第1話:若き日の信念と出会い ―名門の宿命、そして自由な魂―
読者の皆様、こんにちは!作者のUTAMAROです。
『宰相の椅子』本編を完結し、温かいご声援をいただき、誠にありがとうございます。
本編の最終局面で、小林鷹志総理の背中を押したのは、亡き安部臣三元総理が遺した一本の万年筆と、その魂に刻まれた「宰相の覚悟」でした。
あの万年筆に込められた、偉大な先人の想いとは一体何だったのでしょうか?
今回は、その万年筆を巡る物語の始まり。
外伝『万年筆の軌跡 ―安部臣三とその妻―』より、第1話『若き日の信念と出会い』をお届けします。
若き日の安部臣三が、名門の宿命の中で抱いた「戦後レジームからの脱却」という青臭い理想。
国民に「最強の宰相」と称されながらも、誰にも明かせなかった彼の「孤独」。
そして、彼の閉鎖的な心を解き放つ、一人の自由な魂との運命的な出会い。やがて深まる、夫婦の深い絆の物語。
本編では語られなかった、偉大な宰相の青春時代。
どうぞ、外伝の始まりをお楽しみください。
昭和の終わり、平成の幕開けが間近に迫る、日本の激動期。
若き日の安部臣三は、名門の政治家一族という重圧と期待を背負いながらも、その枠に収まりきれない、強烈な個性と理想を胸に抱いていた。
父祖代々の政治家。祖父は戦前からの重鎮、大叔父は首相まで務めた。彼が歩むべき道は、生まれた時から定められているかのようだった。しかし、臣三の目に映る日本の姿は、あまりにもいびつだった。
「戦後レジームからの脱却」。
彼の政治家としての原点は、この言葉に凝縮されていた。
占領下で形成された、どこか受け身で、真の独立を果たしていない日本の枠組み。それを打ち破り、真に自立した国家を目指す。それは、当時の政界ではあまりに青臭く、危険な思想だったかもしれない。周りのベテラン議員たちは、「熱意は買うが、もう少し現実を見ろ」と苦笑するばかりだった。
彼は、既存の政治の体質に憤りを感じ、理想を追い求める情熱を燃やしていた。
そんなある日。
臣三は、都内のとあるパーティー会場で、嵐のように現れた一人の女性に、文字通り目を奪われた。
それが、安部晶江だった。
彼女は、政界のパーティー特有の、形式ばった空気とはまるで無縁の存在だった。
華やかな着物を着こなしてはいるが、その笑顔は屈託がなく、誰彼構わず、まるで旧知の友人かのように話しかけている。周囲の政治家や官僚たちが、戸惑いながらも彼女の明るさに引き込まれていくのが見て取れた。
臣三自身は、どちらかといえば内向的で、初対面の人との会話は苦手だった。常に重い使命感を背負っていた彼の閉鎖的な心が、彼女の太陽のような明るさに触れるたび、少しずつ溶かされていくのを感じた。
「ねえ、あなた! そんな難しい顔してたら、みんな逃げちゃうわよ!」
不意に、彼女は臣三の目の前に現れ、そう言った。
臣三は、思わず言葉に詰まる。こんなことを、自分に直接言ってくる人間は、これまでいなかった。
「あなた、誰? あ、自己紹介がまだだったわね! 私は安部晶江。よろしくね!」
彼女は、臣三の返事を待つこともなく、自分の名前を名乗り、にこやかに手を差し出した。その手のひらは、小さく、温かかった。
その出会いが、彼の運命を大きく変えることになる。
彼女こそが、後に彼の政治人生の光となり、最も過酷な宰相の孤独を、共に分かち合うことになる妻だった。
まだこの時、臣三は知る由もなかった。
この自由な魂の女性との出会いが、彼の閉鎖的な心を完全に解き放ち、彼が「百年後の日本」という信念を抱く、決定的なきっかけとなることを。
そして、その信念を、血肉を削るような孤独な戦いの中で、ひたすらに書き綴っていくことになる愛用の万年筆との、運命的な邂逅が、すぐそこまで迫っていることを――。
彼は、その夜、書店で偶然見つけた一本の古風な万年筆に、不思議なほど強く心惹かれていた。
(外伝:万年筆の軌跡 ―安部臣三とその妻― 第1話 了)
(第2話へ続く)
『外伝:万年筆の軌跡 ―安部臣三とその妻―』第1話「若き日の信念と出会い」、最後までお読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか。
名門の重圧を背負いながらも、「戦後レジームからの脱却」という青臭い理想に燃える若き日の安部臣三。
そして、彼の閉鎖的な心を解き放つ、自由な魂を持つ安部晶江との運命的な出会い。
物語は、偉大な宰相の青春時代へと遡り、彼が「百年後の日本」という信念を抱くきっかけと、愛用の万年筆との出会いを描きました。
しかし、二人の出会いは、まだ始まったばかり。
次回、外伝『万年筆の軌跡』第2話「運命の出会い、そして絆」。
政治家の妻としての葛藤、そして夫の孤独な戦いを、いかにして支え続けたのか。
安部臣三と晶江夫人の、夫婦としての絆が深まっていく過程が描かれます。そして、彼の政治家としての人生を彩る一本の万年筆が、いよいよその役割を見出し始める――。
どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!
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作者:UTAMARO