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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
13/25

第11話─走って、はぐれて──ほんのひと休み

>「彼女は本当にイランを再び見つけられるのだろうか」


港湾区を覆う混乱の中、人々の叫びと崩れ落ちる街角が絶望を広げていく。


第11話では、星織・雨が束の間の安息を求めて走り続け、祈りにすがる姿を描きました。


彼女の視点から見える「逃げ場のない現実」と「わずかな救い」を、ぜひ感じてください。


時間:3670シヴン年 12月24日 PM 20:59

場所:ビグトラス島・港湾内環──中央広場区


「走れっ!」


「助けてくれ!」


「もう終わりだ!」


「ここは危険すぎる!」


「神様……あれは何だ!?」


「子供!子供はどこだ!?」


「みんな死ぬぞ!」


絶望の叫びが四方で炸裂し、潮のように押し寄せてくる。星織・雨はイランの手を強く握り、彼の身体が前へ傾き続け、今にも倒れそうなのを感じた。胸がきゅっと締め付けられる。それでも歯を食いしばり、ただ前へ走るしかない。


周囲の混乱はさらに激しくなる。旅客たちは制御を失い、四方へ散り、衝突音が次々と響き渡る。まるで無数の石が一斉に落ちてくるようだった。



「走れっ!」

「もうすぐ大変なことになる!」


慌ただしい人波の中、誰かが叫ぶ。


「いや……これは一体何だ!」


街角が突然崩れ、灰白の爆風が炸裂した。灰塵と焦げた匂いが顔に押し寄せ、目に涙が溢れる。群衆は瞬時に散り、悲鳴と警報が交錯し、裂けた布のように空気を引き裂いて舞った。


「やめろっ、いやああああ──!」

「どけっ!道を塞ぐな!」


星織ほしおりあめはイランの手を必死に握り、人波の中で懸命に隙間をこじ開ける。だがその瞬間、暴走した男が突如ぶつかり、彼女は激しく押し飛ばされ、地面に叩きつけられた。


「痛っ……」


飛び散った石片が肘をかすめ、灼けるような痛みが一瞬で神経を駆け抜け、呼吸が止まった。


必死に顔を上げるが、視界には混乱の影と人の足だけが残っていた。世界は無数の断片に引き裂かれたようだった。


彼女の手は震え、思わずぎゅっと握りしめた──


「……イラン?」


掌には何もなかった。あの馴染んだ温もりはすでに消え、風に奪われたかのように。


彼の姿──消えていた。


「イラン──!」


彼女の叫びは雑音に引き裂かれ、声はすぐに呑み込まれ、ただ尽きない風だけが響いた。


(どうして……だめ、絶対に見つけなきゃ!)


「けほっ、けほっ……」


避難の衝突でチュニックに穴が開き、星織・雨は惨めな姿をさらす。先ほどまで銀髪を整え、いたずらな笑みを浮かべていた異国の貴族少女とはまるで別人だった。


瓦礫に足を取られ、彼女は均衡を失いかけた。

よろめきながら前へ進む。周囲には錯乱する影と砕け散ったガラス片が散らばっていた。誰かが肩に激しくぶつかり、身体が揺れ、倒れかける。耳元では子供の泣き声と放送の雑音が交錯し、相容れない二つの音が同時に脳をかき乱した。



──『皆さん、順序よく避難してください……古代学院こだいがくいんの環状紋章をつけた術士が公式の誘導員です。指示に従ってください。』


その声は繰り返し響くが、厚い水幕すいまくを隔てたようにぼやけ、遠くに揺らめいていた。


やがて、放送の声は突然、明瞭に響き渡る。


『本島の住民以外の方はご注意ください。「古代学院こだいがくいん環状紋章を着用している術士じゅつしが公式の避難誘導員ひなんゆうどういんです。すぐに指示に従ってください。』


