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【第二話】 太陽の挑戦者:嵐を呼ぶ挑戦者!小泉新次郎が起こす「国民の熱狂」と「風」の正体

『宰相の椅子』第二話の更新です。


お読みいただき、ありがとうございます。


前回、深夜の官邸で、人知れず国家の危機と向き合っていた主人公・小林鷹志。

「絶対に負けられない」と誓った彼の前に現れるのは、あまりにも眩しすぎる太陽でした。


時代の寵児は、いかにして“風”をその身にまとうのか。

そして、その風は、やがて国を揺るがす嵐となるのか――。


光と熱に満ちた、第二話をお楽しみください。

 昨夜の静寂が嘘のように、その場所は熱狂に揺れていた。


 昼下がりの自由民政党(じゆうみんせいとう)本部前。何重にもできた人垣、無数のテレビカメラが放つフラッシュの洪水、そして支持者たちが掲げるプラカードの森。まるで音楽フェスか、あるいは何かの祭典のような高揚感が、アスファルトの熱気と共に立ち上っていた。



 その喧騒の合間に、街の声が溶け込んでいく。


 近くのスーパーで、値上がりした卵を手に取った主婦が、隣の客にこぼしていた。「また卵が高くなってる…。小泉さんって人が総理になったら、少しは暮らしも楽になるのかしらねえ…?」


 少し離れたオフィス街のカフェでは、就活中の大学生がスマートフォンを友人に見せながら笑っていた。「やっぱシンジローっしょ!なんか面白そうじゃん、未来とか語ってるし!」



 党本部の二階。その全ての熱と声を、苦々しい表情で見下ろす一団がいた。小林鷹志を支持する若手議員グループ『蒼鷹会(そうようかい)』の面々だ。



「くそっ…! まるでアイドルのコンサートじゃないか…!」


 最年少の山岡大地(やまおかだいち)が、思わず拳で窓ガラスを軽く叩く。


「こんなの人気投票じゃないか! 政策で、正々堂々と戦わせてくれよ!」


「いや」


 その隣で、外資系コンサル出身の勝呂康(すぐろやすし)が、ノートパソコンの画面から目を離さずに冷静に言った。


「見てください。彼の演説中にリアルタイムで動いているSNSのトレンドワードは『未来』『子供』『地球』。全てポジティブな単語に限定されている。しかも、特定のインフルエンサーアカウント群から、組織的に、かつ時間差で拡散されている形跡がある。これは…単なる熱狂じゃない。高度に計算されたPR戦略ですよ」


 勝呂は感情を排した声で付け加えた。


「…そして、この熱狂のピークは72時間。対策を打つなら、今夜がタイムリミットです」



 その言葉に、若手たちの間に戦慄が走った。自分たちが戦おうとしている相手は、ただの人気者ではない。時代の空気を読み、それを巧みに操る、恐るべき戦略家なのだと。



 その時、ひときわ大きな歓声が湧き上がった。


 黒塗りの車から、純白のスーツに身を包んだ男が、颯爽と姿を現したのだ。


 小泉新次郎(こいずみしんじろう)


 彼が手を振るたびに、地鳴りのような歓声が起きる。天性の「華」と「光」。彼がそこにいるだけで、場の空気が一変する。人々を惹きつけてやまない、抗いがたい魅力が彼にはあった。



 やがて演台に立った小泉は、用意された原稿を一瞥もせず、まるで旧知の友人に語りかけるように、聴衆の目を見て話し始めた。



「皆さん! いつまで、難しい顔をして、暗いニュースばかり見ているんですか!」


 その第一声は、マイクを通じ、人々の心に直接響いた。


「政治とは、眉間にしわを寄せてやるものではない! 未来を語り、夢を実現させる、最高にワクワクするものじゃありませんか!」


「そうだ!」と、若い男性が拳を突き上げる。



「昨日、官邸の偉い人たちは、また難しい経済指標の話をしていたそうです。ですが! 私たちが子供たちに残したいのは、複雑なグラフや数字の羅列じゃない! トンボが舞い、メダカが泳ぐ、美しい地球のはずです!」


