第10話─乱れゆく風──空港異変
>第10話では、ビゴトラス島の空港を舞台に、突如として訪れる異変と人々の混乱を描いています。
長く続いた平穏が一瞬で崩れ、街も人も「風」に翻弄される姿は、物語の大きな転換点となります。
今回の話は少し長めですが、ぜひ最後まで一緒に駆け抜けていただければ嬉しいです。
「もし自分がその場にいたらどうするだろう?」と想像しながら読んでいただくと、きっと臨場感が増すと思います。
そして、この混乱の中で浮かび上がる学院や貴族たちの思惑を、皆さんと一緒に見届けていきたいです。
時間:3670シヴン年 12月24日 PM 21:37
場所:ビゴトラス島・空港主層管制塔
ビゴトラス空港の上空で雲層が突如として裂け、不自然な螺旋を描いた。島の北端は微かに震え、まるで地底で眠る巨獣が目覚めようとしているかのようだった。
島の地底は中空構造であり、内部には南北を貫く巨大な風脈が走っている。この気流は絶え間なく流れ続け、島特有の環風現象を生み出し、魔能の循環を支えてきた。しかし今、その馴染み深い風は途切れ途切れに乱れ、不安定になっていた。空港塔楼のアンテナは激しく震え、導管は不規則な青光を閃かせる。
「風脈反応異常!」
「エネルギー流が危険値まで下降──!」
警告音と風鳴が重なり、空港全体が巨大な共鳴腔と化した。天空の雲層は環状にかき乱され、金属構造物が浮遊し、震動する。
高架輸送線は激しく揺れ、浮載車が制御を失って軌道を外れ、鋭い摩擦音を伴って街角へ墜落した。レストラン『ガイモ魔法食堂』のガラスは瞬時に砕け散り、破片が空中で煌めく。湯気と熱気は濃霧となって押し寄せ、焦げた香りを伴って人々を包み込む。
「後ろへ下がれ!早く退け!」
『ガイモ魔法食堂』の店主は声を枯らして叫び、女店員は顔を覆い、震える泣き声を抑えきれず、まるで風音に呑み込まれそうだった。
「走っちゃだめ!母さんと一緒に!」
『ルミノ氷菓』の前で、母親は子どもの腕を強く引き寄せ、身をかがめて抱きしめる。震える足取りで空港の避難区域へと向かう。呼吸は荒く、視線は絶えず周囲を走り、次の瞬間に崩壊が訪れるかのように怯えていた。
一人の青年は強風に目を開けられず、髪は乱れ、必死に伝音クリスタルを叩き続ける。指先は震え、声は裂けるように響いた。
「だ、誰か聞こえるか?!」
人々は混乱し、押し合いや転倒が入り乱れ、叫び声は狂風に引き裂かれて断片となり、空へ散っていった。
学院へ連絡を取ろうとする者もいれば、ただ泣き声と荒い息だけを残す者もいた。
街全体はまるで裂かれた破片のように、音も映像も感情もすべてが混じり合っていた。
「俺が行く!」
「子どもを連れて行け!」
「押すな!」
「地割れだ──下がれ!」
混乱の中、かつて「風の子」と呼ばれた住民たちは慌てて符印を結び、学院で学んだ防衛術式を呼び起こそうとした。
しかし、島の人々は長年の平穏な生活の中で、アカデミーを離れてからは高密度かつ強度のある訓練を欠き、魔力そのものが徐々に衰えていた。多くの者はすでに魔法をほとんど失いかけていた。
「どうしてこんなことに!」
「くそっ、痛い!」
微弱なシールドは空中で震え、飛散する破片や塵煙を辛うじて防ぐのみ。風のバリアを呼び出す者もいたが、瞬時に狂風に裂かれ、土壁を築こうとした者も震動に耐えられず崩れ、砕けた石片が逆に群衆へ降り注いだ。ルーンは途中で途切れ、術者の手は硬直し、魔力の枯渇で顔色は蒼白に変わる。
これらの即席の魔法は状況を逆転するには結局足りなかったが、混乱の中でわずかな時間を稼ぎ、即座の致命傷だけは免れさせた。
濡れた石畳に靴底が滑り、衝突と転倒の音が重なり、泣き声が幾重にも折り重なる。街角の看板は激しく揺れ、菓子店の旗は半空へ巻き上げられ、布地は風に翻る。かつて繁栄を象徴した祭礼の旗は、稲光と塵煙の中で裂け、哀しみの断片へと変わった。
管制塔の内部では照明が絶えず点滅し、報告と警報が入り混じって圧迫的な騒音を生み出す。まるで島全体の心臓が秩序を失い、狂った鼓動を刻んでいるかのようだった。
「外層磁軌|がいそうじきにエネルギー干渉発生!」
「曲能鉱|きょのうこうの反応が不安定!」
「ターミナル電脈|でんみゃくの逆圧が危険値に到達!」
