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第76話「温かい贈り物と、面倒な先生役」

 すっかり秋も深まったある日の午後。

 僕は窓際の日当たりの良いソファの上で、完璧な「お昼寝ポジション」を見つけ、うとうとしていた。


 コンコン、と部屋の扉が控えめにノックされる。

「メルヴィン様。リリィ様がお見えです」


 僕の世話係のメイドエリスの声だった。

「リリィが? 分かった、すぐ行くよ」


 何事だろうと首を傾げながら、僕は客間へと向かった。

 そこには少しだけ緊張した面持ちで、リリィがちょこんと座っていた。

 その手には何か毛糸の塊のようなものが、大事そうに抱えられている。


「やあ、リリィ。どうしたの、改まって」

「あ、メル様……! その……これ……」


 リリィは立ち上がると、恥ずかしそうに、僕の前にそれを差し出した。

 それは彼女が自分で一生懸命編んだのだろう、少しだけ網目の不揃いな、でもとても温かそうな毛糸のマフラーだった。


「わあ、ありがとう、リリィ。もしかして自分で編んだの?」

「は、はい! お母さんに教えてもらって……。その、メル様が外で本を読んでいる時、寒くないかなと思って……なんて、お節介でしたでしょうか」

「ううん、すごく嬉しいよ」


(手編みのマフラー……。そういえば、前世でも、もらったことなかったな……)

 そんなことを思い、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


 僕は素直にお礼を言って、そのマフラーを首に巻いてみた。

 少しだけごわごわするけれど、手編みならではの優しい温かさが、首元をふんわりと包み込む。


「うん、すごく温かいよ。本当にありがとう」


 僕がそう言うと、リリィは顔を真っ赤にして、心の底から嬉しそうにはにかんだ。



 その夜、僕はリリィにもらった黄色いマフラーを、改めて机の上に広げてみた。

 手編みならではの不揃いな網目。

 でも、それがなんだかすごく温かい。


(もうすぐこの領地にも本格的な冬が来るんだな……)


 ふと、僕は村の人々のことを思い浮かべた。

 皆が着ている冬の外套は、分厚い毛皮や硬い布を重ねただけのもの。

 きっと温かいんだろうけど、重くて動きにくそうだ。

 色も茶色や灰色ばっかりで、少しだけ寂しい気持ちになる。


(もっと軽くて、動きやすくて、それに心も明るくなるような、綺麗な色の服があれば……)


『ナビ。前世のもっと温かくて、お洒落な冬の小物って、どんなのがあったかな?』


《現在の領地の課題は「重量」と「デザイン性の欠如」と分析します。

その解決策として、軽量で保温性の高い「編み物」製品、及び、少ない布で動きやすさを確保できる「ポンチョ」などを提案します。

再現可能なもののデザインデータを表示します》


 ナビが僕の脳内に、たくさんの可愛らしくて温かそうなデザイン画を映し出す。

(うん、これならみんなで作れそうだ)



 翌日。

 僕は母様を通じて、村の女性たち――いわゆる「婦人会」の皆さん――を集めてもらった。

 集会所に集まった女性たちに、僕はナビが提示した、いくつかの簡単な冬服のデザイン画を見せて回る。


「まあ、可愛い! この、てっぺんに丸い飾りがついた帽子!」

「この、指先だけが出る手袋なら、細かい作業もできそうですわね!」


「まあ、なんて可愛らしい! メルヴィン様、もしよろしければ、これを、うちのお店の女性従業員の冬の制服にさせていただけませんか? きっと、お店の雰囲気がもっと温かくて素敵になりますわ!」


「じゃが、わしらみたいなばあさんに、こがなお洒落なもんが作れるのかねえ……」

 年配の女性が不安そうに呟く。


「たしかに、凄く可愛いけど……」

「そうだねえ、見たこともない形だし、どうやって作るのかしら?」


 その声に、母様がにこやかに、僕の方を見て言った。

「メル、どうやって作るのか、皆さんに教えて差し上げて?」


(えっ、僕が?僕だって知らないよ!)


『む、無理だよ、ナビ! 僕、編み物なんて、やったことないんだぞ! 見たことがある、っていうだけだ!』


《問題ありません、メル》


 僕の悲鳴のような心の声に、ナビはどこまでも冷静に答える。


《あなたの脳内には、前世における編み物に関する映像記憶が多数保存されています。

私がそれらを解析・再構築し、完璧な『指導マニュアル』を作成します。

メルはそれを読み上げるだけでいいのです。

私と一緒なら、あなたは最高の講師になれます》


(最高の講師……。うわあああ、響きだけで、最高に面倒くさい……!)


『待って、ナビ! 他に方法はないの!? 例えば、君がすごく簡単な設計図を描いて、それをゴードンさんに渡して、自動で編み物ができる便利な機械を作ってもらうとか!』


《その提案は推奨できません》


 僕の起死回生のひらめきは、一瞬で無慈悲に切り捨てられた。


《編み物機械の製造には、現在の領地の技術レベルを大幅に超える精密な金属加工技術が必要です。

また、手編みの温かみや作る過程の楽しさを共有することは、コミュニティの活性化に繋がり、メルのスローライフの質の向上に貢献します。

結論として、メルが講師を務めるのが最も合理的かつ最適な解決策です》


(でた! ナビの合理的かつ最適解……! ナビにそう言われたら、もう逃げ場がない……!)


僕が内心、頭を抱えていると、母様がにっこりと微笑んだ。


「さあ、先生。皆さんがお待ちですわよ?」


 僕は観念して、大きなため息を一つ。


『はぁ……。ナビ、どうすればいい? 一番楽で早く終わる方法を教えて』


《はい、メル。まずは、指導の第一歩として、編み棒の正しい持ち方から皆さんに説明してください。

脳内に最適な角度と、力の入れ方のデータを表示します》


「……じゃあ、まず棒の持ち方から始めましょうか……」

こうして、僕の初めての編み物教室は、賑やかに、けれど僕には少し憂鬱に始まった。

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