第99話「子狐キナコと新しいベッド」
フェリクスさんが帰った次の日。
僕は平和な日常に浸りながら、晴れやかな気分で秘密基地へと向かっていた。
基地までは、もちろん飛行魔法で森の上をひとっ飛びだ。
「ただいまー」
秘密基地の扉を開けると、コンちゃんが「きゅん!」と嬉しそうな声をあげて、僕の足元に駆け寄ってきた。
もう一匹の子狐は、まだ少し警戒しているのか、ベッドの上から僕の様子をじっと見つめている。
「はは、コンちゃんは元気だね」
僕はコンちゃんの頭を撫でながら、もう一匹の子狐を見つめる。
『ナビ、この子、もうすっかりここに住み着いちゃったみたいだね』
《はい。コンちゃんと共に、この基地を安全な縄張りと認識しているようです》
『そっか。それなら……』
僕は、その子狐に向かって優しく声をかけた。
「君ももう、ここの一員だね。コンちゃんだけ名前があるのも、なんだか不公平だし」
「きゅ?」
子狐が不思議そうに首を傾げる。
「君にも名前をつけよう!」
(うーん、何がいいかなあ……。コンちゃんより毛の色が少し明るくて、きなこ色っぽいから……よし!)
「君は今日からキナコだ!よろしくね、キナコ」
「きゅ?」
キナコは、不思議そうに首を傾げた。
コンちゃんは「きゅるる!」と嬉しそうに鳴いている。
僕は二匹の様子に小さく笑うと、いつものように石と苔のベッドにごろんと寝転がった。
「ひゃっ、つめた!?」
石のベッドが、すっかり冷え切っていた。
これじゃあ、ゆっくりお昼寝もできない。
ふと視線を移すと、コンちゃんとキナコも、専用の寝床で二匹でぴったりくっついて丸くなっていた。
『ナビ、この基地、冬になったら凍えちゃうよ。なんとかしないと』
『僕のベッドもだけど、コンちゃんたちの寝床も暖かくしてあげたいな。何か暖かい素材はないかな?鳥の羽とか?』
《鳥の羽を寝床が作れるほど収集するのは、メルの労力に見合いません。また、鳥を狩獲するのも、そこから羽をむしり取る作業も、メルは好まないでしょう》
『想像するだけで嫌だねえ……』
《最適な素材を提案します。領地の家畜である羊の毛です。屋敷の倉庫に布を作った際に出た羊毛の端切れや、規格外の洗い済み羊毛が保管されているはずです》
『なるほど!それならふかふかで暖かい!いいね!』
「よし、コンちゃん、キナコ!ちょっと待ってて。今からもっとふかふかなベッドを作ってあげるからね!」
僕は二匹にそう言うと、急いで屋敷へと戻った。
屋敷に着くと、僕はすぐにメイド長のカトリーナを探した。
「カトリーナ、お願いがあるんだけど」
「なんでしょうか、メルヴィン様」
「裁縫で使った、いらない布の切れ端とか、羊毛のクズとかがあったら、少し分けてほしいんだけど」
「まあ、構いませんが、何にお使いに?」
カトリーナが不思議そうに首を傾げる。
「うん、ちょっと工作で使いたいんだ」
「工作ですか」
「……また何か、おつくりになるのですか?」
「うん、ちょっとね」
「あまり変なものを作って、屋敷を汚したり、メアリーを驚かせたりなさらないよう、お願い申し上げます」
カトリーナは釘を刺すようにそう言った。
「変なものじゃないし大丈夫だよ!」
僕がそう言うと、カトリーナは「本当に分かっていらっしゃるのか……」とでも言いたげに、ふぅ、と小さく息を吐いた。
「承知いたしました」
なんだかんだ言いつつも仕事は早く、すぐに倉庫から大きな袋を持って戻ってきた。
「こちらが、ご依頼の布の端切れと羊毛です」
「ありがとう、カトリーナ!」
僕は、大きな袋いっぱいの材料を受け取り、それを抱えて再び秘密基地へと戻る。
「よし、コンちゃん、キナコ。今からすごいのを作るからね!」
僕は秘密基地の床に、大きな袋を広げた。
ふかふかの羊毛と、たくさんの布切れが出てくる。
『ナビ、この材料を使って、コンちゃんたちの最高のベッドを作りたい。寒くないように、ドーム型とかにできないかな?』
《了解しました。メルの土魔法を応用し、冷気を遮断するドーム型寝床の設計図を提案します。内部には、カトリーナ氏から提供された大きめな布を袋状にし、その中に羊毛を充填したクッションを設置するのが、保温性・快適性において最も効率的です》
『よし、さっそく作ろう!』
「コンちゃん、キナコ。悪いけど、今からそのベッドをもっとすごいのにするから、ちょっとだけどいてくれる?」
「きゅん?」「きゅ?」
二匹は不思議そうに顔を見合わせたが、僕が手招きすると素直にベッドから降りてくれた。
「よし、ありがとう。見ててね」
『ナビ、設計図通りにお願い。土魔法で、壁から少し離した場所にドーム型のベッド作るよ』
《メルの魔力制御を最適化します》
僕が魔力を流すと、床から土が盛り上がり、滑らかな半球状のかまくらのようなベッドが出来上がっていく。
「うん、いい感じだ。これなら隙間風も入らないね。よし、次は中に入れるクッションだ」
僕はカトリーナからもらった袋の中から、一番大きな布を選び出した。
『ナビ、クッションを作るよ。まず、縫うための針と糸が必要だな』
《はい。糸はクモイトソウの繊維を魔法で撚り合わせて生成します。針は、以前釣り針を作った時と同様に、土魔法で高密度に圧縮すれば作製可能です》
『よし、分かった。この前の釣り針みたいに作るよ。サポートお願い』
僕はナビのサポートを受け、糸と針を作り、大きな布をちくちくと丁寧に縫い合わせ袋状にしていく。
作業を始めてから三十分ほど経っただろうか。
僕は縫い終わった袋を裏返し、ほつれがないかを確認した。
『よし、こんな感じかな』
袋状になった布に、ふかふかの羊毛をたっぷりと詰め込んでいく。
パンパンになったところで、最後の口をしっかりと縫い合わせて閉じた。
これで最高のふかふかクッションが完成だ。
完成したクッションをドーム型ベッドの中に置きコンちゃん達に声をかける。
「よし、コンちゃん、キナコ。新しいベッドだよ。入ってごらん」
「きゅん!」
二匹は、新しいベッドの匂いをくんくんと嗅いだ後、嬉しそうにその中に飛び込んだ。
ふかふかのクッションに顔をうずめ、気持ちよさそうに丸くなっている。
「きゅるる……」「きゅ……」
二匹の満足そうな寝息が聞こえてくる。
「うん、これでコンちゃんたちのベッドは完璧だな」
僕は満足げに頷くと、自分が持ってきた羊毛の袋を覗き込んだ。
中身は、もうほとんど残っていない……。
『ナビ、この残りの材料じゃ、僕のあの石のベッドを覆うクッションは、さすがに無理だよね?』
《はい。石のベッド全体を覆うクッションを作製するには、羊毛、布ともに絶対量が不足しています》
「だよなあ……」
僕は冷たいままの石のベッドと、新しいふかふかベッドで幸せそうに寝ているコンちゃんたちを交互に見た。
「……まあ、いっか。今日はコンちゃんたちが暖かそうだから、それでよしとしよう」
すっかり眠りについたコンちゃんとキナコに「おやすみ」と小さく声をかけると、静かに秘密基地を後にした。




