色に押し殺された響きを感じ取った。
――きっと彼自身もわかっているのだ。この災厄は、誰もが想像する以上に深いものだと。
ルキは脇へ歩み寄り、床に積まれた布の中から見覚えのある物を取り出した。
埃を軽く払ってから、俺へ差し出す。
「街角で見つけたの。これはエンおじさんの……」
「どうしてそんなことに!」
思わず首元へ手をやる。いつも胸にしっかり掛けていた六角切面箱の鎖が、いつの間にか引きちぎられていた。
「ルキ……君が見つけてくれたのか? 本当に助かった……」
彼女はうなずき、箱をさらに俺の前へ差し出す。俺は慌てて六角切面箱を受け取り、細部に破損がないか確かめた。
縁にはまだ雨に濡れた痕跡が残り、暗い光沢を帯びて微かに輝いていた。
俺はすぐに六角切面箱を胸前に繋ぎ直し、指先が冷たく硬い縁をなぞった。
なぜか心の奥底に微かな不安が浮かび上がり、言葉にならない予兆が静かに迫ってくる。
ぼんやりとそれを見つめていた時、指が無意識に腰へ滑り、魔導徽環に触れた。
冷たい金属が掌に貼り付き、一瞬、符紋が淡く光を放つ。
それは極めて細く、見過ごされそうな光だった。
光の中に、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がる。
(……これは?)
心臓が猛然と跳ね、遠方から何かが応えるように感じられた。
息を止めて確かめようとしたが、その光はすぐに消え去ってしまう。
「イラン、準備はいい?」
ルキの声が現実へと引き戻す。
俺は立ち上がり、うなずいた。
ミドは橙色の大きな瞳を上げ、笑みを浮かべる。
「じゃあ、出発だ。」
符文灯の光が揺れ、三人の影が壁に交錯する。
外の風は静かに向きを変え、残る灰を吹き散らした。
――夜は、なお長い。
>ずっと昏睡したイランは、ようやく仲間と再会を果たしました。
その声に迎えられた安堵の中にも、地脈の震えはまだ続いています。再会の温もりを胸に抱きながら、彼らは次なる試練へと歩みを進めていきます。
この夜の余韻と共に、物語の行方を見届けていただければ幸いです。