 その言葉に、子供を抱いた若い母親が、うっとりと頷いた。



 小泉は続ける。難しい言葉は一切使わない。使うのは、「未来」「子供たち」「夢」「希望」「ワクワク」といった、人々の感情に直接訴えかける、光の言葉だけ。



「古い政治はもう終わりです! しがらみも、派閥も、全部まとめて過去のものにする! 私、小泉新次郎は、この国を、世界で一番、可能性に満ちた国に変えることを、皆さんの前で固く、固く、お約束します!」



 演説の最後に、彼は天を指さした。まるで演出されたかのように、雲間から太陽の光が差し込み、彼の純白のスーツを、そして未来を指し示すその手を、神々しいまでに照らし出した。


 地鳴りのような「シンジロー!」コール。その熱狂は、もはや政治集会ではなく、一つの信仰告白のようでもあった。



 熱狂する支持者にもみくちゃにされながら、小泉は車に乗り込んだ。車の窓ガラス越しに、最後まで笑顔で手を振り続ける。その指先まで完璧に計算されたアイドルとして。そして、スモークガラスが完全に外の世界を遮断し、光が消えた瞬間、彼は糸が切れた操り人形のようにシートに深く沈み込んだ。誰にも見せていなかった極度の疲労が、その端正な顔に濃い影を落としていた。


 秘書官が差し出すミネラルウォーターを、わずかに震える手で受け取り、一気に呷る。彼の喉仏が大きく上下した。


「……風を吹かせるのも、楽じゃないな」


 その呟きは、車内の誰にも聞こえなかった。



 ※



 同じ頃、小林鷹志は、官邸の地味な一室にいた。


 数人の官僚と、「食料自給率の向上に向けた地道な取り組みについて」という、極めて重要だが全く華のない会議の最中だった。


 部屋の隅に置かれたテレビから、小泉の熱狂的な演説と、割れんばかりの歓声が漏れ聞こえてくる。官僚たちは気まずそうに目を伏せ、会議室の空気は重く沈んでいた。


 テレビのテロップには【速報】小泉氏出馬表明 支持率急上昇か と表示されている。



 古参の閣僚の一人が、吐き捨てるように言った。


「…中身のない、ただのパフォーマンスじゃないか」



 小林は、テレビに映る笑顔の小泉を静かに見つめたまま、誰に言うでもなく呟いた。


「……だが、あれが『風』というものだ。そして、今の国民が、それを求めているのもまた事実だ」



 その時だった。


 会議室のドアが控えめにノックされ、秘書官が血相を変えて入ってきた。


「総理! 大変です! 先ほど、党本部に設置された一般党員向けのWEBアンケートの結果速報が出ました!」



 秘書官が差し出すタブレット。そこに映し出された円グラフは、目を疑うような数字を示していた。



【総裁にふさわしいのは?】


 小泉新次郎:82%


 小林鷹志:18%



 その絶望的な数字が、会議室の重い沈黙を、さらに深く抉るように突き刺さっていた。小林は、その画面をただじっと見つめていた。驚きも、怒りも、焦りも浮かんでいない。まるで、いずれこうなることを予測していたかのように、あまりにも静かな表情で――。


(第二話 了)

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


第二話「太陽の挑戦者」、いかがでしたでしょうか。

国民を熱狂させる《風の挑戦者》小泉新次郎。


彼が生み出す時代の“風”は、あまりにも強く、そして残酷な数字を《盾の宰相》小林鷹志に突きつけました。


「82% 対 18%」

もはや、これは選挙ではない。国民投票だ。

常識的に考えれば、勝負は決まったも同然。


この絶望的な逆境を前に、小林陣営は崩壊してしまうのか。


次回、第三話『保守の聖域』。

舞台は夜の党本部、この国の裏側を支配してきた者たちが待つ“密室”へ。

そこで、主人公・小林鷹志の真価が問われます。


どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください。

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