第77話「小さなファッションショー」
それから数日間。
村の集会所はさながら手芸サークルのようになった。
日中、家事の合間を縫って、女性たちがそれぞれの家から布や毛糸、裁縫道具を持ち寄って集まってくる。
「あら、奥さん、その編み方、素敵ですわね」
「こうやるんだよ。あんたのも、見せてごらん」
おしゃべりに花を咲かせながら、編み物に夢中になる。
最初は、僕のデザイン画と、ナビが教える僕の拙い説明だけが頼りだったが、すぐに腕の良い者が、そうでない者に教える、という助け合いの輪が生まれていた。
イリ姉も、最初は「きーっ! なんなのよ、この毛糸は! 全然、言うことを聞かないわ!」と、不器用な自分にかんしゃくを起こしていたが、母様に優しく教わりながら、少しずつ形になっていくのが嬉しいようだった。
そして、さらに数日が経ったある日の午後。
集会所のテーブルの上は、まるで虹が降りてきたかのように、色とりどりのたくさんのマフラーや帽子、ポンチョで埋め尽くされていた。
自分たちの手で作り上げた、その見事な出来栄えに、製作に携わった女性たちから、満足げな大きな歓声が上がった。
「まあ、見事ですわね!」
「ああ、これなら、寒い冬も、楽しく過ごせそうだねえ」
その様子を見て、母様が満足そうに、ぽん、と手を叩いた。
「せっかくですもの、皆さんにお披露目会をしましょう! 広場に、皆さん集まっていただいて……」
その母様の言葉に、僕は少しだけ口を挟んだ。
「母様、それなら、もっと面白いやり方があるよ」
「まあ、メル? どんな方法ですの?」
僕は前世で見たデパートの催し物や、テレビのショーの記憶を思い浮かべながら説明した。
「あの、収穫祭で使った、組み立て式の舞台を、もう一度、広場に出すんだ。そして、僕たち子供が、『モデル』みたいに、音楽に合わせて、舞台の上を歩いて、みんなに、この素敵な服を見せてあげるんだよ」
「まあ、メル。その、『モデル』というのは、なんですの?」
母様が、不思議そうに首を傾げる。
「ええと、服を、一番、素敵に見せるために、それを着て、皆の前を歩く、専門の人のことだよ」
「まあ……! お洋服のための、舞踏会みたいですわね! なんて、お洒落で、素敵な考えなのでしょう!」
母様は、その聞いたこともない新しいお披露目の形に、目を輝かせている。
そして、隣で聞いていたイリ姉が、誰よりも早くそのアイデアに飛びついた。
「面白そうじゃない! やるわ、わたし、やる! その、モデルってやつ!」
こうして、僕の提案がきっかけとなり、小さなファッションショーが開催されることになった。
モデルは、僕たち子供たちと、そして、この素敵な服を作ってくれた、婦人会の皆さんにもお願いすることになった。
舞台の上に、母様がにこやかな笑顔で立つ。
「皆様、本日は、急なご案内にも関わらず、お集まりいただき、ありがとうございます! これより、『第一回、フェリスウェル領・冬の新作お披露目会』を、始めさせていただきます!」
母様の楽しそうな司会進行で、ショーが始まった。
音楽隊が、陽気な音楽を奏でる。
「トップバッターは、この村一番の元気者、ルカ君です!」
威勢よく舞台に飛び出してきたのは、自分で編んだという少し歪んだニット帽を目深にかぶった、ルカだった。
彼はモデル歩き、というよりは、ただ胸を張って舞台の真ん中を堂々と歩いてくる。
そして先端でくるりと回ると、力こぶを作るような、おどけたポーズを決めた。
「「「わはははは!」」」
広場が温かい笑いに包まれる。
「よっ、ルカ! 似合ってるぞー!」という、父親からのヤジも飛んでいた。
「続きましては、村一番の優しい女の子、リリィちゃんです!」
次に現れたのは、お母さんが編んでくれたという真っ白なポンチョを身にまとった、リリィだった。
彼女は大勢の観客を前に、少し恥ずかしそうに頬を赤らめている。
しかし、その姿はおしとやかで、とても綺麗だった。
「まあ、可愛い!」
「リリィちゃん、素敵よー!」
村人たちからの温かい声援に、リリィは、ぺこり、と小さくお辞儀をして、嬉しそうに舞台袖へと戻っていった。
続いて登場したのは、パン屋の息子の、やんちゃな双子だ。
お揃いのニット帽をかぶった二人は、舞台の真ん中でピタッと同じポーズを決めて、広場を笑いに包んだ。
「さあ、続きましては、この素敵な小物たちを、見事に作り上げた、婦人会の皆様の登場です!」
最初に登場したのは、ハンナさんだった。
彼女はお店の制服に、新しく作った揃いのミトンと帽子を身につけている。
観客席にいる夫のゲルトさんに向かって、にこっと最高の笑顔で手を振った。
続いて、先日「わしらに作れるのかねえ」と不安そうに言っていた、物知りなおばあさんが、自分が編んだ見事なグラデーションのショールを誇らしげに広げて見せる。
その顔は自信に満ち溢れていた。
そして、村長の奥さんは、自分で染めたという深い藍色のポンチョを、上品に着こなして歩く。
いつも元気な酒場のおかみさんは、可愛らしいミトンをつけた手を高々と掲げて、観客の喝采に応えていた。
次々と、村の女性たちが、少し照れながらも、自分たちの最高傑作を身にまとって、舞台の上を歩いていく。
「そして、次は、わたくしの娘、イリスです!」
母様の、ひときわ力のこもった紹介。
現れたイリ姉は、圧巻だった。
母様が作った情熱的な真っ赤なポンチョを、まるで本物の王女様のように優雅に着こなしている。
観客の視線を受けるたび、イリ姉は背筋を伸ばし、自信に満ちた笑みを浮かべていた。
舞台の先端で、くるり、と、バレリーナのように優雅なターンを決めると、広場中から、ため息のような大きな喝采が送られた。
「そして、このショーの最後を飾ってくれるのは……メルヴィンです! どうぞ!」
イリ姉に背中を、ぽん、と押され、僕はとぼとぼと舞台の上に上がる。
首には、リリィが作ってくれた、あの黄色いマフラー。
どうすればいいか分からず、ただ突っ立っているだけの僕に、なぜか今日一番の温かい拍手が送られた。
舞台の下で温かい拍手を送る、村人たち。
その拍手に応える、誇らしげな子供たちと、婦人会の皆さん。
リリィがくれた、一枚の黄色いマフラーから始まった、小さな物語。
それは、村中を巻き込んだ、最高に心温まる秋の終わりの一日へと、その姿を変えていた。