短い沈黙の後、音声は多重周波たじゅうしゅうは共鳴音レゾナンスへと変わった──それは異族のために設計された形式だった。


光紋こうもんが閃き、細かな波紋が広がる。樹族、鳥族、琉火族、魚翼族に向けて、レゾナンスがこう告げた——


風脈ふうみゃく異常──緊急移行通路きんきゅういこうつうろへ入ってください。』



星織ほしおりあめは呆然と顔を上げ、半空に残る光幕こうまくを見つめた。

その光紋は風に震え、砕け、まるで目に見えぬ道が呼びかけているようだったが──誰も、その先がどこへ続くのか知らなかった。


突然、また激しい揺れが襲い、街のライトが不規則に点滅した。光と影は途切れ途切れで、心臓が不規則に脈打つようだった。


彼女は歯を食いしばり、恐怖に耐え、必死に人波に逆らって前へ押し進んだ。周囲の喧騒は波のように打ち寄せ、呼吸さえ苦しくなる。


あっという間に街の配管が揺れの中で断裂し、帯電したケーブルが勢いよく振り落とされ、火花が四方に散った。


電流の光が不規則に明滅し、灰霧を裂く刃みたいだった。


星織・雨は最初は気づかなかったが、その明滅する電光が自分に向かって掃かれようとした瞬間、はっと目を見開いた。恐怖でその場に固まり、体は動かなかった。


「こっち──急げ!」


危機が迫るそのとき、一つの影が突然飛び出し、動きは素早く、ためらいのない力強さを感じさせた。


「なっ……」


彼女の胸はきゅっと縮み、呼吸はほとんど止まった。反応する間もなく、その手が彼女を強く掴んだ。


突然の叫びと強烈な引き寄せが同時に押し寄せ、彼女の体はその場から引きはがされ、激しい流れに巻き込まれていった。


そして、引き寄せられたその瞬間、断裂した配管が勢いよく揺れ落ち、帯電した火花が空中で弾け、ほとんど目の前をかすめた。


「バチッ、バチッ──」


鋭い音が光の点滅とともに響き、灼熱の電流が灰霧を切り裂く眩しい弧を描いた。


彼女の呼吸は喉に詰まり、胸は一瞬で締め付けられ、血の流れさえ止まったように感じた。時間はその瞬間、音を失い、耳には火花の爆裂だけが轟いた。


「きゃあああ──!」


危険がかすめた余震がまだ消えぬうちに、見知らぬ手が彼女を強く掴み、心をさらに乱した。星織(ほしおり)(あめ)は本能的に振りほどき、慌てて後ろへ退き、肩を冷たい壁に強く打ちつけた。



「うっ……」


「ご、ごめん、わざとじゃないんだ。」


その人はすぐに彼女を放し、瞳には抑え込んだ感情と、強く引き寄せてしまったことへのすまなさが滲んでいた。


星織(ほしおり)(あめ)は呆然とし、視線は彼の胸の紋章が微光の中で冷たく光った——放送で言っていた古代学院のものだった。


彼女はその紋章を見つめ、心に一瞬のためらいが走った。微光が瞳に揺れ、心の奥の不安を裂こうとしているようだった。


光は灰霧(はいむ)の中で明滅し、それは救いにも見え、幻にも見えた。


(本当に彼を信じていいの……? でも、行かなければ、もう二度と行けなくなるかもしれない。)


彼女は無意識に袖口を握りしめ、指先はわずかに震え、心臓の鼓動は耳元で乱れるように轟いていた。



「私は学院の術士だ。ここは危険だ、ついてきて。」


彼は彼女のためらいに気づき、視線を一瞬だけ彼女の顔に向けた。その瞳には誠実さと自制しようとする思い、そして申し訳なさがにじんでいて、静かに見えながらもどこか焦っていた。


彼女は答えず、ただ静かにうなずき、呼吸はまだ震えていた。


「つ、ついて……こい。」


彼は先ほど彼女を怯えさせたことに気づいたようで、声にはわずかなぎこちなさが混じった。余計なことは言わず、ただ彼女を導いて狭い路地を抜けていった。


星織(ほしおり)(あめ)は無意識に肩をすくめながらも、必死に彼の背についていき、荒い呼吸を止めることはできなかった。


灰霧はいむが路地口で渦のように広がり、足元では小石が転がった。やがて半ば崩れた小屋の前に着くと、彼は足を止め、振り返って彼女がついてきているかを確かめてからようやく立ち止まった。



「ここはしばらく安全だ。」


「この区画の結界はまだ影響を受けていない。術で補強してある。君はここで待っていてくれ、他の生存者を確認しに行く。」


星織(ほしおり)(あめ)は呆然と彼を見つめ、指先はまだ震えていた。


「わ、私……」


「安心しろ、必ず戻る。」


そう言って、彼は手を伸ばし扉を押し開けた。


「扉を閉めて、外に出るな。外のエネルギーの流れは不安定だ。」


「ありが……」


言葉が最後まで届く前に、彼の姿は風と霧に呑まれ、途切れた残響だけが彼女の唇に震えて残った。



外の扉が閉まり、その音は軽いのに世界を遮ったように感じられた。


星織(ほしおり)(あめ)はゆっくり壁にもたれて座り込んだ。壁は冷たく、空気には埃と淡い焦げの匂いが満ちていて、ここがただの一時的な避難所だと告げているようだった。


