幕間の四・ビゴトラス島誌――風脈と貴族
>この島誌を手に取ってくださったあなたへ。
ここに記すのは、風神サフィールの墜落から始まるビゴトラス島の物語です。
少し堅苦しく見えるかもしれませんが、どうぞ肩の力を抜いて読んでください。島の人々がどんなふうに風と共に暮らし、どんな家族が印を守ってきたのか――それを知ることは、ちょっとした旅のようなものです。
あなたがこの物語を読みながら、島の風を感じてくれたら嬉しいです。
起源
数千年前、風神は天より墜落し、翼は颶風へと変じて環風を生み出した。島はその時から封じられ、環風は天然の障壁となり、古代学院は墜落の地に聖域として築かれた。
それ以来、外層の環風は長く島を取り巻き、船は寄りつき難く、知識も物資も渡らなかった。
風脈印の成立
五百年前、ビゴトラス島はなお閉ざされた地であった。島民はわずかな術者に秩序を委ね、その術者が残した印はやがて五条の風脈印へと固まり、島内の風の力と生命系統を結び、独自の循環を育んだ。
それぞれの風脈印は資源の掌握と継承を象徴した。
- 守護の印 ― エルブレス家。自然と誓約を護る。
- 武装の印 ― シャミル家。力と技術化を追求する。
- 仲裁の印 ― ヘルニア家。秩序と裁決を操る。
- 技術の印 ― ソーンヴィル家。風脈の力を機械動力へ転換する。
- 知識の印 ― 学院。攻撃術式の禁令を保存し、防衛術式の発展を核心とする。
時が流れるにつれ、風脈印は術式の痕跡を越え、身分の徴となった。印を持つ家は「天命の族」とされ、その名と地位は印によって固定された。島の人々は次第に信じるようになった――もし印が裂ければ、その家の名は一夜にして消え、血脈の正統性も崩れるのだと。
貴族制度の成立
こうして五百年前、貴族制度は正式に形づくられた。
- 印を持つ者は貴族、持たぬ者は民。
- 貴族は資源と祭儀を掌握し、風脈印によって血脈の継続を保つ。
- 民は貴族に依り、彼らを守護者にして統治者と仰ぐ。
学院はこの時期、微妙な役割を担った。攻撃術式の知識を保存し抄録しながらも、「再現せず、使用せず」を貫いた。ゆえに学院は貴族の地位を直接は脅かさず、しかし知識の独占を握る。貴族は血脈印で統治を維持し、学院は防衛術を核として典籍を編み、禁令を定め、貴族の権力に正統性を与えた。両者は相互依存し、閉ざされた島の二重の権力構造を成した。
今も噂は残る。島の廃墟の石壁には断裂した紋様があり、家紋の残影のようだ。漁師たちは夜に語る――もし風脈印が再び裂ければ、貴族の名は風とともに消えるのだと。ある者は笑って伝説とし、ある者は胸に刻み、忘れぬようにしている。
四大氏族
【エルブレス家――風脈の守護者】
- 背景:旧貴族、風脈の原初の守護家系。
- 紋章:黄金の六翼の羽。「風の誓約」を象徴。
- 信念:風脈は自然に属する。軍事化や過度の干渉に反対。
港の風の中に、時折六翼の影が閃く。人々は公爵の誓いを低く語り継ぎ、それを島で最古の守則とみなす。
【シャミル家――風脈印の影の家族】
- 背景:中位貴族。武装化研究で知られる。
- 紋章:裂風に絡む双蛇。「風の毒の操り」を象徴。
- 信念:風脈は改造し、利用できる。技術化された力を追うべきだ。
ビゴトラスの路地やパミラの市場では、低い唸りが聞こえることがある。黒衣の術者が時折姿を見せ、未知の結晶核を運び、見物人の背に寒気を走らせる。
【ヘルニア家――議会の影の仲裁者】
- 背景:神秘的な政治家族。外見は中立だが、実際は両陣営を操る。
- 紋章:裂月に照らされた風眼。
- 信念:すべての風源を掌握してこそ秩序は保たれる。
パミラでは囁かれる。夜半、裂月の紋章が壁に回るのを見た、と。女侯爵の眼差しは光脈を震わせ、秩序そのものが彼女の掌にあるかのようだ。
【ソーンヴィル家――工房と歯車】
- 背景:新興貴族。工房技術と歯車機械で名高い。
- 紋章:交差する歯車と風脈の紋。「技術と風の融合」を象徴。
- 信念:工房技術によって、風脈の力を制御可能な機械動力へと転換する。
工房の歯車は夜にひとりでに回り出す。侯爵の笑い声が金属の響きに混じり、風脈が取引の札にされているかのようだ。
結語
四家は並び立ち、島は定まった。
しかし、島誌の抄録者は末頁に一句を残した。
「風が騒げば、印は裂ける。裂けが顕れれば、家の名は風とともに散る。」
この言葉は漁師の間で語り継がれ、警告とも予言とも受け取られる。ある者は古き迷信と笑い、ある者は胸に刻み、忘れぬようにしている。こうして四家族の存在は秩序の柱であると同時に、島を覆う影ともなった――
人々に思い起こさせる。風脈の均衡は、決して安定したことがないのだと。
>ここまで読んでくださってありがとう。
島誌の記録は断片的で、漁師の夜語りも矛盾だらけです。でも、それこそが物語の面白さでもありますよね。
真実か迷信かはさておき、風脈印や四大氏族の話は、島の人々が長い時間をかけて紡いできた「生きた記憶」なのです。
もしあなたがこの島に立ち寄ることがあれば、夜の港で耳を澄ませてみてください。風の音に混じって、古い誓いの囁きが聞こえるかもしれません。
そうした瞬間に、この島誌の言葉が少しだけ近く感じられるはずです。




