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第91話「天才と変わり者」

「じゃあ、メルヴィン君も見せてもらおうかな?」


 さっきまでのイリ姉をからかうような悪戯っぽい笑みとは違う好奇心に満ちた青い目が、まっすぐに僕に向けられる。


「君の得意な魔法、見せてほしいな。昨日の冷却魔法のようなものを期待しているよ」


(得意な魔法って言われてもなあ……僕の得意なことって言ったら二度寝くらいだし……)


 レオ兄もイリ姉も、興味深そうに僕のことを見ている。


『ナビ、何かちょうどいい魔法ないかな?』


《そうですね。メルの得意な冷却魔法の応用で、【氷の造形】はいかがでしょうか。見た目も綺麗ですし、今のメルなら簡単でしょう》


(氷の造形か……。小鳥とか?まあ、それくらいなら簡単だし、いいか)


 僕は「えーっと、じゃあ……」と少しだけ間を置いて、右の手のひらをそっと前に出した。


 僕の手のひらの上に周囲の空気中の水分が一瞬で集まりキラキラと光を反射する氷へと姿を変えた。

 それは翼を広げた小さな小鳥の形をしている。

 羽の一枚一枚の筋まで、ちゃんと分かるくらいの、なかなかの出来栄えだ。


 僕はそれを、ふわりと風魔法で空中に浮かべて、フェリクスさんの方へと飛ばして見せた。


「……ほう」


 フェリクスさんは、短く息を漏らした。

 さっきまでの飄々とした笑顔は消え、真剣な眼差しで飛んでいる氷の小鳥を、じっと見つめている。 

 レオ兄も、イリ姉も、「すごいな…」「綺麗…」と素直に感心している様子だ。


 氷の小鳥がフェリクスさんの目の前で静かにホバリングする。


(あれ……?反応が薄いな……。もしかして期待外れだった?)


 僕が少し不安になっていると、フェリクスさんはゆっくりと氷の小鳥に手を伸ばし、そっと指で触れた。

 そして何かを確かめるように、もう一度僕を見た。

 その青い目には、深い興味とわずかな困惑のような色が浮かんでいた。


「……メルヴィン君。これは君が今、考えたのかい?それとも、どこかで習った術式を?」


「え?あ、えっと……自己流ですけど」


「無詠唱で、この精密さ、この安定した浮遊制御を自己流ねえ……」


 フェリクスさんは少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべて続けた。


「これほどの才能があるのなら王立学院の魔法科に進むという道もあると思うがね。君なら飛び級で入学することも出来るだろう。何なら僕が推薦状を書いてもいい。そうなれば王宮魔術師団への道だって開けるかもしれないよ?」


(王立学院……王宮魔術師団……)


 僕の頭の中に、教科書と難しい数式、堅苦しい制服、そして終わらない研究の日々が浮かぶ。

 僕は、にっこりと首を横に振った。


「うーん……遠慮しておきます」


「それは残念だなあ。君ほどの才能があれば、王立学院でもっと色々な魔法を学んだり、珍しい魔道具に触れたりできると思うのだが……そういうことにも、興味はないのかい?」


「うーん……別に今のままで十分楽しいから」


「ほう。例えば、どんなことが楽しいのかな?」


 フェリクスさんは、まるで珍しい生き物でも観察するかのように僕の答えを待っている。


「えっと……お昼寝とか……?」


 フェリクスさんは一瞬きょとんとした後、「はははっ!」と声を上げて笑い出した。


「なるほど、お昼寝か!それは確かに王宮ではなかなかできない贅沢かもしれないねえ!」


 フェリクスさんは、ひとしきり声を上げて笑った後、何かを納得したように深く頷いた。

 隣ではレオ兄が「メル……お前というやつは……」と額に手を当てて呆れた顔をしている。


「いやはや、参ったな。これは思った以上に変わり者のようだ。アレクシオの息子だけのことはある」


「あの……フェリクス様。メルは悪気があって言っているわけでは……」


「いやいや、いいんだよレオンハルト君。むしろ実に面白い!メルヴィン君のそのブレない価値観、気に入ったよ!」


 フェリクスさんは満足げに頷くと、レオ兄に向き直った。


「さて、レオンハルト君。さっきの話の続きだがね、君の魔力循環は……」


「は、はい!ぜひ、お聞かせください!」


(おっと……これは長くなりそうな雰囲気だな。よし、僕は今のうちに……)


 僕がそっとその場を離れて屋敷に戻ろうとしたその時、裏庭の方から元気いっぱいの声が聞こえてきた。


「おーい!メルー!いるかー!」

「メル様ー!」


 声の主は言うまでもなくルカとリリィだ。

 二人が裏庭の入り口からひょっこりと顔を覗かせている。


「ルカ、リリィ。どうしたんだい、そんなに慌てて」


「おう!フットサルしようぜ!広場に誰もいなくてさ!」

「メル様も一緒にどうですか?」


 二人は僕の隣にいる見慣れない大人の存在に少しだけ驚きつつも、いつもの調子で誘ってくる。


 「……ふむ?」


 その言葉を聞いたフェリクスさんが、ぴくりと眉を動かし興味深そうな顔で僕たちに尋ねてきた。


「失礼、今フットサルと言ったかな?それは一体、何だい?」


「え?フットサルはフットサルだよな?」


「ええ、ボールを使った遊びですけど……」


「ほう、ボールを使った遊び。実に興味深い。どのようなものなんだい?」


「見りゃわかるって!なあ、おっちゃんも一緒にやろうぜ!人数が多い方が楽しいんだ!」


「ルカったら、失礼でしょ!」


「ほう、誘ってくれるのかい?それはありがたい。ぜひ参加させてもらおうかな」


(えええ!?参加するの!?)


「へえ、面白そうじゃない!私も行くわ!」


「私はフェリクス様からいただいた助言を少し試したいので、ここで鍛錬を続けます」


「よし、決まりだな!じゃあ、みんなで広場に行こうぜ!」


 こうして僕は、好奇心旺盛すぎる宮廷魔術師と、騒がしい姉、何も知らない友人二人を引き連れて、村の広場へと向かうことになったのだった。

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