「ミルバ、情緒が乱れて囲いを突破しようとしている!」
当直員は顔面蒼白となり、指がパネルの上を走り、魔力|まりょくの流れを必死に安定させようとする。
「ベトリ果実|ベトリかじつを全量投入せよ! ミルバの情緒を鎮めろ!」
管制塔司令官は突然立ち上がり、その声は場内を圧するように響いた。
操作員たちは慌てて残量をチェックし、果実の束を給餌ラインへ送り込む。ミルバは島に棲む大型の飛行獣で、ベトリ果実の香りと味を好む。投入は単なる慰めではなく、恐慌による暴走を防ぐ唯一の手段だった。果実を受け取った鳴き声はわずかに落ち着いたが、なお不安の震えを帯びていた。
遠い夜空に細い光が走り、塔長は窓外へ目を向ける。それは雷ではなく、島の中心から放たれたエネルギー脈衝|パルスが地表を伝い、空港へ伸びていくものだった。直後の震動は、大地そのものが呻いているかのように響いた。
「この波……自然の地震ではない。霊脈|れいみゃくの共振だ。」
高位の術士が低く呟いた。その声にはわずかな不安が滲んでいた。
「リングレールが……鳴動している!軌道全体が音叉のように震えている!」
空港外縁のリングレールに異常が走る。金属の軌道は本来なら安定して高空に浮かんでいるはずが、今は激しく震え、まるで巨大な音叉を打ち鳴らしたかのようだ。構造全体が低周波の共鳴に揺さぶられ、光脈が軌道を駆け抜け、耳を裂くような鳴響となって空港全体を強制的に共鳴させていた。
「腐蝕でも崩壊でもない……」
「これは共鳴だ!物質がエネルギーに強制的に同調している!」
工務隊の技術員が驚愕の声を上げた。別の術士が補足し、声を震わせた。
「全員、聞け!ただちにターミナル外縁を封鎖し、民間人を退避させろ! 術士隊は防護結界を展開せよ!」
司令官は机を叩き、その声は場内を圧するように響いた。
「結界エネルギーが干渉を受けています!」
「外層で逆向きの牽引がある!」
「エネルギーフィールドを安定させろ、急げ!」
術士たちは一斉に詠唱を始め、掌に符文が次々と輝いた。地面はわずかに隆起し、魔力の流れが吸い取られるように変化し、強烈な気圧差を生み出す。護壁の一部には亀裂が走り、光が空気中で鋸歯状の波紋となって閃いた。
ちょうどその時、主塔のガラスが突如の衝撃波で砕け散った。
「結界が破片になって散っている!」
「防衛線が崩れるぞ、押し返せ!」
「術士隊、前へ!結界を補強しろ!」
外層結界は閃光とともに砕け、空中に四散した。まるで破裂した星塵のように煌めき、防衛隊員の多くが衝撃で後退し、慌てて魔能盾を展開して防いだ。
「主塔の警戒灯が深紅に変わった!」
符文パネルの数値は激しく跳ね上がり、ホログラムスクリーンには環風脈のエネルギー図が映し出される。裂斗の山並みから強烈な波紋が外へ拡散していた。
「司令官!エネルギーが暴走、霊脈が全面逆転しています!」
「空港を守れ!たとえ結界が一層しか残らなくても、持ちこたえるんだ!」
司令官は歯を食いしばり、声は沈着ながらも急迫していた。
「詠唱を止めるな!光脈を維持しろ!」
術士隊員の額から汗が滴り落ち、詠唱の声は震えながらも途切れない。符文光脈が空気中で絡み合い、低周波の共鳴に必死で抗っていた。
彼が猛然と振り返り、低く問う。
「学院と接続できたか?」
当直管制員の顔は蒼白で、指はなおもパネル上を走り続けていた。顫声で答える。
「干渉が激しく……信号が断続的で、安定接続は不可能です!」
司令官は歯を強く噛みしめ、低く呟いた。
「くそっ……我々だけで持ちこたえるしかない!」
「結界が裂けるぞ、急げ!」
「民間人を避難させろ、もう時間がない!」
彼は夜空を仰ぎ見た。共鳴光脈は絶えず拡散し、衝撃波は空港全体を引き裂こうとしていた。術士隊員たちは必死に結界を支え、民間人は低周波の震響に眩暈し、倒れ、混乱の声が潮のように主塔へ押し寄せた。
——同じ時間、中央学院の指揮塔内。
ホログラムスクリーンが警告色に染まり、符文パネルの数値は激しく跳ね上がった。環風脈のエネルギー図が映し出され、裂斗の山並みから強烈な波紋が外へ拡散していた。
「地表エネルギーの暴走を検知!霊脈の流れが全面逆転しています!」
報告員はほとんど叫ぶように続けた。
「強度は三十分前の観測共振の二倍だ!」
