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第90話「ドタバタ魔法教室」

 フェリクスさんが我が家に来て初めての朝。

 朝食のテーブルは、なんとなく落ち着かない空気に包まれていた。

 原因は向かいに座る客人――王国宮廷魔術師団のフェリクスさんだ。

 彼は温かいスープを優雅にスプーンで口に運びながらも、その青い目は家族を楽しげに観察していた。


『ねえナビ、あの人なんだかやけに僕のこと見てない?』


《はい。フェリクス氏からの視線が、他の家族に対するものより頻度・時間ともに高い数値を観測しています。メルへの関心が高まっていると推測されます》


 昨夜、父様と昔話で盛り上がった後も僕の魔法について色々と尋ねていたらしい。

 父様からは「まあ、フェリクスが見てくれるなら、お前にとっても良い刺激になるだろう」なんて呑気に言われたけれど、僕としては刺激どころか心臓に悪い。


「それで、フェリクス様!ドラゴンは本当に存在するのですか?もし存在するなら、どれくらいの強さなのですか?」


「はは、残念ながら王都の周辺にいることはまずないねえ。もっと遠くの山奥や、未開の地に生息しているという伝説はあるけれど、私も実物を見たことはないんだ。ただ、その強大さは記録に残っているよ」


 フェリクスさんは、イリ姉の子供っぽい質問にも嫌な顔一つせず飄々とした態度で答えている。

 その隣でレオ兄が「イリス、フェリクス様に対して失礼だろう」とハラハラした様子で窘めていた。


 食事が終わり、これからどうやって魔法披露を乗り切ろうかと思っていると、フェリクスさんが満足げにお茶を一口飲みにこやかに言った。


「さて、と。約束通り少し君たちの魔法を見せてもらおうかな?」


「それは願ってもない機会ではございますが……我々の拙い魔法など、フェリクス様にお見せするのは恐縮です」


「はは、謙遜しなくても良いのに」


「はは、レオ。そんなに緊張することはないぞ」


 父様がレオ兄の肩を軽く叩きながら言った。


「こいつは見ての通り、ただ魔法が好きで仕方がない男なんだ。魔法の研究ばかりしていたら、いつの間にか宮廷魔術師主席なんてものになっていただけだからな。あまり偉い人だと思わんでいい」


「ははは、否定できないのが辛いところだね。確かに地位やら名誉やらには、とんと興味がなくてね。ただ面白い魔法を探求していたら、いつの間にかこうなっていただけだよ」


 フェリクスさんは、そう言うと改めてレオ兄に向き直った。


「だから、レオンハルト君。本当に気楽にしてくれたまえ。私はただ、君たちの魔法に純粋に興味があるだけなのだから」


「では、早速だが裏庭でも借りようか。アレクシオ、君は仕事に戻ってくれて構わないよ」


 父様は、やれやれという顔をしつつも、それに頷いた。


「ああ、そうさせてもらう。くれぐれも、屋敷を壊したりするなよ」


「はは、心得ているさ」


 父様は執務室へと戻っていき僕たち子供三人は、好奇心に満ちたフェリクスさんに促されるまま屋敷の裏庭へと向かった。



「では、まずはレオンハルト君からお願いしようかな」


 フェリクスさんが促すと、レオ兄は「はい!」と緊張した面持ちで一歩前に出た。


「では、僭越ながら……!」


 レオ兄は学院で習った短い詠唱と共に足に魔力を込めて少しだけ高く跳躍してみせた。

 続いて小さな光の盾を作り出す基礎的な防御魔法の初歩も披露する。

 どれも教科書通りの堅実な魔法だ。


「ふむ、基本に忠実で良いね。魔力の流れも安定している。騎士科とはいえ、しっかり基礎は身についているようだ」


 フェリクスさんは、満足げに頷いた。


「ただ、もう少し効率的な魔力の循環経路があるよ。体内の魔力を、ただ力任せに放出するのではなく、こう……循環させながら増幅させるイメージを持つとね……」


 フェリクスさんは専門的でマニアックなアドバイスを始めた。

 レオ兄は目を輝かせ、「は、はい!ありがとうございます!」と深く頷いている。


「さて、次はイリス君かな?」


 フェリクスさんが、悪戯っぽい笑みでイリ姉を見た。


「えー……。私は別に……」


 イリ姉は少し嫌そうな顔をして後ずさる。


「おや、照れているのかな?それとも、見せるほどのものがないとか?」


「なっ……!失礼なこと言わないでよ!やればいいんでしょ!」


 イリ姉は手のひらをじっと見つめてウォーターボールを作り出そうとした。

 短い詠唱の後、手のひらに水が集まり始めるが形は不安定で、ぶるぶると震えている。


「い、いくわよ!」


 イリ姉が、やけっぱちのように気合を入れた。


『ナビ、あれ大丈夫?なんかやばそうじゃない!?』


《はい。術式構築が極めて不安定な状態です。高確率で魔力が逆流、あるいは霧散し制御不能に陥ると予測され――》


 ナビの警告が終わるよりも早くイリ姉が無理やり手に力を込めた、まさにその瞬間だった。

 手のひらに集まりかけていた水の塊は、パンッ!!と風船が割れるような派手な音を立てて大爆発した!


 ばっしゃーーーん!!!


 凄まじい量の水しぶきが、イリ姉を中心に放射状に飛び散る!


「「うわっ!?」」


 咄嗟のことだった。

 フェリクスさんは、眉一つ動かさず目の前に薄い光の障壁を一瞬で展開し降りかかる水しぶきを完全に防いでいる。

 僕も、ほとんど同時に風魔法で風の壁を作りレオ兄共々まったく濡れずに済んだ。


(ふう……危なかった……)


 ただ、イリ姉だけは完全にずぶ濡れだった。

 頭から滴り落ちる水滴、張り付いた髪、びしょ濡れの服……。


「ははは、これは元気な水だね!」


「な、なによ!ちょっと力を入れすぎただけよ!別に失敗したわけじゃ……!」


 言い訳を始めたイリ姉だったが、ふと周りを見渡して言葉を止めた。


「……って、あれ?なんで……なんであんたたち、全然濡れてないのよ!?」


「おや?どうしてだろうね?不思議なこともあるものだ」


 フェリクスさんは、そう言ってあっさりとはぐらかすと、濡れたままのイリ姉に向き直り何事もなかったかのように続けた。


「――それよりもイリス君、君の今の魔法だがね。魔力はちゃんと水に変換できているが、それを形に留めておく制御が追いついていないようだ。実に惜しいねえ」


「~~~っ!!ばかにしてるわね!!もう知らない!!」


 フェリクスさんの言葉にイリ姉の顔がカッと赤くなり僕の方をキッと睨みつけると叫んだ。


「メル!あんたのせいよ!とっとと乾かしなさい!風邪ひいたらどうしてくれるの!」


(えええ!?僕のせい!?理不尽すぎる……!でも、確かに風邪でもひかれたら困るしな……)


『ナビ、ちょっと手伝って。イリ姉を乾かしてあげたいんだけど』


《了解しました。微弱な【風魔法】と【熱魔法】の複合術式を準備します》


「もう、しょうがないな……。ほら、じっとしてて」


 僕はそう言いながらイリ姉の周りの空気を、ふわりと温めるようなイメージで手をかざす。

 すると、さっきまでびしょ濡れだったイリ姉の髪や服が、あっという間に乾いていく。

 

「はい、おしまい。もう、あんまり無茶しないでよね」


 やれやれ、と僕が肩をすくめたところで、フェリクスさんがにこやかに口を開いた。


「さて、と。じゃあ、最後はメルヴィン君かな?」

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