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第97話「フルーツ牛乳の美味しさ」

 昨日の今日で、フェリクスさんは僕の弟子になったらしい。

 朝食後、早速僕を捕まえると、「メル先生!」と呼びながら、昨日の掃除魔法の精密な魔力制御理論について熱弁を振るい始めた。


「先生の行われた、あのそよ風の魔法!あれは単なる風魔法ではない!風の流れ一つ一つを制御し、落ち葉を無抵抗なまま特定の場所に誘導している!私はこれまで、いかに強大な魔力を効率よく爆発させるか、そればかりを考えてきた!だが先生の魔法は真逆だ!いかに魔力の出力を最小限に抑え、一点の誤差もなく精密に現象を制御するか……これこそ、真の極意ですよ!」


『ナビ、ごめん。あの人、何言ってるかさっぱり分からないんだけど』


《対象はメルの魔法を既存の理論に当てはめて、専門的な言葉で論証しようとしています。メルがその理論を理解する必要はありません。適当に聞き流しておけばいいのですよ》


『そっか。よかった、てっきり僕の頭がおかしくなったのかと思ったよ』


 僕はフェリクスさんが一通り話し終えるのを待ち言葉を挟んだ。


「さすがはフェリクスさんだ!僕が言いたかったことは全部もう伝わったみたいですね」


 僕はそう言って背を向けた。


「もう僕の生活魔法の真髄はフェリクスさんの頭の中に入っています。あとはご自身で探求してください」


「いや、待ってください先生!その探求とは具体的に何を!」


「はっはっは!」


 父様が僕たちのやり取りを見て大笑いしながら介入してきた。


「フェリクス、そんなにメルに付きまとうな。よし、たまには気分を変えようではないか!レオも誘って、皆で領地の自慢の温泉に行こう。ゆっくりその硬い頭も休めるといい」


「温泉?ほう!」


 フェリクスさんは、父様の言葉に何かを閃いたように手を打った。


「なるほど、アレクシオ!メル先生の発想の源泉を知るために、先生の日常生活を体験しろ、ということだね!素晴らしい提案だ!」


「いや、私はただ、お前の硬い頭を休めろと言っただけなんだが……」


 父様が呆れた顔をするが、フェリクスさんはお構いなしだ。


「いいですな、温泉!ぜひ行かせてもらおう!」


「うむ。まあ、そういうことにしておこう。決まりだな」


 父様は満足げに頷くと僕にも声をかけてきた。


「メルも温泉は好きだろう。たまには朝から温泉でゆっくりするのもいいじゃないか。湯上がりのフルーツ牛乳の用意もある。皆で行くとしよう」


(え、ええっ!?温泉は大好きだけど、あの人と一緒に行くのか……。まあ、皆がいるなら大丈夫か)


