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第六話 寝業師の牙 ―沈黙の軍師、党を蝕む―

『宰相の椅子』第六話の更新です。


いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。


前回、言葉の刃が交錯した党首討論会。

《盾の宰相》小林鷹志と《風の挑戦者》小泉新次郎は、互いの信念をぶつけ合いました。

しかし、戦いは表の舞台だけでは終わりません。


今回は、いよいよ影の軍師・官義偉がその本領を発揮します。

彼の言う「汚い仕事」が、小林陣営をどこまで追い詰めるのか。


そして、その牙は、国民の生活の基盤だけでなく、この国の根幹をも揺るがしかねない脅威となるのか。

政治の裏側でうごめく、生々しい人間ドラマをお見逃しなく。


どうぞ、息詰まる第六話をお楽しみください。

光の当たる場所で、小林鷹志と小泉新次郎が言葉の弾丸を撃ち合っていた、まさにその裏側。


 永田町の、そしてこの国の地方の隅々で、水面下での暗闘が始まっていた。



 夜の都内某所。高級料亭の個室で、官義偉は静かに杯を傾けていた。


 彼の向かいに座るのは、〇〇県の最大与党会派を率いるベテラン県議、田中義治。田中は、緊張した面持ちで、酒にほとんど手をつけていない。


 田中は、小林鷹志の亡き父がかつて教鞭をとっていた大学の出身で、小林自身も若い頃から世話になってきた、いわば小林家の“番頭”のような存在だった。



「田中先生、お元気そうで何よりですな」


 官は、表情一つ変えずに言った。その声は穏やかだが、眼差しは獲物を狙う鷹のように鋭い。


「いえ…恐縮です。官先生にご足労いただくとは…」


「堅苦しいことはなしにしましょう。今日は、田中先生にぜひお話ししておきたいことがありましてな」



 官は、ゆっくりとウイスキーを口に含むと、秘書官が差し出した一枚の資料を、田中の前に滑らせた。それは、田中の選挙区にある老朽化した公立病院の建て替え計画に関する、極秘の入札情報だった。


「この病院の件。田中先生が長年尽力されてきたのは、私もよく存じ上げております。素晴らしい事業ですな」


「あ、ありがとうございます…。しかし、予算の目処がなかなか…」


「ええ、それが問題でね。小林総理の緊縮財政では、この先も予算は厳しいでしょうな。しかし、小泉新次郎先生は違う。大胆な『グリーン成長戦略』には、景気浮揚のための大規模な公共投資も含まれております」


 官は、言葉を切った。その視線が、田中の顔に突き刺さる。



「官先生…それは…」


「田中先生」


 官は、優しげな笑みを浮かべ、しかし、その目は一切笑っていなかった。


「先生は、いつも地元のことを第一に考えていらっしゃる。それは小林総理も同じでしょう。しかし、今の総理には、残念ながら、この大きな事業を動かすだけの『力』がない。…先生の情熱を、誰よりも理解しているのは、私だと自負しておりますがね」


 官の声は、静かだった。しかし、そこには逆らうことを許さない、巧妙な情の支配と、絶対的な圧力が込められていた。



 田中の顔色が変わった。目の前の計画は、自身の長年の悲願であり、次期選挙の最大の公約だった。小林家への恩義、そして自身の政治家としての信念。だが、目の前には、長年の悲願と、地元経済を活性化させるという“現実的な利益”がぶら下がっていた。


「…官先生は、悪魔ですな」


 田中は、絞り出すような声で言った。


「悪魔で結構。政治とは、きれいごとだけでは勝てませんからな」


 官は、表情一つ変えずに杯を空けた。



 田中は、その夜、眠れぬ夜を過ごした。小林鷹志の父の、温厚な笑顔が脳裏をよぎる。そして、小林鷹志自身の、国民の「日常」を守るという真摯な言葉。


 しかし、翌朝、彼は官義偉の秘書に一本の電話を入れた。


「…分かりました。先生の仰せのままに…」



               ※



 その裏工作は、全国津々浦々で同時進行していた。


 官義偉の指示のもと、彼の影響下にある建設業協会、医師会、農業団体など、旧来の利益団体が水面下で蠢き出す。小林陣営の足元を支えてきた地方議員たちが、次々と「小泉新次郎支持」へと傾いていく。


 地方組織からの報告が、小林陣営の選対本部に上がるたびに、沈黙が深まる。



「また〇〇県の田中県議が、小泉支持を表明しました…」


「●●医師連盟も、会長が小泉氏の応援演説に立つと…」



『蒼鷹会』の若手議員たちは焦りを募らせる。


「こんなの、フェアじゃない! 政策で勝負するべきだ!」


 山岡大地が、悔しさに震える声で叫ぶ。


「それが、政治というものです」


 勝呂康が、冷徹に言い放った。


「官義偉という男は、常にそういう戦い方をしてきた。私たちの知らないところで、すでに城壁を蝕み始めている…」



 小林陣営の士気は、急速に低下していた。


 電話の向こうから聞こえるのは、次々と裏切りの報告と、言い訳がましい言葉だけ。



(このままでは、総裁選どころか、党そのものが瓦解する…)



 小林は、眉間に深く皺を刻み、ただじっとその報告を聞いていた。


 影の軍師の牙は、すでに小林政権の、強固な足元を確実に揺るがし始めていたのだ。



(第六話 了)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第六話「寝業師の牙」、いかがでしたでしょうか。

官義偉の「汚い仕事」は、すでに始まっていました。


人知れず地方を蝕む彼の牙は、《盾の宰相》小林鷹志の、強固な足元を確実に揺るがし始めています。

「政治は、信念だけでは勝てない」

そう呟いた官の背中には、一度は掴んだ総理の座を奪われた、彼の深い怨念が感じられました。

このまま、小林陣営は黙って切り崩されてしまうのか。

それとも、この牙を食い止める者は現れるのか。


次回、第七話『蒼き鷹の反撃』。

いよいよ、『蒼鷹会』の若き精鋭たちが立ち上がります。


旧態依然とした「寝業」に対し、彼らはデジタル技術と情報戦でどう挑むのか。

現代の政治戦術の最前線をお見逃しなく。


どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!

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