カイクラは両掌を地面の起動盤に押し付け、地脈の震動が鮮明に彼の導引へ応じ、全身へと伝わっていった。額には汗が滲み、歯を食いしばり、全力でエネルギー共振を維持する。
「くそっ……!」
突如、強烈な波動が衝撃となって襲いかかり、彼の両手は激しく弾かれ、起動盤から離れてしまった。
「何が起きている、フォン!」
オートはその変化を目の当たりにし、緊張のあまり普段の呼称を忘れて直接叫んだ。
「校長! 地底が激しく痙攣している……まるで外力に強引に引きずられているようだ! 地気の流れが未知の力によって捻じ曲げられている!」
「フォン、すぐに地脈起動器を作動させろ。南側の節点根脈を安定させるんだ。」
オートは沈着として中央に立ち、声は雷鳴のように低く、指令を断固として下した。
指揮塔室のオペレーターたちは次々に大声で報告し、その声は重なり合い、まるで空間全体を押し潰すかのようだった。符紋スクリーンは絶えず点滅し、数値は無秩序に跳ね回る。空気には焦燥と不安が満ち、誰もが緊張した面持ちでパネルに指を走らせていたが、暴走するエネルギーの速度には追いつけなかった。
「発生源は裂斗山並みの下層に確定!」
「外環風層が崩解している!」
「空港地区に大量のエネルギー干渉! スペクトル値が乱れている!」
報告の声が次々に重なり、連続する警鐘のように指揮塔の管制室全体を圧迫的な緊張で満たした。
「それは……霊息が呼び覚まされたのだ。」
ジーン・ダプシーは投影映像を見上げ、明滅する符紋スクリーンの中でひときわ重い眼差しを宿した。
水精霊が彼の肩に漂い、澄んだ冷たい声で低く嘆息した。深水からの反響のように聞こえた。
その時、通信晶体が突然接続され、断続的な声が届いた。
「……こちらはガサン!」
荒い息遣いが振動と雑音の中に混じる。
「……東側防線……破られた……空港──」
声は瞬時に雑音に覆われ、断片的な叫びだけが残った。
「ガサン! 位置を報告せよ!」
彼女は歯を食いしばり、素早い手ぶりでオペレーターに信号の強化を指示した。符紋スクリーンは絶えず点滅し、干渉音が刃のように鼓膜をかすめ、管制室の空気は極限まで張り詰めた。
「ガサン! 聞こえるか!」
「ガサン!」
しばらくして、通信晶体が再び震え、断続的に声が戻った。
「……我々は——民間人を避難させている……風圧のバランスが崩れた! 防衛隊の損耗は半数を超えた——」
「持ちこたえろ、ガサン! 学院が援軍を送る!」
タンブラムスは声を張り上げ、相手に届くように叫んだ。
「了解——だが我々は見た……光が地底から湧き上がる……それは火ではない、生きている……÷§€£¢————」
通信は突然途絶え、持続する雑音だけが残った。
「空防術士と二階医療部隊を派遣し、空港とスウィート区域を全力で支援せよ!」
オートはガサンが最後に残した「生きている」という言葉を聞き、拳を握りしめた。声はわずかに震えを帯び、低く急迫した調子で命令を下す。
「校長、このままでは地層が剝離を始めます。」
カイクラは顔を上げ、額から汗がさらに滴り落ちる。両手は激活起動盤に押し付けられたままだ。
「分かっている。」
「だが今は誰も裂斗山並みに近づけてはならない。あそこは……まだ変化している。」
レムは制御台の前に座り、小さな手で導通比率を絶えず調整しながら声を張り上げた。
「曲能礦の反応が危険なほど不安定です! 外部エネルギー流が逆吸しています! 出力点を再ロックしなければ!」
「波動を抑え、内核を安定させろ。」
オートの声は警報の轟音を押し退け、室内のざわめきをねじ伏せた。
ジーンの水精霊が低く囁いた。
「もし逆流が続けば、島の外環は崩壊し、風脈は断流となる……」
各所からの報告が重なり、オートはしばし沈黙した。眉間に深い皺を刻み、視線をスクリーンと仲間たちの間に巡らせる。その眼差しは最後の選択を量っているかのようだった。
警告は赤く点滅し続け、ついに彼の目が鋭く沈み、声は迅速かつ断固として響いた。まるで軍令のように。
「全島に通達——ビゴトラスは最高戒備に入る。すべての術士、教授、学生は指令体系へ復帰せよ!」
「はい!」
「さらに……学院指揮系統の攻撃封印禁令を緊急解除せよ! 四大貴族と連絡を取り、風脈印を集合させ、副教授が導く——対象は高階術士、教授、副教授に限定——学院の一部攻撃術式を連結せよ!」
