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【第四話】 危険な同盟:総理の夢を絶たれた元老が動く!小泉新次郎と官義偉の「闇の密約」

『宰相の椅子』第四話の更新です。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。


前回、主人公・小林鷹志は、保守本流の重鎮たちを前に、宰相としての覚悟を固めました。

物語は反撃の章へ――と、思われましたが、その前に。


光が強ければ、影もまた濃くなる。

今回は、圧倒的な“風”を巻き起こす挑戦者・小泉新次郎と、彼を担ぐために集った百戦錬磨の怪物たちの姿を描きます。


特に、軍師・官義偉。彼が仕掛ける「汚い仕事」とは一体何なのか。

どうぞ、華やかで、しかしどこか危険な香りのする第四話をお楽しみください。

小林鷹志が党本部の薄暗い一室で重圧に耐えていた、まさにその頃。


 都心を見下ろす、五つ星ホテルのプレジデンシャルスイートは、勝利を確信した者たちの楽観と熱気に満ちていた。シャンパンの泡が弾ける音と、嬌声に近い笑い声が、豪奢なシャンデリアに反響している。



 小泉新次郎を支持する議員グループ『新政会(しんせいかい)』の会合。


 そこは、小林陣営の通夜のような雰囲気とは、まさに対極の世界だった。



「見たまえ、同志諸君!」


 党広報本部長の河野太朗(こうのたろう)が、タブレットを高々と掲げて叫んだ。


「私のYアカウントのフォロワーが、この一時間で五万人増えた! WEBアンケートの数字も、世論調査も、全てが我々の勝利を告げている! これが国民の声だ!」


「うおお!」と、若手議員たちがグラスを掲げる。



 その隣で、党内きっての論客である石場茂が、腕を組んで静かに頷いた。


「数字だけではない。小林総理の進める経済安全保障は、あまりに近視眼的で排他的だ。我々が掲げる、アジア諸国との対話による平和と繁栄こそ、この国の進むべき道だ。大義は、我々にこそある」


 彼の言葉に、リベラル系の議員たちが深く同意を示した。



 部屋の隅では、党内最大派閥の元領袖、二階俊洋(にかいとしひろ)が、ただニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべているだけだった。だが、彼の隣に座る側近にだけは、誰にも聞こえないように「大義ぃ? そんなもんで飯が食えるかよ…」と呟き、ニヤリと目を細めていた。その二階の姿を、河野太朗(こうのたろう)がちらりと見て、一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに笑顔で拍手へと戻った。



 改革派、リベラル派、そして旧来の権力者。


 本来なら決して交わることのない水と油が、「打倒小林」というただ一点で奇妙に混ざり合い、祝祭のような空間を作り出していた。


 その危うい同盟の中心で、小泉新次郎は、まさに太陽のように輝いていた。


「皆さん、ありがとうございます! ですが、戦いはまだ始まったばかりです。気を抜くことなく、最後まで走り抜けましょう! 古い政治を終わらせ、この国に新しい時代の夜明けをもたらすために!」



 その声に、再び熱狂的な拍手が送られる。


 やがて会合がお開きになり、満足げな議員たちがスイートルームを後にしていく。


 最後に残ったのは、小泉と、そしてあの男だけだった。


 元総理大臣、官義偉(かんよしひで)



「いやはや、見事な演説でしたな」


 官は、表情一つ変えずに言った。


「これでようやく、先生の時代の幕開けですな」


「官さんのおかげですよ」


 小泉は、初めて少しだけ表情を緩めた。


「ですが、油断はできません。あの人(小林)はしぶとい。それに、後ろには麻生さんや高市さんという怪物たちがついている」


「ええ、分かっております」


 官は静かに頷いた。


「だからこそ、です」



 その時、官の目が、昏く、そして鋭く光った。


「先生は、光の道を、王道を、堂々と進んでください。国民の熱狂だけを、その身に浴びていてくださればいい」


「……」


「泥にまみれ、敵の喉元に刃を突き立てるような汚い仕事は、すべてこの私がやりますよ。先生の、そして先生が語る理想の日本のためにね」



 その言葉に、小泉は何も答えなかった。ただ、窓の外に広がる首都の夜景を見つめる。その瞳の奥には、父である偉大な元総理の背中が映っていた。


(親父が成し遂げられなかった、真の改革を……この俺がやるんだ)


 その強烈な渇望が、官の危険な提案を、彼に受け入れさせていた。



               ※



 小泉が去った後、官義偉は一人、静まり返ったスイートルームのバーカウンターにいた。


 高価なシャンパンには目もくれず、傍らの秘書官に安物の国産ウイスキーをグラスに注がせる。


 彼はそれをあおりながら、内ポケットから一枚の、古びた新聞の切り抜きを取り出した。


 日付は、わずか数年前。


【官内閣、支持率急落。在任一年で退陣へ】


 その見出しを、憎々しげに、それでいてどこか愛おしむように、指でなぞった。



(俺の時代は、あの日に終わった…いや、終わらされた)


 グラスの中の琥珀色の液体に、党内の主流派や、手のひらを返したメディアの顔が浮かんで消える。叩き上げの自分が、エリートたちが支配するこの党の頂点に立ったことが、そんなにも許せなかったのか。



(だが)


 官は、グラスを一気に飲み干した。その時、傍らに立つ秘書官が、一枚のメモをそっと差し出す。


「先生。例の件、〇〇県の建設業協会、会長の説得に成功しました。これで、党員票が最低でも二千は動きます」



 官はメモを一瞥し、燃えるようにウイスキーグラスを見つめながら言った。


「…足りん。あと五千は上積みさせろ。そのためなら、どんなアメでもくれてやれ」



(あの小僧こいずみが、俺の代わりに、あの忌々しい城壁を内側から壊してくれるというのなら……)



 彼は、切り抜きをゆっくりと折り畳み、胸の内ポケットにしまい込んだ。



(この身、悪魔にでも売ってやる)



 窓の外の夜景には、もはや何の興味も示さなかった。


 影の軍師の目は、ただ一点、これから始まるであろう暗闘の闇だけを、静かに見据えていた。



(第4話 了)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第四話「危険な同盟」、いかがでしたでしょうか。

太陽のようなカリスマ・小泉新次郎と、彼を王にするためなら悪魔にでもなると誓う、影の軍師・官義偉。


それぞれの過去と野望が交錯し、この総裁選が単なる権力闘争ではない、宿命の戦いであることが見えてきました。


そして、いよいよ戦いの舞台は、再び表の舞台へ。


次回、第五話『言葉の弾丸』。

テレビ中継される、党首討論会。

国民が見守る中、<盾の宰相>と<風の挑戦者>が、初めて言葉の刃を交えます。

ロジックか、パフォーマンスか。正論か、熱狂か。

二人の直接対決を、どうぞお見逃しなく!


ブックマークや評価をいただけますと、次話へのエネルギーになります。よろしくお願いいたします!

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