第十一話 頂上会談 ―宰相のディール、国益の天秤―
『宰相の椅子』第十一話の更新です。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
前回、極東の支配者たちが集う「観星会」の密室で、恐るべき謀議が交わされました。
日本の総裁選に介入し、小林政権を潰さんとする彼らの策略。そして、その全てを宇宙から覗き見ていたイーロン・マーズの真の狙いとは――。
今回は、再び光の舞台へ。
小林鷹志総理は、茂木幹事長と萩生田官房長官が得た全ての情報を武器に、ユニフィア・ステーツ大統領・ストロングとの極秘電話会談に臨みます。
ビジネスマン上がりの予測不能な交渉相手。しかし、宰相・小林鷹志に退路はない。
麻生泰郎、高市冴苗から授けられた「帝王学」を胸に、宰相の信念が、世界を動かす「ディール」に挑みます。
日本の未来を賭けた、緊迫の「頂上会談」。どうぞ、息を詰めてお読みください。
深夜。官邸の一室は、いつもより厳重な警備に包まれていた。
無数の電波が飛び交う現代において、傍受不可能な通信回線を確保することは至難の業だ。しかし、この日の会談は、最高機密のセキュリティで守られていた。
小林鷹志は、目の前の画面に映る、ユニフィア・ステーツ大統領、ドナルド・ストロングの顔をじっと見つめていた。彼の隣には、黒木圭介が静かに控えている。
会談は、すでに始まっていた。
「…総理。日本はU.S.の長年の友だ。その友が、有事の際に我々を助けるためのコストすら出し惜しむとは、理解に苦しむな」
ストロングの声は、映像越しでも威圧的だった。
「日本の国防は、我々U.S.の兵士の血と引き換えに保たれてきた。貴国の安全保障は、一体、どれほどの価値があるとお考えかな?」
小林は、冷静に、しかし一切の怯えを見せずに答えた。
「大統領閣下。日本の防衛は、ユニフィア・ステーツのインド太平洋戦略にとって、不可欠な要素です。我が国は、単なる『守られる側』ではありません。地域全体の安定に貢献する、責任ある同盟国です」
彼の言葉の裏には、茂木利満幹事長がワシントンでブリンカー国務長官と交渉し、萩生田晃一官房長官が駐日U.S.大使エマニュエルから引き出した、ストロング大統領がディールに乗らざるを得ない具体的な“アメとムチ”の材料が詰まっていた。
「責任? それは口先だけか。ならば、その『責任』とやらを、具体的な数字で示してみせろ。駐留経費の倍増。これは交渉の余地はない」
ストロングは、不敵な笑みを浮かべる。
小林は、懐から一本の万年筆を取り出した。亡き安部臣三元総理が愛用していた、使い込まれた真鍮の万年筆だ。それを掌で強く握りしめる。その重みが、彼に勇気と冷静さを与えた。
彼は、麻生泰郎副総裁と高市冴苗総務大臣から授けられた「帝王学」の言葉を脳裏で反芻する。
――『あの男はビジネスマンだ。脅しには屈するな。だが、実利を示せば必ず乗ってくる』
――『日本のオーナーとして、奴とディールしてこい』
「倍増、承知いたしました」
小林の言葉に、ストロングの顔が一瞬、驚きに歪んだ。彼の隣にいたブリンカー国務長官も、わずかに表情を変える。
「ただし、条件があります。一つは、ユニフィア・ステーツが開発中の次世代AI兵器に関する、日本との共同開発・技術供与の確約」
小林は、淡々と続けた。
「二つ目は、インド太平洋地域における情報共有体制の強化と、日本が主導する防衛演習へのU.S.軍の積極的な参加。そして三つ目。中華帝國への牽制のため、我が国の南西諸島へのU.S.軍の追加展開と、その経費の一部負担です」
ストロングは、腕を組み、不機嫌そうな顔をした。
「ほう…要求ばかりだな」
「大統領閣下」
小林は、微動だにしない。
「これは、単なる『要求』ではありません。ユニフィア・ステーツが、真の同盟国として、この地域でのリーダーシップを維持するために、日本が『共同オーナー』として提供する『新しいディール』です」
彼は言葉に力を込めた。
「貴国の足元を揺るがす中華帝國の動きは、大統領閣下の個人的な資産にも少なからぬ影響を与えているはず。このディールは、貴国にとっても決して損な話ではない。いかがでしょうか?」
その言葉に、ストロングの顔から不機嫌な表情が消え、深い思案の顔へと変わった。小林が、自身の弱み(中華帝國とのビジネス上の繋がり)まで見抜いていることに、驚きと同時に、一国のリーダーとしての「覚悟」を感じ取ったのだ。それは、単なる情報戦ではない。小林が、自分を「対等なビジネスパートナー」として扱っていることへの、ストロングなりの敬意でもあった。
長い、沈黙が続いた。
黒木圭介が、固唾を飲んで小林を見守る。
やがて、ストロングは顔を上げ、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「……面白い。そのディール、乗った。“賢い”国とは、こうして取引をするものだ。だが、駐留経費は、きっちり倍増だぞ」
小林の顔に、わずかな安堵の表情が浮かんだ。しかし、それは一瞬で消え去り、再び宰相の顔に戻る。
「承知いたしました。感謝いたします、大統領閣下」
会談が終了した直後、小林は椅子に深くもたれかかった。全身の力が抜け、汗が背中を伝う。
「…危なかった」
「ああ」
黒木は、グラスにウイスキーを注ぎながら言った。
「これでようやく、国民に、そして党内の反小林派に、言い訳が立つ。…しかし、まだこれからですよ。総裁選は、最後の票読みだ」
(第十一話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第十一話「頂上会談」、いかがでしたでしょうか。
小林鷹志総理がストロング大統領との直接交渉で、日本の国益を守り抜くという、まさに綱渡りのような「ディール」を成立させました。
彼の覚悟と、茂木幹事長、萩生田官房長官の尽力、そして麻生、高市両氏の帝王学が、この国の危機を一時的に回避させたのです。
この外交成果は、小林総理の政治家としての器を世界に示したと言えるでしょう。
しかし、これで全てが終わったわけではありません。
この「光」の成果を、影で打ち消そうとする者たちがいる。
次回、第十二話『仕掛けられた罠』。
投票日を目前に控え、日本中を震撼させる衝撃のスキャンダルが報じられます。
「小林総理に違法献金疑惑!?」
絶望的な状況の中、宇宙からの奇妙なメッセージが、物語の歯車を動かし始める――。
どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!
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