第九話 二正面作戦 ―ワシントンと官邸、影が蠢く日本―
『宰相の椅子』第九話の更新です。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
前回、ユニフィア・ステーツ大統領・ストロングが仕掛けた未曾有の外交危機に対し、主人公・小林鷹志は、亡き安部臣三元総理の想いを胸に、宰相としての覚悟を固めました。
「これ以上、この国を泣かせるわけにはいかない。反撃に出ます」
その言葉通り、日本の政界が動き出します。
今回は、文字通り「二正面作戦」。
辣腕を振るう「外交の茂木」はワシントンでU.S.と対峙し、冷静沈着な「官邸の萩生田」は情報戦の最前線へ。
日本の未来、そして宰相の信念が、今、世界に問われる。
そして、その裏では、影の軍師・官義偉が、再び国内で不穏な動きを見せます。
息詰まる国際交渉と、日本の政局が複雑に絡み合う第九話。どうぞ、ご期待ください。
夜明け前の首相官邸。
小林鷹志は、緊急招集された四人の重鎮と向き合っていた。
麻生泰郎、高市冴苗、茂木利満、萩生田晃一。
彼らの顔には、昨夜までの疲労の色はなかった。総理の覚醒が、彼らの闘志にも火をつけたのだ。
「結論から申し上げます」
小林の声は、静かだが、鋼のような響きを持っていた。
「ストロング大統領の狙いは、我々への揺さぶりです。真の狙いは駐留経費の増額よりも、中華帝國への牽制と、日本への『覚悟』を問うことにある」
「どこまで読み切った?」
麻生が、深く椅子に座ったまま問いかける。
「彼の最も恐れるのは、同盟国であるユニフィア・ステーツの『足元』が揺らぐこと。そして、その隙を中華帝國に突かれることです」
小林は、一枚の資料を提示した。それは、黒木圭介が夜を徹して集めた、ストロング大統領個人の資産運用に関する極秘情報だった。U.S.国内の不動産投資、海外事業、さらには彼の政治資金にまで、中華帝國系の影が僅かながら見え隠れしていた。
「…U.S.の足元が揺らげば、彼の個人的な資産にも影響が出る、と」
高市が、全てを理解したように頷く。
「ならば、手はあります」
茂木が、机を軽く叩いた。
「私がワシントンに飛びます。ブリンカー国務長官は、現政権下でも理性的な人物だ。水面下で、大統領の顔を立てつつ、実利的な落としどころを探る」
「私も行く」
高市が即座に言った。
「茂木幹事長とは、私がいまだ総理だった頃から何度もストロングと対峙してきた。あの男は、決して感情論では動かん。だが、『対等な取引』の価値は理解する」
小林は、しかし首を横に振った。
「高市総務大臣は、国内に残っていただきたい。総裁選が最終盤を迎える今、国内の保守層の動揺を抑え、党の精神的な支柱となっていただけるのは、貴方しかいない」
高市は、一瞬だけ小林の目を見つめ、静かに頷いた。「承知いたしました」
「萩生田官房長官」
「はい」
「あなたの仕事は、情報戦の司令塔です。駐日U.S.大使エマニュエルから、ストロング大統領の真の狙いと、彼のホワイトハウス内の状況を徹底的に探ってほしい。同時に、国内世論の動向、特に小泉候補の動きを精査し、茂木幹事長への情報連携を怠らないでほしい」
「御意」
萩生田は、背筋を伸ばした。
麻生は、終始黙って二人のやり取りを聞いていたが、ここで初めて口を開いた。
「……いいか、茂木。ストロングはただの不動産屋だ。吹っかけて、脅して、最後に握手して儲ける。それは高市が一番よく知っている。だがな、奴が一番嫌うのは『優柔不断な客』だ。腹を括れ。お前が日本のオーナーとして、奴とディール(取引)してこい。結果は、俺たちが全部引き受けてやる」
「承知いたしました」
茂木は、深々と頭を下げた。
その日の午後。
茂木利満幹事長は、極秘裏にユニフィア・ステーツへと向かう飛行機に乗り込んだ。
彼の隣には、首相特別補佐官の黒木圭介が、いつものように飄々とした表情で座っている。
「まさか、貴方までワシントンに同行するとはな」
茂木が言うと、黒木は肩をすくめた。
「総理のお目付役ですよ。それに、官僚でも政治家でもない、私のようなアウトサイダーだからこそ、奴らの本音を引き出せることもある。ブリンカーや、ホワイトハウスの誰かさんの、私腹を肥やすための取引の材料を探すのも、私の仕事ですからな」
黒木の瞳には、底知れぬ探求心が宿っていた。
一方、官邸では、萩生田晃一が、内閣情報調査室のトップを呼びつけ、指示を出していた。
「駐日U.S.大使のエマニュエル氏から、ストロング大統領の『本音』を引き出せ。どんな些細な情報でもいい。そして、中華帝國や大翰民国、北潮鮮の動きもこれまで以上に警戒しろ。彼らは必ず、この隙を突いてくる」
彼の指示は冷静で的確だった。
萩生田は、官房長官としての情報戦の司令塔として、小林政権の要石となる。
その頃、国内では。
小泉新次郎が、連日、地方を駆け巡っていた。「古い政治を終わらせろ!」と叫ぶ彼の演説は、依然として国民を熱狂させ続けている。
その背後で、影の軍師・官義偉が、不気味な笑みを浮かべ、再び動き出していた。
彼の秘書官が、耳元で囁く。
「先生。次の『爆弾』の準備が整いました。投下するタイミングは…」
官の目が、冷たく光る。
「焦るな。最も効果的な瞬間を、待つのだ」
彼の言う「爆弾」とは、一体何を意味するのか。
日本の政界は、表と裏、国内外で同時に、激しい戦いの渦中へと突入していた。
(第九話 了)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
第九話「二正面作戦」、いかがでしたでしょうか。
茂木幹事長の巧みなワシントンでの交渉術、萩生田官房長官の情報分析力。
そして、その裏で依然として蠢く官義偉の影。
小林鷹志の覚醒が、これほど多くの実力者たちを動かしていることに、読者の方も驚かれたかもしれません。
しかし、肝心のストロング大統領との直接交渉は、まだこれから。
そして、外交の舞台裏では、さらなる陰謀が渦巻いていました。
次回、第十話『極東の観星会』。
宗近平、李正明、金政雲、そして小澤一郎。
日本の政争の影で糸を引くだけではない。この国の根幹をも蝕もうとする、彼らが集う“密室”での謀議。
そして、その全てを、宇宙からイーロン・マーズが覗き見ていました。
「彼らには、もっと高く売れるタイミングがあるはずだ」
一体、何が企まれているのか。そして、イーロン・マーズの真の狙いとは?
どうぞ、次回の更新を楽しみにお待ちください!
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