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第79話「祭りのあとと、新しい遊び」

 あれだけ賑やかだった領地の秋のイベントの数々が、嘘のように過ぎ去っていった。

 ファッションショーが終わってから数日が過ぎた。

 村はすっかり、いつもの穏やかな日常を取り戻している。


 僕にとっては、最高に居心地の良い時間が戻ってきた。

 ……はずだった。


「あーーーー、暇だーーーー……」


 第一秘密基地。

 僕が木漏れ日の下で気持ちよく読書に集中しようとしている、まさにその隣で。

 ルカが地面に大の字になって、盛大なため息をついた。


「収穫祭、毎日やればいいのになあ……」


「本当に。あれだけ毎日騒いでたルカまで静かになっちゃうんだもの」


 リリィも、どこか手持ち無沙汰に同意する。


 祭りの特別な熱狂を知ってしまった子供たちは、すっかり「祭りの後」の虚無感にやられてしまっているらしかった。


「……なあ、メル」


 むくりと起き上がったルカが僕の隣にやってくると、僕が読んでいる本を横からじーっと覗き込んできた。


「……なんだい、ルカ」


「それ、面白いのか? そんな難しい字ばっかりの本」


「うん、面白いよ」


「……ふーん。……お祭りより?」


「それは、また別の話かな」


 僕が適当に相槌を打ちながら読書を続けようとすると、今度は別の子供が僕の背中をつんつんと突いてきた。


「ねえ、メル様、何か面白いお話して!」


「そうだそうだ! お話がいい!」


(うわあああ……! 完全に絡まれてる……!)


 このままでは、僕の平和なお昼寝計画まで危うい。


 僕はやれやれと本を閉じると、退屈している友人たちに声をかけた。


「君たち、そんなに暇なら、一つ面白い遊び、教えてあげようか?」


「本当か、メル!? おう、何をするんだ?」


 ルカが地面から飛び起きた。


「うん。でもその前に、まずこの遊びに使う大事な道具を作らないと」


「道具?」


 ルカが不思議そうに首を傾げる。


『ナビ、フットサルをしたいんだけど、ボールがないんだ。この秘密基地にあるようなガラクタで、何か代わりになるもの、作れないかな?』


《はい、メル。最も簡易的なボールの作成方法を提案します。まず芯材として、衝撃を吸収できる布切れが必要です。そして、それらを一つにまとめるための丈夫な袋と、口を縛るための紐を用意してください》


 ナビからの的確な指示。

 僕は友人たちに向き直った。


「誰か、いらない古い布を持ってないかな? あと、丈夫な袋と紐も」


 僕の言葉に、子供たちは顔を見合わせた後、秘密基地の中にあったガラクタの山をごそごそと漁り始めた。


「メル! 使い古しの麻袋ならあるぜ!」


「メル様、こちらの古いシーツの切れ端は使えますでしょうか?」


「うん、どっちもいいね。ありがとう」


 僕はその中から、一番丈夫そうな革袋と、使い古しの布切れをいくつか選んだ。

 そして布切れを力一杯ぎゅうぎゅうに固く丸めて芯を作る。その周りを、さらに別の布でぐるぐる巻きにしていく。


「よし、ルカ、手伝って。これを袋の中に押し込んで」


「おう!」


 最後に袋の口を紐できつく縛り上げた。

 僕が地面に置いたのは、少しいびつな形をした手作りのボールだった。


「――よし、ボールの完成だ」


「ボール……?」


「うん。この『玉』のことだよ。この新しい遊びで使うから、今日からこいつは『ボール』って名前にしよう」


「うん。それじゃあ、これを試しに外に行こうか」


 僕たちは出来立てのボールを手に、秘密基地の外にある広場へと駆け出していくのだった。



 僕は子供たちを、秘密基地の近くにある少し開けた平らな草地へと連れてきた。


「よし、まずはコートを作ろうか」


『ナビ。フットサルのコートって、大きさはどれくらいだったかな?』


《一般的なサイズは縦40m、横20mです。しかし、この人数と子供の体力、そしてボールの性能を考慮すると、縦25m、横15m程度が最適と判断します》


(よし、分かった)


