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第87話「淡い光の可能性」

 壁に映し出された淡く美しい万華鏡の模様。

 隣では二人がまだ興奮気味に壁を見つめている。


「坊ちゃまの魔法なしで映りやした!」

「本当に綺麗ですね。不思議な石ですこと……」


 ヨナスさんは実験の成功に手を叩き、エリスはうっとりとした表情で壁の光を見つめている。

 二人が喜んでくれるのは嬉しい。

 僕自身も魔法を使わずに済むというのは大きな成果だ。


 でも……。


(やっぱり暗いし小さいな……)


 僕は壁に映るその光を冷静に見つめていた。

 収穫祭の夜、広場いっぱいに広がったあの圧倒的な光景にはまだ程遠い。


『ナビ、さっき相談した件だけど……これ以上明るくするには石を増やすしかないんだよね?』


《はい。現在の構成(魔光石単体、既存レンズ)ではこれが光量の限界です。光量を向上させるには、魔光石の数を増やすか、より効率的に光を集める集光レンズを新たに設計・導入する必要があります》


『そっかあ……』


 僕はまだ興奮冷めやらぬといった様子のヨナスさんに向き直った。


「ヨナスさん、喜んでるところ悪いんだけど……」

「へ?なんですかい、坊ちゃま?」


「この光、見ての通り僕が魔法で出した光に比べると、かなり暗くて小さいんだ。これじゃあ広い場所で見せるのは難しいと思うよ」


 僕のその指摘にヨナスさんの笑顔が一瞬翳る。

 それから壁の光を見つめ「うーん……」と腕を組んで考え込んだ。


「……確かに。坊ちゃまがおっしゃる通り収穫祭の夜の迫力にはちと足りやせんかねぇ。これでは王都の大広間で披露しても隅の方の席の貴族様にはよく見えねえかもしれやせん」


 さっきまでの熱狂が少しだけ落ち着き商売人としての冷静な目が戻ってきたようだ。


「いえ、坊ちゃま!あっしは諦めやせんぞ!」

「え?」


「確かに、これでは大きな見世物にはなりやせん。ですがね、坊ちゃま!この美しさは本物でさあ!大きな場所で見せる必要なんてありやせん!小さな部屋で一人あるいは親しい方と静かに楽しむ分には、これで十分すぎるほどじゃありませんか!」


「たしかに、部屋で見るなら今の明るさでも十分だし、かえって良い雰囲気かもしれないね……ただ、これって使う時に魔力が必要になるのが少しだけ気になるかな」


 僕がそう懸念を口にするとヨナスさんも「た、確かに……魔力がないとただの箱ですもんな……」と少しだけ困った顔になった。


「まあ、でも相手が王都の貴族の人たちなら、そこは大丈夫じゃないかな?本人か家族の誰かしらはたいてい魔力を使えるだろうし」


 僕のその言葉にヨナスさんの顔がぱあっと輝いた。


「そこですぜ、坊ちゃま!さすがは貴族であらせられる!あっしとしたことがそこまで考えが及びやせんでした!そうですとも!むしろ、『魔力がないと使えない』というところが特別な方だけが楽しめる希少価値にも繋がりますぜ!」


 ヨナスさんの商売人らしいたくましい発想の転換に、僕は(なるほど、そういう考え方もあるか)と素直に感心した。


「まずはこの『一つ』の試作品をそのまま王都に持って行ってツテのある貴族の方々にこっそりお見せするんでさあ!『これはフェリスウェル領でしか手に入らない特別な夜を楽しむための魔法の箱です。お値段は……まあ、これくらいでどうですかな?』ってね!」


 指でなにやら計算しながらにやりと笑う。

 どうやら頭の中ではもう具体的な値段設定まで始まっているらしい。


「うん、いいかもしれないね」


 僕が同意するとヨナスさんは嬉しそうに頷き、そして今使っている実験装置を見て少しだけ顔をしかめた。


「ですが坊ちゃま。このままの姿では、さすがに王都の貴族様方にお見せするのはちと見栄えが悪いですな……。ゴードン棟梁に頼んで、ちゃんとした綺麗な木の箱に収めてもらうことはできやせんかねぇ?」