「……本当に安全なの?」


彼女は唇を噛み、声はほとんど聞こえないほど小さかった。


外から遠く爆音が響き、まるで空が裂けるようだった。地面はわずかに震え、机の上のガラスが転がって、すぐに止まった。


「彼は戻ってくるよね……戻るって言ったんだから……」


その声は今にも途切れそうな囁きで、目尻には微かな光が滲んでいた。


外の風は細切れの音楽を運んできた。それは祭りの楽団の最後の残響で、引き裂かれた断片が途切れ途切れに耳へ流れ込んだ。


涙が静かにこぼれ、彼女は膝を抱きしめ、頭を腕の中に埋めた。



亞托(アト)兄さん……うう……)


部屋の静けさと外の騒ぎが交錯し、星織(ほしおり)(あめ)の心は恐れと不安でいっぱいだった。耳にはまだ混乱の声が響き続けていたが、彼女は必死に冷静を保とうとし、最後の秩序を掴むように救いを待った。


「や、やめろ、うわあああ——」


「光の神が降臨した……はははははは——」


突然、奇妙な声が人々の叫びに混じった。


「ぐりり……シャッシャッシャッ……くくく……」


その声は低く粘りつき、まるで壁の隙間から滲み出す摩擦音のようであり、あるいは虫のような生き物が喉で絞り出す震えにも似ていて、人間のリズムではなかった。


(あれ……何の音……?)


星織(ほしおり)(あめ)は恐怖を押し殺し、勢いよく窓の外を見上げた。視界の端に、向かいの廃墟の壁際を低い影が走った。輪郭は歪み、半ば溶けた獣のようで、混乱の人波に紛れてすぐに消えた。


「な、何なの……?」


「何……それ……」


誰かがどもりながら叫び、声は恐怖に喉を締め付けられたように震えていた。


外の騒ぎは止まず、むしろ激しさを増していた。悲鳴、狂笑、奇怪な摩擦音が重なり合い、まるで秩序を失った合奏のように響き、空気さえ震わせた。


星織(ほしおり)(あめ)は両手で耳を塞ぎ、指先は力の入りすぎで白くなった。彼女はもう聞きたくもなく、絶望と狂気に満ちた光景を見たくもなく、ただ狭い闇の中に自分を閉じ込めた。



(いにしえ)の北方の神々よ、星の残光と雪を交わらせ……

流浪する魂を守り、漂う血脈を護り……

夜がもはや呑み込まず、暁が再び訪れるように……)


彼女はうつむき、目を閉じて、心の中で北方群島に古く伝わる護りの呪を唱えた。ひとつひとつの言葉は闇の中に微かな光を灯すようでありながら、震え、いつ外の混乱に呑まれてもおかしくなかった。


意識が次第にぼやけ、彼女の呼吸はゆるやかに整っていった。身体の表面には淡い銀白の光が静かに浮かび、浅い青の微光と混じり合い、かすかに彼女を包んでいた。


四肢は力を抜かれたように重く、脳裏の雑音も薄れていく。意識はゆっくり沈み、そうすることでしか束の間の痛みと恐怖から逃れられるように思えた。


(イラン……どこにいるの……うっ……)


外の混乱は途切れ途切れにまだ響いていたが、今の彼女にはもう届かなかった。小屋の中には彼女の重い呼吸だけが残り、空間に響いていた。


窓の外の風は、誰かがそっと吐息するように夜をさらに深い闇へと押しやった。



>港湾区の混乱の中でイランを見失い、星織・雨は絶望に沈みました。


その彼女の前に現れたのは、古代学院の紋章を胸にした謎めいた術士。

この出会いこそが、物語を次の局面へと進める大きな転換点となります。


束の間の安息は、彼女にとってほんの一瞬の休息でした。


しかし、この術士との邂逅が、彼女の歩む道を新たに形づけていくことになります。

どのような道が開かれるのか、共に歩んでいただければ嬉しいです。

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