 僕は草地の適当な場所に立つと、すーっと人差し指を地面に向けた。

 そしてナビが僕の視界にだけ表示してくれている長方形のガイドラインの上を、ゆっくりと歩き始めた。


「え? メル、何やってんだ?」


 ルカの不思議そうな声。

 僕が歩くほんの少しだけ前方の地面。

 そこにある幅十センチほどの草が、僕の歩みに合わせて、まるで生き物のように、すーっと左右に分かれていく。

 草の下から、黒くて柔らかそうな土が顔を出した。


 僕が長方形を描きながら一周して元の場所に戻ってくる頃には、緑の草地の上には、くっきりとした茶色い土の長方形が描かれていた。


「「「おおーーっ!!」」」


僕が一周して綺麗な長方形のコートを描き終えると、子供たちから歓声が上がった。



「すげえ、魔法の線だ!」


「メル様、すごいです。まるで地面に絵を描いているみたい」


 ルカとリリィが興奮したように目を輝かせている。

 僕はそんな二人の大げさな反応に、少しだけ照れくさくなって答えた。


「そんなすごい魔法じゃないよ。ただ草をちょっとだけ横にずらしてるだけなんだ」


 僕はそんなみんなの驚きを、少しだけ誇らしい気持ちで受け止めながら、次にコートの両端を指差した。


「よし、次はゴールだ。」


 僕はその辺に落ちていた同じくらいの長さの木の棒を二本拾うと、それを地面にぐっと突き刺した。


「ここからここまでがゴールね。向こうにも同じものを作るよ」


「ごーる……? なんだ、それ?」


「ふふっ、大事なものだよ。説明は後でまとめてするから。さあ、向こうにも同じものを作るのを手伝って」


「お、おう!」


 ルカはよく分からないまま、僕と一緒にコートの反対側へと駆けていく。


 やがてコートの両端に二つの不格好な木のゴールが完成した。

 僕はさっき秘密基地でみんなで作ったいびつなボールを、コートの真ん中にぽんと置く。


 そして集まってきたみんなに向かって言った。


「これからやるのは『フットサル』っていう遊びだよ。ルールはすごく簡単」


 僕は子供たちにそう言うと、まず僕たちが立てた木の棒のゴールの一つを指差した。


「まず、一番大事なルール。手は絶対に使っちゃだめ。このボールは足だけで蹴るんだ」


「おう!」


「そして、あそこに木の棒が二本立ってるだろ? あの棒と棒の間。あそこが相手のチームの『陣地』だと思って」


「陣地?」


「うん。ボールを蹴って、あの相手の陣地の間に通す。そしたら、『ゴール』って言って、一点もらえるんだ」


「なるほど、ゴール!」


「それで、たくさん点を取った方が勝ち。……どう? 簡単でしょ? 細かいことは、やりながら覚えればいいよ。さあ、チーム分けしようか!」


 僕はコートの真ん中にボールを置く。


「じゃあ、始めるよ。……キックオフ!」


 聞き慣れない言葉に子供たちが一瞬きょとんとした顔を見合わせる。


 その一瞬の静寂を破ったのは、ルカだった。


「うおおお!」


 ルカは雄叫びを上げて、一番にボールへと突進していく。

 それを合図に、他の子供たちも、わあっとボールへと殺到した。


 ルカは不格好なドリブルで、相手チームの子供を一人、二人と強引に抜き去っていく。


 その一人で敵陣に切り込んでいく力強い姿。

それを見た他の子供たちの目にも、一気に火がついた。


「「「まてーーーっ!!」」」


 ただがむしゃらに一つのボールを追いかける。

 そこには難しい戦略も綺麗なパスもない。

 ただ泥だらけになって笑いながらボールを蹴り続ける、子供たちの純粋な熱狂だけがあった。


「ルカ、僕にボールをちょうだい! それが『パス』だよ!」


 僕の声に、ルカがめちゃくちゃなフォームでボールを蹴る。

 ボールは僕の足元ではなく、子供たちが団子状に固まっているその集団の外側へと、ころころと転がっていった。


 そのボールの先に、ぽつんと一人だけ立っている子がいた。

 リリィだ。

 リリィは運動が苦手なので、子供たちのボールの奪い合いの輪に入れずにいたのだ。


 偶然にも、彼女の足元に完璧なパスが転がってきた。

 そして彼女の前には、がら空きの相手チームのゴール。


「リリィ、そのまま蹴り込むんだ! それが『シュート』だよ!」


 リリィは一瞬驚いた顔をしたが、やがて意を決したようにボールを蹴った。

 ボールはコロコロと二本の木の棒の間を優しく通り抜けていった。

 記念すべきこのゲームの最初の一点はリリィだった。


 一瞬の静寂。

 そして次の瞬間、僕たちのチームから「「「やったーーっ!!」」」という大歓声が上がった。


「リリィ、すげえ!」「ナイスシュートだ、リリィ!」


 ルカたちが顔を真っ赤にして戸惑っているリリィの周りを、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。

 僕も思わずガッツポーズをしていた。


 その記念すべき一点を皮切りに、僕たちの初めての試合は熱狂に包まれていった。

 僕も他の子供たちと一緒になって息を切らしながら、夢中でボールを追いかけた。



 日が暮れるまで、僕たちは夢中になってボールを蹴り続けた。

 僕は草の上に大の字になって、ぜえぜえと息をしながら考える。

 僕が求めていた穏やかで何もしない静かな時間は、今日も手に入らなかったけれど。

 でも、まあ、たまにはこういうのも悪くない。


 最高の仲間たちと泥だらけになって笑い合った、今日のこの少しだけ特別な一日。

 それもまた、僕の新しい人生の大切な宝物になった。

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