第81話「大人げない大人たち」
僕が新しいボールを発明してから1週間ほどが過ぎた頃。
フットサルはすっかり村の一大ブームになっていた。
子供たちが親に自慢げに話したことから、その面白さはあっという間に大人たちの間にも広まっていったのだ。
今では、フットサルは子供たちだけでなく、体を動かすのが好きな大人たちを巻き込んで、村の一大ブームになっていた。
革なめし職人の工房には新しいボールの注文が殺到し、嬉しい悲鳴を上げているらしい。
そして、順番を待てないせっかちなゴードンさんたち職人衆などは、見よう見まねで自分たちでいびつなボールを作っては、練習に励んでいた。
その日の午後。僕が、お昼寝前に少しだけ体を動かそうと、子供たちの練習場所である秘密基地近くの草地へと向かうと、
そこでは子供たちではなく、ゴードンさん率いる「職人チーム」の大人たちが汗だくになって試合をしていた。
「おおら、もらったあ!」
「親方、パスですぜ!」
(うわあ、なんかすごいことになってる……)
僕が呆然とその光景を眺めていると、そこへルカたちがやってきた。
「あー! またゴードンのおっちゃんたちが使ってる! ずるいぞ!」
ルカが悔しそうに叫ぶ。どうやらコートの使用権を巡って、大人と子供の間で小さな争いが生まれていたらしい。
ルカが試合中のゴードンさんの元へ駆け寄る。
「ここは俺たちのコートだ!」
「うるせえ、小僧! 今、わしらは大事な試合中なんでい! 子供はあっちで遊んでな!」
ゴードンさんはボールを追いかけるのに夢中で、全く取り合わない。
(大人げない……。というか、子供相手に本気で言い返してるよ、あの人……)
「なんだとーっ! ここは俺たちがメルに作ってもらったコートなんだぞ! おっちゃんたちは自分で作れよ!」
その一歩も引かない態度に、他の子供たちも続く。
「そうだそうだ!」「僕たちのコートだ!」
「なんだと、このガキども!」
広場は、大人げない大人たちと生意気な子供たちの、本気の言い争いの場となってしまった。
このままでは本当に喧嘩になってしまいそうだ。
(僕の平和な日常が、また遠のいていく……)
『ナビ。この不毛な争いを平和に、早く終わらせる方法は?』
《はい。現在の問題は、子供用に設計された一つのコートを大人と子供で奪い合っている点です。したがって、村の広場に隣接する空き地に新しく大人用のコートを増設するのが最も合理的です》
(……なるほど)
僕は、いがみ合う二つのグループの間に割って入った。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ルカもゴードンさんも」
僕の静かな声に、あれだけ白熱していた言い争いがぴたりと止まった。
ゴードンさんもルカも、僕の次の言葉を待っている。
「ゴードンさん。先に使っていたのはゴードンさんたちだって分かってる。だけど、このコートはもともと僕たちが遊ぶために、みんなで作った僕たちのコートなんだ。ルカたちが早く遊びたいっていう気持ちも分かるでしょ?」
僕はまず両者の気持ちをなだめるように、そう切り出した。
そして一度言葉を切ると、今度はまっすぐにゴードンさんの目を見て続けた。
「……そもそも、このコートが一つしかないのが問題なんだ。それに、このコートは僕たちが遊ぶために作ったから、大人のみんなが本気でやるには少し小さいしね」
「……むう。それは、まあ確かに」
ゴードンさんがしぶしぶ頷く。
「だから、新しいコートを作りましょう。大人用の、もっと広くて立派なやつを」
「ほう……! 大人用の立派なコートですかい!」
「場所は……村の広場のすぐ隣にある、あの空き地がいいと思う。あそこなら広くて平らだし、仕事帰りのみんなも集まりやすいでしょ?」
「おお、あそこですかい!」
「でも、ゴードンさん。勝手に作るわけにはいかないよ」
「……と、言いますと?」
「あそこは村のみんなの土地だから、勝手に作るわけにはいかないよ。まずは父様の許可をもらわないとね」
僕のその言葉にゴードンさんは深く頷いた。
「へい、そりゃあもちろんですぜ。まずは旦那様にお伺いを立てねえと話が始まりやせん」
「じゃあ、一緒に行こう、ゴードンさん」
僕はルカたちに向き直る。
「ルカ、みんな。僕たちはこれから父様に大事な話をしに行くから、君たちはここで遊んでなよ」
「おう、分かった!」
こうして、僕とゴードンさんは顔を見合わせると頷き合い、父様への「陳情」のために屋敷へと向かうのだった。
◇
屋敷へと向かう道すがら、ゴードンさんはどこか居心地が悪そうに、何度もごほんと咳払いをしていた。
父様の執務室の前に着くと、大きな体を窮屈そうに縮こまらせている。
「ゴードンさん、そんなに固くならなくても大丈夫だよ」
僕がくすりと笑いながら言うと、ゴードンさんはばつが悪そうに顔をしかめた。
「へっ、分かってるでさあ。だが、どうにも、こういう、木の匂いがしねえ場所は調子が狂っちまう」
僕が執務室の重厚な扉をコンコンとノックすると、中から父様の穏やかな声がした。
「どうぞ」
僕が扉を開けてゴードンさんと一緒に入ると、父様は書類から顔を上げて、少しだけ驚いたような顔をした。
「おお、メルか。それにゴードンも一緒とは珍しいな。何かあったのか?」
ゴードンさんが居住まいを正し、深々と頭を下げる。
「へい、旦那様。実は、メルヴィン様が教えてくださったあの新しいボール遊びの件で、お願いがございやして……」
その言葉に父様は、ぴんと来たようだった。
「ああ、あれか! 『フットサル』とか言ったな」
父様は楽しそうに、にやりと笑った。
「近頃、村の子供たちが泥だらけになって夢中になっていると、報告は受けているぞ。はっはっは! なかなかに健全で良いことではないか。……して、その遊びがどうかしたのか?」
父様の的確な問いかけに、ゴードンさんは少しだけばつが悪そうに頭を掻いた。
「はっ……。お恥ずかしながら、その遊びに、わしら大人まで夢中になってしまいまして……」
僕たちの話を一通り聞いた父様は、最初は難しい顔をしていたが、やがてこらえきれなくなったように豪快に笑い出した。
「はっはっは! なるほどな! 大人も子供も一緒になって一つの遊びに夢中になる。結構なことではないか!」
父様は、僕たちの小さな争いを領地の活気の証として、心から喜んでくれているようだった。
「うむ! よかろう! 村の広場の隣に新しいフットサルコートを作ることを許可する!」
「「おおっ!」」
僕とゴードンさんの声が重なった。
「ゴードン、お前たち大人が使うんだろう? 子供たちに笑われないような立派なコートを作るんだぞ!」
「へい! お任せください、旦那様!」
父様は満足げに頷くと、悪戯っぽく笑った。
「はっはっは、なに、最近、わたしも少し体がなまっていてな。そのコートが完成したら、今度、混ぜてもらおうかのう!」
そのあまりに意外な父様の言葉に、ゴードンさんは「へっ!? 旦那様もですかい!?」と目を丸くしていた。
こうして、村の新しいコート作りは、領主様のお墨付きを得た一大プロジェクトへと姿を変えた。
その中心にまたしても僕がいることに気づき、一人溜息をつく僕の気持ちなど誰も知る由もなかった。




