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第98話「見送りの朝」

 朝の温泉を終えた後、午後はそれぞれの時間を過ごし夜になった。

 夕食を済ませた父様とフェリクスさんは、書斎でゆっくり杯を交わしている。


「いやあ、しかし名残惜しいな、アレクシオ」


 フェリクスさんは、グラスを傾けながらそう呟いた。


「うむ。私もそう思うよ、フェリクス」


「それにしても、アレクシオ。君の領地の温泉は素晴らしいな。そして、湯上がりのフルーツ牛乳……あれは本当に驚いた」


「はっはっは。硬い頭が少しはほぐれたか?」


「おかげさまで。だが、そろそろ私も王都へ戻らねばならん。あまり長く留守にすると、魔術師団がまた妙な噂を立て始める」


 フェリクスさんは、急に真面目な顔になった。


「うむ。無理もないだろう」


 父様が静かに頷いた。


「それで、アレクシオ。友として、一つだけ聞かせてもらいたい」


「なんだい、改まって」


「メルヴィン君の将来についてだ」


 フェリクスさんは、グラスをテーブルに置いた。


「あの少年の魔法の才能は、君も理解しているだろうが尋常ではない。私の知る限り今すぐ王立学園に入っても魔法科では必ずトップになれるぞ。間違いなく将来は、私と同じ首席宮廷魔術師になれる器だ」


「そこまで言うか」


 父様は驚きつつも、静かにフェリクスさんの言葉を聞いている。


「ああ。あれほどの精密な制御を、無意識かつ無詠唱で行うのは、歴史上でも稀有だ。もし彼にその気があるなら、私が推薦してもいい。王宮魔術師団へ入る道も開ける」


「それは、君からの最高の評価だな」


父様はそう言うと笑みを消し静かに首を横に振った。


「だが、まだ子供だ。メルは見ての通り自由を好む。面倒なことや争い事を好まないたちでね。メルにとって、王宮の堅苦しい規則や、終わりのない研究は、窮屈でしかないだろう」


「……たしかに、あの少年はお昼寝を至高としているようだが」


「はっはっは。そうだ。だから今はまだ好きにさせておくのが一番いい。自由にのんびりとやらせてやりたいんだ」


 父様は遠い目をしてグラスを傾けた。


「もちろん、将来、メル自身が魔法の道に興味を持つことがあれば、親として私は全力で応援する。だが、それはメル自身が決めることだ」


 フェリクスさんは、少し残念そうに、だが納得したように頷いた。


「……君らしい答えだ。分かったよアレクシオ。私も、しばらくは彼の発想が、この領地でどう転がっていくのかを、遠くから見守らせてもらうとしよう」


「ああ。そうしてくれ」


 二人はグラスを打ち鳴らし、静かに夜は更けていった。



 温泉での出来事から一夜明け、屋敷の玄関は朝早くから賑やかだった。

 今日は、王宮魔術師フェリクスさんが王都へ戻る日だ。

 玄関先には、父様と母様、レオ兄、イリ姉が揃い、馬車の準備を見守っている。


 馬車にはフェリクスさんが気に入いった領地の特産品が、大量に積み込まれていた。

 高品質な石鹸やシャンプー、乾燥フェリスハーブ。

 ヒューゴが日持ちを考慮して焼いた、固めの保存用ビスケットやドライフルーツも、箱にぎっしり詰め込まれていた。


(ふぅ……やっと静かになるな)


 僕は、心の中で平和な日常が戻ってくることに安堵し、離れた場所からその様子を見ていた。


 やがて、フェリクスさんが最後にヒューゴとがっちり握手を交わした。


「ヒューゴ殿!フルーツ牛乳のレシピ、確かに受け取った!王宮で必ず再現してみせるぞ!」


「がはは!腕によりをかけてくだされ!王宮の皆様を驚かせてやってくださいまし!」


 熱い抱擁を交わす二人を見て、僕は思わず笑ってしまった。


 続いて、フェリクスさんが僕の前にやってきた。


「メル先生!」


「だから、先生はやめてよ」


 僕は思わずそう返してしまう。


「いやあ、君には世話になった。実に有意義な休暇だったよ」


 フェリクスさんは、昨日温泉で見た僕の魔法と、フルーツ牛乳を思い出したようだ。


「君のおかげで、私の新しい研究テーマが決まった。生活魔法……実に奥が深い。王宮に戻ったら、さっそく自動で紅茶を淹れる魔法や快適な温度を維持する冷却装置の研究に取り掛かるつもりだ!」


「へえ、それは面白そうですね。フェリクスさんの魔法なら、きっとすごいのができるんだろうな」


 僕がそう言うと、フェリクスさんはさらに目を輝かせた。


「そうか!メル先生のお墨付きが出たな!よし、さらに気合が入ったぞ!


 フェリクスさんは、僕の肩を軽く叩いた。


「この旅の礼は必ずさせてもらうよ。感謝する、メルヴィン君」


「どういたしまして」


 僕がそう素っ気なく返すと、フェリクスさんは笑みを深くした。


「王都に戻ったら、この休暇で学んだことを、しっかり研究に活かすとしよう」


 そう言って、満足げに馬車へと向かった。


「メルヴィン先生、また会おう!」


 フェリクスさんは馬車に乗り込み、父様たちと最後の挨拶を交わす。

 馬車は、石畳の道をガタゴトと音を立てながら、王都へと向かっていく。

 僕は、馬車の姿が見えなくなるまで見送ると、心底ホッとしたため息をついた。


『ナビ、これでやっと静かになるね』


《はい。騒々しさのレベル低下を確認しました。お昼寝に最適な環境が整いました》


『さて、ナビの言う通りお昼寝でもしようかな』


《はい、それが一番です》


 僕は平穏な日常が戻ってきたことを喜びながら、屋敷の裏口へと足を向けた。

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