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第8話「水汲みは大変」

その日、僕は特にやることもなかったので、村の中をぶらぶらと散歩していた。

ぽかぽかとした陽気で、絶好のお昼寝チャンスを探すにはもってこいの日だ。


村はずれの、畑が広がるあたりまで来た時だった。

僕は、川と畑の間を、何度も何度も往復している村の女性たちの姿を見つけた。


「よ、よいしょ……っと」

「はあ、はあ……。腰が痛いよぉ」

「まったく、この水汲みだけは骨が折れるねえ。一日仕事だよ」


彼女たちは、重たい水の入った桶を両手に抱え、汗だくになって急な坂道を上り下りしている。

その顔は、とても大変そうだ。


『ナビ、あの人たち、毎日あれをやってるの?』


《はい。当地域の主要作物である小麦の栽培には、安定した水の供給が不可欠です。しかし、現在の灌漑システムは未発達であり、人力による運搬に依存しています》


『ふーん。大変そうだね』


僕が感じたのは、同情というよりは、もっと単純な感想だった。

あれだけ大変そうに働いていたら、きっと大きな声も出るだろうし、静かにお昼寝できる場所が減ってしまう。

それは、僕の快適なスローライフにとって、少しだけ問題だった。


『ナビ、もっと、らくちんにならないかな?』


僕がそう尋ねると、ナビは即座に応えた。


《解決策を提案します。水力を用いた連続的な揚水装置、通称『水車』の導入が最も効率的です》


その言葉と同時に、僕の頭の中に、シンプルな木の歯車のようなものが、川の流れでくるくる回っている映像が浮かんだ。

水車が回るたびに、取り付けられた桶が水をすくい上げ、少し高い場所にある水路へと、自動で水を流していく。


『なるほど。これなら、静かになりそうだ』


《はい。労働からの解放は、住民の幸福度を著しく向上させ、結果的に領地の安定に繋がります。メルの安眠も保証されるでしょう》


ナビの最後の言葉が、僕の背中を押した。

よし、と僕は一つ頷くと、父様がいるであろう場所へと、とてとてと歩き出した。



父様は、村の大工であるゴードンさんと、村の集会所の屋根の修繕について話し合っていた。


「父様、ゴードンさん、こんにちは」


「おお、メルじゃないか。どうしたんだい、こんなところまで」

「これはメルヴィン坊ちゃま。こんにちは」


二人は、僕の姿を見ると、優しく微笑んでくれた。

僕は、返事の代わりに、足元の地面に落ちていた木の枝を拾う。

そして、ナビに見せてもらった水車の絵を、おぼつかない手つきで地面に描き始めた。


「ん? メル、何を描いているんだ?」


父様が、不思議そうに僕の手元を覗き込む。

僕は、描き終えた絵の、川の部分を指さした。


「あのね、川にね、こういう大きなくるくるを置くの」


次に、水車から伸びる水路の部分をなぞる。


「そうするとね、お水がね、勝手に畑まで、とてとてーって歩いていくんだよ」


僕の、子供らしい、あまりにも拙い説明。

父様とゴードンさんは、顔を見合わせて、困ったように首をかしげた。


「ははは。坊ちゃま、これはお花の絵ですかな?」

「メル、お水は自分では歩かないんだぞ?」


二人の反応は、まあ、そんなものだろう。

でも、僕は諦めずに、もう一度、くるくると回る部分を指でなぞってみせた。


「川がね、こうやって、くるくるーって押すの。そしたら、お水が、よいしょって、上にいくの」


その時だった。

職人であるゴードンさんの目が、カッと見開かれた。


「……待てよ、旦那様。坊ちゃまが言っているのは、もしかして……」


彼は、僕が描いた絵を、食い入るように見つめている。


「川の流れで、この車を回す……? そして、この四角いのは、水を汲むための桶か……? まさか……! 川の力だけで、水を汲み上げるというのか!?」


ゴードンさんの言葉に、今度は父様の顔色が変わった。


「なんだと……? そんなことが、可能なのか!?」


「分かりません! ですが、もし、もしこれが本当に動くのなら……! 村の水汲みは、根底から変わりますぞ!」


二人の大人の顔が、みるみるうちに興奮で赤くなっていく。

僕は、その様子を、ただぽやんと見上げていた。



それから数日後。

僕が絵を描いた河原には、たくさんの村人たちが集まっていた。

皆が見守る中、ゴードンさんたちが作った、小さな試作品の水車が、ゆっくりと川に設置される。


ざわ……ざわ……。


「おい、本当にあんなもので水が汲めるのか?」

「ただの木の車じゃないか」


村人たちの、半信疑の声。

やがて、水車が川の流れを捉え、ぎぎぎ、と音を立てて、ゆっくりと回り始めた。


くるり、くるり。


水車に取り付けられた木の桶が、次々と川の水をすくい上げていく。

そして、一番高い位置まで来た桶が傾き、ざあっと音を立てて、新しく作られた水路へと水を流し込んだ。


流れた水は、とくとくと音を立てて水路を流れ、畑のそばに作られた溜め池へと、確かに注がれていく。


「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」


誰かが上げた歓声を皮切りに、河原は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。


「すげえ! 本当に水が流れてきた!」

「やった! これで、もうあの坂道を往復しなくて済むんだ!」


特に、女性たちの喜びようは、ものすごかった。

涙を流して、抱き合って喜んでいる人もいる。


「ゴードンさん、あんたはすげえや! まさに村の宝だ!」

「そうだそうだ! これで俺たちの嫁さんの苦労も減るってもんだ!」


村人たちが、大工のゴードンさんを担ぎ上げようと集まってくる。

しかし、ゴードンさんはそれを慌てて手で制した。


「いやいや、待ってくれ! 俺は旦那様と坊ちゃまに言われた通りに、木を組んだだけだ! このすげえ仕掛けを考えたのは、あそこにいるメルヴィン坊ちゃまだよ!」


ゴードンさんが指さした先。

村人たちの視線が、一斉に僕へと集まった。


「ええっ!? あの小さな坊ちゃまが!?」

「いつもはただ、ぼーっとしてるだけに見えたが……」

「まさか……! なんてお方だ……!」

「小さな賢者様だ!」



僕は、そのお祭りのような騒ぎの中心にはいなかった。

少し離れた木の根元に座り込んで、その光景をぼんやりと眺めている。

みんな、とても嬉しそうだ。


『これで、村が静かになるね。お昼寝できる場所が増えた』


僕が、自分の計画の成功に満足していると、ナビが冷静に報告を始めた。


《はい。労働環境の劇的な改善は、住民の幸福度を平均45%向上させ、結果的に領地の安定に大きく貢献するでしょう。メルの安眠も、より高いレベルで保証されます》


ナビの言葉に、僕は満足げに一つ頷いた。

うん。今日も、僕ののんびりスローライフは、盤石だ。

僕は、遠くで聞こえる歓声をBGMに、気持ちのいい午後の風を感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

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