「うん、いいよ。ゴードンさんには僕からお願いしておくよ。きっと素晴らしい箱を作ってくれるはずだ」


「おお!それはありがたい!さすが坊ちゃま、話が早え!」


 喜ぶヨナスさんに向かって僕は続ける。


「その代わりと言ってはなんだけど……一つお願いがあるんだ」


「へ? あっしに? なんでございましょう! このヨナス、坊ちゃまのためなら、たとえ火の中、水の中!」


 胸をどんと叩くヨナスさんに、僕は大げさだなあと思いつつ姿勢を正して切り出した。


「実はね、探してほしいものがあるんだ。お米っていう穀物なんだけど……知ってる?」


「お米ですかい? いえ、存じやせんが……どのようなもので?」


 僕はナビが以前見せてくれた稲穂と白米のイメージを思い出しながら説明する。


「麦に似た穀物で、食べる時は白い粒になってるんだ。その白い粒と穂のままのやつか殻つきの茶色い粒を見つけてきてほしいんだ。」


僕の熱のこもった説明にヨナスさんは最初きょとんとしていたが、すぐにいつもの商人の顔に戻ると力強く頷いた。


「お米ですな! 承知いたしました! 麦に似た粒々の穀物……必ずや探してご覧にいれますぞ! このヨナス、御用商人の名にかけて!」


「ありがとう、ヨナスさん。頼んだよ!」


 僕は内心でガッツポーズを決めた。


『やった!ナビ、お米が手に入るかもしれないよ! あのリゾットが!』


《はい、確率の上昇を確認しました。ただし、ヨナス氏による広範囲な探索活動には、相応の資金が必要となります。当面の最優先事項は、今回の『光の箱』の商業的成功による資金確保です》


『そっか、この箱がしっかり売れてくれないと、お米探しのお金も出ないんだ。どうすれば、もっと確実に成功するかな……』


《提案します。ターゲット層である王都貴族の嗜好を分析した結果、製品価値を最大化するための最適解は、高付加価値のカスタマイズオプションの導入です》


『カスタマイズ?』


《はい。具体的には箱の表面への精巧な彫刻、あるいは顧客の紋章を組み込むといったパーソナライズされた装飾を提供します。これにより製品の希少性と所有欲を満たし、通常品よりも大幅に高い価格設定が可能となります。確保された利益は、そのままお米探索の資金に充当できます》


(なるほど! 貴族って確かに自分だけの特別なものとか、紋章とか大好きだもんな……。ナビの言う通りだ。これなら高く売れて、お米探しも安泰だ!)


「そうだ、ヨナスさん。ただ綺麗な箱っていうだけじゃなくて、何か特別な装飾とかもできた方が王都の貴族の人たちは喜ぶんじゃないかな?」


「へ?装飾ですかい?」


「うん。例えば箱の表面に綺麗な模様を彫ったり……あと、貴族の人たちって自分の家の紋章とかが好きだよね?そういうのを箱に入れられるようにしたら、もっと高く売れたりしないかな?もちろん、そういうのは特別料金でさ」


 僕のその提案にヨナスさんの目がカッと見開かれた。


「ぼ、坊ちゃま!それは……素晴らしいお考えですぜ!貴族様方は、他の方と同じものを嫌いなさる!自分だけの特別な一品となれば、お値段が多少高くとも喜んでお買い求めになるはず!紋章の彫刻!いやはや、恐れ入りました!」


 エリスも僕たちが何か新しいものを作りそれがまた王都で評判になるかもしれないという話に嬉しそうに微笑んでいた。


 こうして光の実験は、ひとまず一段落した。

 あとはゴードンさんに綺麗な箱を作ってもらうように頼めば、僕がやるべきことは一旦終わりだな。

 その先は職人さんの仕事だ。


(よし。ゴードンさんへの依頼だけさっさと済ませてしまおう。そうすれば今日の午後はゆっくりお昼寝ができる)


 壁に映る淡い光も僕の眠気を誘う子守唄のようだった。

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