「なに!」
「校長、これは——」
「ふふ……」
「ついにか……」
突如として下された指示に、指揮塔の各所で教授や操作士たちが一斉にオートへ視線を向けた。驚愕する者、胸を締め付けられる者、脳裏に史籍の記述が閃く者——
外環の崩壊は天穹の落下のごとく、風脈の断流は万の巨蛇の嘶きのごとし。だが中には、抑えきれぬ笑みを浮かべる者もいた。彼らにとって、防衛だけでは足りない、むしろ誤りだったのだ。冷汗、笑意、抑え込んだ期待が塔内に交錯し、タンブラムスの額にも一滴の汗が滲み、再び指令を確認するために俯いた。
「校長、本当にこれを……!」
「即刻行動せよ!」
オートが一切の説明を省き、再び命令を下す。その皺に覆われた顔を凝視したタンブラムスは、瞬時に悟った——
数百年もの間封じられてきた数々の攻撃術式は、その指示を下すことがいかに困難であろうとも、遂行せねばならない。
だが風脈印は即座に繋がるものではなく、まず各家の礼法と権限の鎖を越えねばならなかった。
それは同時に意味していた——
ビゴトラス島の、長年防衛を最優先とし脅威に関わることのなかった平穏な日常が、根底から覆され、未知の秩序へと翻転することを!
「はい!」
タンブラムスは即座に指揮内部の編成に取りかかった。
「シャミル家……応答なし。」
——裂風に揺らめく双蛇の紋章は顕れることなく、沈黙は圧迫となり、彼らが静観を選んだことを示していた。
「エルブレス家は審査の延期を要求!」
——金色の六翼の羽が微かに震え、光は収束し、保守的な立場が紋章の震動を通じて伝わってきた。
「ヘルニア家から条件一覧——われわれが防衛を優先することの確約を求めている!」
——裂月の風眼はゆるやかに回転し、冷徹かつ精緻。条件は中立に見えながら、その奥には支配の意図が潜んでいた。
「ソーンヴィル家……取引を持ちかけた。」
——歯車に囲まれた晶核の紋章が輝き、符文のメッセージが浮かび上がる。工房の器具と技術支援を提供する代わりに、学院の一部研究権限の開放を要求し、風脈を交換可能な資源として扱おうとしていた。
タンブラムスは眉間に皺を寄せ、冷や汗も乾かぬまま、断ち切るように低声で命じた。
「……この連中め!こんな時にまだ策を弄しているとは……すべて記録しろ!使者を二名、工房の地下通路を経由して議事堂へ向かわせろ。礼官と副教授を同行させろ。残り二家は符映台で直接交渉だ!」
「術士隊、同期を維持しろ。連結陣列は第二層まで、核心には入るな。いずれの家も署名するまでは、正式接続は許可しない!」
指揮室の空気は一気に重くなった。魔能導体の光は深い蒼へと変わり、震える心臓が必死に拍動を刻むかのようだった。四つの通路は光幕の上で明滅を繰り返し、視角の切り替えを予兆していた——沈黙する者、遅延する者、制限を設ける者、値を付ける者。
「この風……島の秩序を変えようとしている。」
レムはわずかに顔を上げ、澄んだ声でしかし異様なほど落ち着いて言った。視線は規則的でありながら次第に乱れていく脈動のデータに注がれていた。少女らしい稚気を残しながらも、その冷静さは同年代とは思えなかった。
オートはゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込み、無意識のようにレムの言葉を継いだ。
「ならば、聞き届けよう——何を語っているのかを。」
>今回の話は、災害の混乱と人々の弱さ、そしてそれでも立ち上がろうとする姿を中心に描きました。
「防衛だけでは足りない」という言葉が示すように、島の人々は新しい選択を迫られています。
そして、ここから物語は貴族たちの役割へと踏み込みます。
シャミル家の沈黙、エルブレス家の保守、ヘルニア家の条件提示、ソーンヴィル家の取引。
それぞれの立場は単なる家柄の違いではなく、島内の権力構造そのものを映し出しています。
防衛か、取引か、支配か──彼らの選択が島の未来を左右し、学院との関係も新たな局面へと進んでいきます。
読んでくださった皆さんに、この「揺らぎ」を一緒に感じてもらえたら嬉しいです。
次回からは、さらに深く「権力の風」が島を吹き抜けていくことになります。