「う、うん。わかったよ」


「ただし、フェリクス。研究の話は一切するなよ。休むのが条件だ」


「はっはっは!承知いたしました!みんなで静かに湯を楽しむとしましょう!」


「よし、私はレオを呼んでくる。二人とも準備をしておいてくれ」


 父様はそう言うと、準備のために踵を返した。



 僕たち男衆四人は、馬車で領地の北の丘にある温泉へと向かった。

 馬車を降りると、ひんやりとした空気の中に硫黄の香りが混じってくる。


「ほう、これは本格的ですな」


 フェリクスさんが感心したように呟く。


「はっはっは。ここの湯は、なかなか効くぞ」


 父様が機嫌よさそうに笑いながら、先に建物へと入っていく。

 僕たちもそれに続き中へ入っていった。


 中の脱衣所で服を脱ぎ露天風呂へと足を踏み入れる。

 僕の理想を形にした露天風呂の快適さに、フェリクスさんは目を丸くし興奮した様子でそのまま湯舟に足を踏み入れようとした。


「おっと、フェリクス。待ちなさい」


 父様が慌ててフェリクスさんを制止する。


「なんだい?アレクシオ」


「ここのルールだ。湯舟に入る前は、あそこの洗い場で、先に体を清めるんだ。メルに教わった新しい作法だ」


「ほう!入浴にも作法が!さすがはメル先生、奥が深い!」


「いや、別に奥が深いとかじゃなくて……先に体を洗わないと、お湯が汚れちゃうでしょ?」


「む!なんという合理性!湯を清潔に保つためのシステムか!やはり奥が深い!」


 フェリクスさんは僕のツッコミなどお構いなしに一人で感心しながら、素直に洗い場に向かった。

 僕たちもそれに続き、体を清めてから、湯舟に浸かった。


「「「「ふうう……」」」」


 みんなが心地よさそうなため息を漏らす。

 自然の岩を組み上げた湯舟、周りの景色を借景にした造り、そして完璧な湯加減だ。

 どうやら、僕の理想を形にした露天風呂の快適さは、この天才魔術師にも衝撃を与えたようだった。


「王宮の浴場より遥かに素晴らしい!まるで森の中で湯治をしているようだ!アレクシオ、君の領地は最高だな!」


「メルが頑張って整えたんですよ。特にこの湯加減は絶妙で」


 レオ兄が、そう言って僕のがんばりを褒めてくれる。


『ナビ、朝から温泉ってのも、たまにはいいね』


《はい。良質な温泉入浴は、メルの快適なスローライフ実現において、非常に有効なリラクゼーション手段です》


 僕は湯舟のフチに頭を乗せ、のんびりと目を閉じた。



 湯上がり。


 タオルで体を拭き、涼しい休憩所に出ると、父様たちも満足そうに談笑していた。

 僕はその横を通り過ぎ、休憩所の隅に設置されている魔法冷蔵庫へと向かい、中からキンッと冷えたフルーツ牛乳を取り出した。


「ふぅ。やっぱり温泉上がりには、これだよね」


 僕は腰に手を当てると、ゴクリと喉を鳴らして一気に飲み干した。


「ぷはーっ!これだよ、これ!」


「おや?メルヴィン君、その飲み物はなんだね?」


 フェリクスさんが、その音と僕の行動に気づいて近づいてきた。


「フルーツ牛乳だよ。温泉上がりにはこれがないと。フェリクスさんも飲む?」


 僕はもう一本の瓶を魔法冷蔵庫から取り出し差し出した。

 フェリクスさんは興味深そうにそれを受け取った瞬間、わずかに目を見開いた。


「おっと……!これは、氷のように冷たいな!これは君の得意な冷却魔法かい?湯上がりに飲むために、わざわざ魔法で冷やすなんて!なんと贅沢な!」


「いや、魔法で冷やしたんじゃないよ」


 休憩所の隅にある箱を指差した。


「あそこの箱に入ってたのを、取っただけだよ」


 フェリクスさんは、僕が指差した魔法冷蔵庫に視線を移した。


「あの箱が……?」


 冷蔵庫に近づくと、その構造を食い入るように見つめ始めた。


「まさか!この箱自体が、冷却魔法を持続させる魔道具だというのかい!?」


「う、うん、まあそんな感じのだよ」


 僕が適当に答えると、フェリクスさんは目を輝かせた。


「なんと!その構造は!?術式は!?」


「フェリクス、研究の話は禁止だと言ったはずだぞ」


「む!し、しかしアレクシオ!」


「言い訳は聞かん。いいから冷たいうちにそれを飲んでみろ」


「うぐっ……。わ、分かった」


 フェリクスさんは、父様に促され、ようやく手の中の瓶に視線を戻し口をつけて一口飲んだ。


「なっ……!なんだこの飲み物は!?牛乳に……果実か?この冷たさ……実に美味いな!」


「だろう?」


 父様が満足そうに笑う。


「これもメル先生が考案されたのかい?」


「ううん。僕は飲みたいって言っただけだよ。作ってくれたのは、うちの料理長のヒューゴ」


「ほう、ヒューゴ氏が……。これが王都に戻ってから飲めないとなると実に辛いな……」


 フェリクスさんが、この世の終わりのような顔で落ち込んでいる。


「なら、フェリクスさんが自分で作ればいいんじゃない?」


「……!」


 僕の一言にフェリクスさんは雷に打たれたかのように顔を上げた。


「そ、その手があったか!そうだ、私が作ればいいんだ!メル先生、素晴らしいご提案を感謝する!よし!王宮に戻ったら、私もこのフルーツ牛乳の自作に挑戦するとしよう!」


「天才魔術師が飲み物を自作か。まあ、硬い頭がほぐれたなら良かった」


 父様が満足そうに笑う。


「作り方は、帰る前にヒューゴに聞いておくといい。」


「うん、僕からもヒューゴに言っておくよ。きっと喜んで教えてくれると思うな」


「おお!感謝する、アレクシオ、そしてメル先生!」


 レオ兄もそれを見てくすくす笑っていた。

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