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第五話 言葉の弾丸―宰相の信念か、挑戦者の熱狂か―

『宰相の椅子』第五話の更新です。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


前回、影の軍師・官義偉は、その深い復讐心と老獪な手腕を剥き出しにしました。


水面下で蠢く「汚い仕事」が、すでに始まっていることを知った読者の方も多いでしょう。

しかし、今回はまだ、光の舞台。

言葉の刃が交錯する表の戦いが、今、始まる。


国民が固唾を飲んで見守る党首討論会。

《盾の宰相》小林鷹志と、《風の挑戦者》小泉新次郎が、初めて言葉の刃を交わします。


ロジックか、パフォーマンスか。正論か、熱狂か。

二人の直接対決を、どうぞお見逃しなく!

 特設スタジオの照明が、眩しいほどに煌めいていた。


 国民が固唾を飲んで見守る党首討論会。テレビカメラの赤いランプが、挑戦者たちの姿を静かに捉える。


 対談形式のテーブルを挟んで向かい合うのは、《盾の宰相》小林鷹志と、《風の挑戦者》小泉新次郎。



 司会者の高揚した声が響き渡る。


「さあ、いよいよ両候補による初の直接対決です! まずは、現在の日本が抱える最大の課題、『経済安全保障』について、小林総理からご見解をお願いします!」



 小林は、落ち着いた声で話し始めた。


「我が国を取り巻く安全保障環境は、かつてないほど厳しさを増しています。中華帝國の台頭、サプライチェーンの分断。これらは国民生活に直結する問題です。特に、半導体やAIといった先端技術、そして食料やエネルギーといった基幹物資の確保は喫緊の課題であり、これらを海外からの圧力から守る強靭な経済システムを構築することが、…」



 画面の向こうの視聴者には、彼の言葉が専門的で、どこか遠い世界の話に聞こえているだろう。スタジオの空気も、彼の論理的な説明の最中、わずかに弛緩しているように見えた。



 司会者が小泉に話を振る。


「小泉候補、総理のご見解について、いかがでしょうか」



 小泉は、小林とは対照的に、原稿もメモも見ない。司会者の目、カメラのレンズ、そしてその先にいる国民一人ひとりの目を、真っ直ぐに見つめる。


「小林総理のおっしゃることは、全て正しい。数字も、データも、恐らく完璧でしょう。ですが!」


 彼は一度言葉を切ると、テーブルを軽く叩いた。


「国民の皆さんは、もっと分かりやすい言葉を求めているんじゃないですか! 『経済安全保障』と言われてもピンとこない。要するに、私たちの未来を、子供たちの笑顔を守るための経済を、今こそつくるんだ! そうでしょう!」


 スタジオの観客から、小さなどよめきと拍手が起きた。



 再び司会者が小林に話を戻す。


「小林総理、小泉候補は、国民への分かりやすさこそ重要だとおっしゃっています」


「分かりやすさも重要です。ですが、言葉の軽さは、時に国を滅ぼします」


 小林は、小泉の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「国防にロマンを語ることはできません。現実は、もっと冷徹で、血なまぐさいものです。そして、その冷徹な現実から、国民の皆さんの日常を守るのが私の役割です」



「冷徹…ですか」


 小泉は静かに呟くと、不意に、小林から視線を逸らし、遠くを見るような目をした。



 ――あの男(小林)の言う冷徹さか。親父も、そうだったか?



【回想】

 十数年前。父、小泉純一朗が、連日テレビに引っ張りだこになり、国民の熱狂的な支持を背景に、党内の反対派を次々とねじ伏せていく。


 ある時、父は、世論調査で支持率が急落した自分を前に、眉一つ動かさずに言った。


 『支持率など、風向きが変われば変わるものだ。だがな、一度示した信念は、決して曲げるな。民衆を熱狂させることはできるが、最後に頼りになるのは、お前の信念だけだ』


 その言葉の重みに、幼かった新次郎は震えた。あの時、父は自分に何を伝えようとしていたのか。


 そして、自分が憧れた“本物の格”とは、ただ熱狂を生み出すことだけではなかったはずだ。


【回想終わり】


「…ですが、冷徹なだけでは、人はついてきません」


 小泉は、再び小林に視線を戻した。その瞳には、父の言葉を反芻し、自分なりの答えを見出したような、静かで強い光が宿っていた。


「私は、この国の未来を、夢を、国民と共に創りたい。それが、私と総理との決定的な違いです」



 討論会は、白熱したまま終盤を迎えた。


 司会者が最後の質問を投げかける。


「お二人は数年前、高市冴苗総理に敗れました。あの時から、一体何が変わったのか、お聞かせください」



 小泉は、顔色一つ変えずに答えた。


「私は国民の声を聞くことを学びました! 理想だけでは届かない、国民の熱狂こそが必要だと! そして、その熱狂を、必ずやこの国の変革へと繋げてみせます!」


 会場の観客から、再び大きな拍手が湧き起こる。



 小林は、静かに、しかし確かな口調で言った。


「私は、宰相の孤独の重さを学びました。国民に耳障りの良いことだけを言うのがリーダーではない。時には嫌われ、憎まれても、国益のために決断する。その覚悟です」


 彼の言葉に、観客の拍手はまばらだったが、スタジオで解説を務める政治評論家たちは、皆一様に、深く頷いていた。



               ※



 討論会終了後。


 小林は、官邸の危機管理センターで、ブリンカー国務長官とのホットラインを繋いでいた。


「…ユニフィア・ステーツ大統領のストロング氏が、今回の党首討論会を視聴していた、と?」


「Yes, Prime Minister. そして彼は、『退屈なロジックは嫌いじゃないが、心に響く言葉こそ、指導者の武器だ』と。…どうやら、両候補の演説を、かなり興味深く見ていたようです」


 ブリンカーの声は、相変わらず冷静だった。


「そして、大統領はこう付け加えておりました。『今こそ、日本に真のリーダーシップが問われる時だ。彼らは、我々ユニフィア・ステーツから何を獲る気だ?』と」



 小林は、受話器を握りしめた。ストロング大統領は、この日本の政争を、ただの権力闘争として見ているのではない。この国の未来の「かたち」を決める、巨大な「ディール(取引)」の交渉の場と捉えているのだ。


 その言葉の裏に、底知れぬ圧力を感じた。



(第五話 了)




最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第五話「言葉の弾丸」、いかがでしたでしょうか。

国民が見守る党首討論会で、《盾の宰相》小林鷹志と《風の挑戦者》小泉新次郎は、それぞれの信念をぶつけ合いました。


小林の緻密なロジックは、小泉の情熱的なパフォーマンスの前に、無力な正論でしかなかったのでしょうか。


小泉が回想した、父・小泉純一朗の言葉。それは、彼自身の焦りと、乗り越えたい壁の大きさを物語っていました。

しかし、戦いの火蓋は切られたばかり。


影は、すでに水面下で動き出している。

次回、第六話『寝業師の牙』。

影の軍師・官義偉が、いよいよその本領を発揮します。


彼の「汚い仕事」が、小林陣営だけでなく、国民の生活の基盤をも揺るがしかねない脅威となるのか。

政治の裏側でうごめく、生々しい人間ドラマをお見逃しなく。


どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!

ブックマークや評価をいただけますと、次話へのエネルギーになります。よろしくお願いいたします!

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