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第八話 宰相の孤独 ―U.S.の牙、亡き宰相の遺志―

『宰相の椅子』第八話の更新です。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。

前回、『蒼鷹会』の若き精鋭たちは、影の軍師・官義偉の「寝業」に対し、見事な反撃を見せてくれました。


しかし、そのささやかな勝利の裏で、日本を揺るがすさらなる巨大な嵐が、すぐそこまで迫っていました。



今回は、物語の最初のクライマックスです。

ユニフィア・ステーツ大統領・ストロングが、突如として日本に牙を剥きます。

「U.S.軍撤退」という未曾有の外交危機の中、四面楚歌に陥った小林鷹志は、己の無力さと、宰相としての孤独に深く囚われていました。


そんな彼の前に現れる一人の女性。亡き安部臣三元総理の妻、安部晶江夫人。

彼女が託す、亡き夫の想いと「宰相の覚悟」とは――。

全ての重圧が、今、一人の宰相の肩にのしかかる第八話。どうぞ、息を詰めてお読みください。

官邸の危機管理センターは、深夜にもかかわらず、嵐の前の静けさに包まれていた。


 ユニフィア・ステーツ大統領、ドナルド・ストロングの声明が、世界の主要ニュースを駆け巡った直後だった。


 ――「日本は、U.S.軍の駐留経費を大幅に増額しなければ、段階的にU.S.軍を撤退させる」


 その言葉は、東アジアの安全保障体制を根底から揺るがし、日本中に激震が走った。



「総理! 円相場が急落しています! 株価も大幅な下落で、市場は大混乱です!」


「中華帝國の宗近平主席は、即座に『U.S.の覇権主義の末路』だと声明を発表しました!」


「大翰民国の李正明大統領も、『U.S.に見捨てられた日本の自業自得だ』と…」



 次々と飛び交う悲観的な報告。


 小林鷹志は、無数のモニターに映し出されるニュースや株価、国際世論の動きを、ただじっと見つめていた。


 テレビのチャンネルを回せば、どこもこの話題一色だ。特に、小泉新次郎は、この危機を『対米自立の好機』と捉え、国民に向けた緊急演説で「今こそU.S.離れし、真の独立国家となるチャンスだ!」と訴え、国民の熱狂的な支持をさらに高めていた。



「総理! このままでは国民の不満が爆発します! 小泉候補は支持率をさらに伸ばしている状況で、党内からも総理への批判が噴出し始めています!」


 秘書官が血相を変えて報告する。


 党内世論調査では、小泉支持が小林支持をさらに大きく上回り、誰もが「もはや勝負は決した」と感じ始めていた。


 四面楚歌。まさに、その言葉が小林の状況を的確に表していた。


 彼が背負う重圧は、計り知れない。



               ※



 深夜。激務を終え、一人官邸の執務室で力なく椅子に座る小林の元に、ノックの音がした。


「総理。奥様がお見えです」


 秘書官の言葉に、小林は一瞬、呆然とした。こんな時間に、一体誰が。



 入ってきたのは、安部晶江夫人だった。


 彼女は、まるで夫がまだここにいるかのように、明るく、しかしどこか寂しげな微笑みを浮かべている。


「ごめんなさいね、夜分に。主人が、どうしても総理にこれを、って言うものだから」



 晶江夫人は、そう言って、小さな桐の箱を小林に手渡した。


 その箱から取り出した万年筆は、使い込まれた真鍮の鈍い光を放ち、ひんやりと、しかし確かな重みを小林の掌に残した。亡き安部臣三元総理が生前愛用していた一本が、静かにそこにあった。



「主人はね、よく言っていました。『総理という仕事は、どれだけ頑張っても、国民の半分からは必ず憎まれるものだ。だが、それでも構わない。俺は、今を生きる国民のためだけじゃない。百年後、二百年後の日本のために仕事をしているんだ。その覚悟がないなら、今すぐ辞めろ』って」


 晶江夫人の声は、不思議と小林の心に染み入るようだった。


「最近、テレビで総理のお顔を拝見していると、なんだかあの頃の主人とそっくり。眉間にしわを寄せて、誰にも理解されないって、一人で全部背負い込んで…。だから、きっと主人が『これを渡してこい』って言ったんだと思うの」


 彼女は万年筆を優しくなでた。


「この万年筆でね、主人は外国の首脳に何通も手紙を書いたのよ。トランプ…じゃなかった、ストロングさんにもね。あの人は、強い言葉の裏側で、本当は信じられる相手を探している寂しい人なのよ、って。だから、真心でぶつかっていきなさい、って…きっとそう言うわ」



 晶江夫人はそれだけ言うと、「じゃあ、私、邪魔者は帰りますね」と、嵐のように去っていった。


 一人残された執務室に、再び静寂が戻る。



 小林は、手の中にある万年筆をじっと見つめた。それは単なる筆記用具ではない。偉大な先人が、孤独の中で国益のためだけに戦い抜いた、その覚悟と魂の重みそのものだった。


 彼の目から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちる。それは、追い詰められた弱さの涙ではない。偉大な宰相の想いを、今、確かに自分が受け継いだのだという、静かで、しかし燃えるような決意の涙だった。



 彼はその万年筆を強く握りしめ、受話器を取る。


「麻生副総裁、高市総務大臣、茂木幹事長、萩生田官房長官に…」


 秘書官に告げる声は、かすかに震えていたが、その奥底に燃えるような意志が宿っていた。


「…翌朝、緊急閣僚会議を招集すると伝えてくれ。…これ以上、この国を泣かせるわけにはいかない。反撃に出ます」



(第八話 了)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第八話「宰相の孤独」、いかがでしたでしょうか。

ユニフィア・ステーツ大統領・ストロングが仕掛けた「U.S.軍撤退」という未曾有の危機。

そして、追い詰められた小林鷹志を支えたのは、亡き安部臣三元総理の妻、安部晶江夫人が託した一本の

万年筆と、その言葉に込められた先人の「覚悟」でした。

涙と共に、その想いを受け継ぎ、小林は再び立ち上がります。

しかし、外交交渉は、宰相一人の覚悟だけでは進みません。

日本が、そして小林総理が、この絶望的な状況を打破するためにどう動くのか。


次回、第九話『二正面作戦』。

覚醒した小林の指示のもと、日本の政界が反撃に転じます。

辣腕を振るう「外交の茂木」はワシントンでU.S.と対峙し、冷静沈着な「官邸の萩生田」は情報戦の最前線へ。

影の軍師・官義偉が蠢く国内情勢も絡み合い、息詰まる二正面作戦が始まります。

どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!

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