第十三話 審判の日 ―情報戦の終焉、そして民意の行方―
『宰相の椅子』第十三話の更新です。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
前回、投票日を目前に仕掛けられた「観星会」のデマ攻撃は、小林鷹志総理を絶望的な窮地へと追い込みました。
しかし、その闇を切り裂くかのように、宇宙の彼方から届いたイーロン・マーズの謎のメッセージ。
そして、『蒼鷹会』の若き頭脳が、その中に隠された「観星会の陰謀」の真実に気づきました。
今回は、総裁選、いよいよ最終局面。
投票日までに残された時間は、わずか。
『蒼鷹会』は、この絶体絶命の状況で、いかにして反撃の狼煙を上げるのか?
情報戦の果てに、そして、国が守るべきもの、未来を託すべきものが問われる中で、日本の未来を決める、国民と議員の「最後の選択」が下されます。
全ての情報が錯綜し、息詰まるクライマックスとなる第十三話。どうぞ、ご期待ください。
投票日まで、あと僅か数時間。
日本中を震撼させた「小林総理違法献金疑惑」のデマ報道は、ネットで猛威を振るい、世論は完全に反・小林へと傾いていた。小林陣営は、まさに絶体絶命の状況にあった。
深夜の党本部。ほとんど誰もいない選対本部の奥で、『蒼鷹会』のメンバー数人が、鬼気迫る表情でパソコンの画面を睨んでいた。彼らが使える時間は、もはや残されていない。
「この投稿…!イーロン・マーズのあの呟きは、これだったのか…!」
向井淳《デジタルネイティブ世代》の震える声が響く。
彼の画面には、デマ記事の偽造データが、特定のIPアドレスを通じて中華帝國のサーバーから発信され、それが日本の大手週刊誌へとリークされたという、決定的な証拠が解析されていた。それは、イーロン・マーズがYに投下した謎のメッセージが指し示した真実だった。
「…見つけたぞ。観星会の野郎ども…!」
勝呂康《永田町のコンサルタント》が、冷徹な目に怒りの炎を宿らせる。
「このデマは、中華帝國による、日本の総裁選への明確な介入だ! これは、もはや国内の政争ではない。国家主権への挑戦だ!」
「これを、どうやって国民に、そして議員たちに信じさせるんだ!」
山岡大地《情熱のルーキー》が、焦燥に駆られた声で叫ぶ。
「残された時間は…あと3時間!」
松元洋平《中堅の要》が、意を決したように立ち上がった。
「やれることは、全てやる。津島、本多! メディアとネットで、この情報を最速で拡散しろ! 偽造データであること、そしてその出所が中華帝國であることを、徹底的に訴えるんだ!」
「山岡、田端! 地方の支援議員に片っ端から電話だ! 彼らが信じなくてもいい。ただ、投票行動に移る前に、この事実を知らしめるんだ! これは、国を守るための戦いだとな!」
彼らは、死力を尽くした。
津島潤《文豪の末裔》は、テレビの緊急報道番組に生出演し、疲労困憊の顔で、しかし涙を浮かべながら訴えた。
「これは、一人の政治家への攻撃ではありません。日本の民主主義そのものへの攻撃です! 私たちの国の未来を、外国勢力に好きにさせてはいけません!」
本多太郎《闘う弁護士》は、深夜のネット討論番組で、具体的な証拠データを示しながら、冷静かつ論理的に、デマの仕組みと「観星会」の陰謀を解説した。
山岡と田端は、眠らない電話回線を通じて、全国の議員たちに、この衝撃の真実を伝え続けた。
しかし、投票の行方は、最後まで予断を許さなかった。
あまりにも情報は錯綜し、国民の間の不信感は根強く、議員たちもまた、日和見を決め込む者が多かった。
※
翌朝、午前十時。
党本部の大ホールには、報道陣と両候補の関係者がひしめき合っていた。
まず開票されたのは、地方の党員票だった。
電光掲示板に、小泉新次郎の獲得票数が驚くべき勢いで増えていく。
【小泉新次郎:95,432票】
【小林鷹志:4,568票】
圧倒的だった。国民の「風」は、小泉新次郎に味方していた。
「やったぞ!」「シンジロー!」
小泉陣営から、割れんばかりの歓声が上がる。小泉は、テレビカメラに向かって満面の笑みで手を振った。
小林陣営は、静まり返っていた。松元洋平が、悔しそうに唇を噛み締める。
(万策尽きた…のか)
次に開票されたのは、国会議員票。
党員票とは一転、こちらの開票は重い沈黙の中で進められた。
デマ攻撃の真相が、ぎりぎりで多くの議員に伝わったのか。あるいは、国民の熱狂の裏に潜む「危うさ」に、彼らが気づいたのか。
票は、拮抗していた。
一票、また一票。そのたびに、会場の空気は凍りつく。
やがて、最終的な数字が、電光掲示板に映し出された。
【小泉新次郎:198票】
【小林鷹志:201票】
決選投票の末、わずか3票差。
電光掲示板の数字が確定し、小林鷹志の名前の横に、小さく「当選」の文字が灯る。
会場は、一瞬の静寂の後、どよめきに包まれた。
小林陣営から、小さく、しかし確かな歓声が上がった。
向井淳が、安堵のあまり膝から崩れ落ちる。山岡大地は、天を仰いで涙を流した。
高市冴苗は、目を閉じて、深く息を吐いた。そして、その隣で麻生泰郎が、満足そうに葉巻の煙を吐き出すと、小林の肩に手を置いた。
「……いいか、小林。これで、ようやく“宰相の椅子”に座る資格を得た。だが、その椅子は、お前が思うよりずっと重い。これからも、何度も国を、国民を、そして自分自身を疑うだろう。だが、その時こそ、お前が守ると誓った“日常”を思い出せ」
その言葉は、麻生が小林に送る、最後の「帝王学」だった。
小林鷹志は、その場に立ち尽くしていた。疲労と、安堵と、そしてこれから背負う責任の重みが、一気に彼にのしかかる。
彼の瞳は、ただ静かに、電光掲示板の「当選」の文字を見つめていた。
一方、小泉陣営。
「まさか…」「嘘だろ…」
彼らの顔からは、熱狂の光が消え失せ、深い絶望の色が滲み出ていた。
小泉新次郎は、呆然と立ち尽くしていた。その表情は、勝利を確信していただけに、衝撃の大きさを物語っていた。
嵐のような総裁選は、ついに決着を迎えた。
(第十三話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第十三話「審判の日」、いかがでしたでしょうか。
「観星会」が仕掛けたデマ攻撃を暴くため、死力を尽くした『蒼鷹会』の若き頭脳。
彼らの決死の反撃は、国民の、そして議員の意識を確かに揺さぶりました。
しかし、投票の行方は最後まで予断を許さず、党員票での小泉新次郎候補の圧勝は、まさに民意の「風」の強さを物語っていました。
それでも、決選投票で小林鷹志総理が掴み取った逆転勝利。
これは、国民の日常を守り抜くという彼の揺るぎない覚悟が、ようやく民意として結実した瞬間だったのでしょう。
嵐のような総裁選は、ついに決着を迎えました。
次回、第十四話『ノーサイドの笛』。
勝利演説で、小林総理は何を語るのか。
そして、敗れた小泉候補は、その「風」の熱狂の果てに、一体何を見たのか。
日本の未来を託された二人のリーダーの新たな関係性、そして、亡き安部臣三元総理の想いが、再び物語を彩ります。
どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!
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