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第74話「星降る夜と、商人の夢」

 太陽が西の丘に沈み、昼間の喧騒が、心地よい夜の賑わいへと姿を変える頃。

 広場には無数のランタンと、大きな焚き火が灯され、幻想的な光が、楽しげな村人たちの顔を照らしていた。


 僕たちフェリスウェル家と、バルカス家の皆は、舞台が一番よく見える、特別に用意された席に座っていた。

 舞台の上では、村の楽団による陽気な演奏が披露され、宴は最高潮の盛り上がりを見せている。


 やがて、最後の曲が終わり、大きな拍手が広場に響き渡った。

 一礼して去っていく楽団と入れ替わりに、父様が、にこやかな顔で舞台に上がる。


「皆、楽しんでいるかな! 昼の部に続き、夜の宴も、最高の盛り上がりだな!」

 父様の言葉に、村人たちから「おおーっ!」と歓声が上がる。


「さて、今宵の宴、その締めくくりに。我が息子メルヴィンが、皆のために特別な出し物を用意してくれたそうだ。しばし静粛に。そして心ゆくまで、楽しんでいってほしい!」


(えっ、僕の名前、出すんだ……)

 父様の盛大な前フリに、僕は内心、少しだけ照れ臭いような困ったような気持ちになった。

 僕は、こっそりと席を立つと舞台の裏に用意しておいた大きな白い幕の後ろへと回り込む。


 広場のランタンの灯りが、一つ、また一つと消されていく。

 やがて広場を包むのは、月明かりと焚き火の揺れる光だけになった。

 村人たちが何が始まるのかと固唾を飲んで、舞台の上のただの白い幕を見つめている。

 僕は、幕の後ろで、静かに深呼吸を一つ。


『ナビ、準備はいい?』

《はい、メル。魔法陣の制御システム安定しています。魔力供給ルート、オールクリア。いつでも開始可能です》

『よし……。『魔法幻灯会』、スタート!』


 僕は、そっと魔法陣に魔力を流し込んだ。


 次の瞬間。

 真っ白だった幕の上に、一点の針で突いたような強い光が灯った。

 その光は、まるで生き物のように巨大で複雑で、そして色とりどりの幾何学模様の花へと姿を変えた。


「「「うわあ……!」」」


 広場の全ての人間から、揃ったような驚きの声が漏れた。

 僕が万華鏡と光の魔法を応用して作り出した光のアート。

 幕の上に映し出された模様は、ゆっくりと回転し赤から青へ緑から黄色へと滑らかにその色を変えていく。


 広場全体が、その幻想的な光景に完全に心を奪われていた。


『よし、ナビ。第一段階は成功だね。次、第二段階。プラン通り光の形状固定シェイプ・ロックを開始して』


《了解。万華鏡から投影される光のパターンを演算領域に取り込みます。これより光子のベクトルを固定し、指定形状『蝶』への再構築を開始》


 ナビの言葉と共に幕の上の幾何学模様が、まるで粘土のように中心へと収束していく。

 そして次の瞬間、一羽の光り輝く蝶へと、その姿を変えたのだ。


 蝶は羽をはためかせ幕の上を、ひらひらと優雅に舞い始める。


 そのあまりに生命感あふれる光景に、さっきまで静かに見入っていた村人たちから抑えきれない、どよめきと歓声が上がった。


「う、動いてる……!」


「蝶が、光の蝶が、飛んでるぞ!」


 続いて魚たちが現れ、水中を泳ぐように幕を横切っていく。

 花が咲き、そして散っていく。


 音は何もない。

 ただ、静かな夜の闇の中に光だけで描かれた幻想的な物語が、紡がれていく。


 僕は、そっと客席の様子を窺った。

 村人たちは皆、生まれて初めて見る光景に言葉を失い、ただ、うっとりと幕の上を見つめている。

 ゴードンさんもバルツさんも職人としての理屈も忘れ、ただの子供のように目を丸くしていた。


 そしてイリ姉とクラリス嬢。

 二人の少女は昼間の勝負や、お互いのプライドも忘れ隣り合って、その瞳をキラキラと輝かせていた。

 その横顔は僕が映し出すどんな光よりも、ずっと綺麗に見えた。


 やがて光の物語が終わり幕の上の光が、すっと消える。

 一瞬の完全な静寂。

 そして次の瞬間。


 わああああああっ!!


 今日一番の割れんばかりの大歓声と拍手が夜の広場に、いつまでも、いつまでも鳴り響いていた。


 魔法幻灯会の感動的なフィナーレ。

 広場が今日一番の割れんばかりの歓声と拍手に包まれる中、イリ姉とクラリス嬢は興奮した様子で手を取り合っていた。


「すごかった……! メル、すごかったわ!」

「ええ、本当に……! まるで夢のようでしたわ……!」


 皆が舞台の上の余韻に浸っているその時、僕は幻灯会を操作していた幕の後ろからそっと離れた。


『よし、ナビ。最後の仕上げだ。急いで移動するよ!』


 僕は広場の隅の暗がりへと移動すると微量の魔力で自分の体をふわりと宙に浮かび上がらせた。

 夜の闇に紛れて僕は鳥のように静かに空を舞う。


『ナビ、最適な打ち上げポイントは?』

《はい。舞台から見て最も美しく花火が見えるのは、あそこの丘の上です》


 ナビの案内に従って、僕はあっという間に丘の上に降り立った。

 眼下には祭りの灯りと熱狂する村人たちの姿が見える。

 僕は、その夜空に向かって大きく手をかざした。


 ひゅるるるる……。


 ドーーーンッ!!


 夜空に腹の底まで響くような重低音が轟いた。

 突然の轟音に村人たちから「きゃっ!?」「な、なんだ!?」と驚きの声が上がる。


 誰もが何事かと音のした夜空を見上げる。

 漆黒の夜空に巨大で真っ赤な光の牡丹が、ゆっくりと荘厳に咲き誇っていた。


「「「え……?」」」


 一瞬の静寂。

 それが本当のフィナーレの始まりの合図だった。

 続けざまに、ひゅるるる、と光が昇り、今度は茶色くて、ごつごつした丸い形でぱっと開いた。


「……ん? あれは……なんだ?」

「まさか……土イモか!?」


 村人の一人がそう叫ぶと、広場が笑いとさらなる歓声に包まれた。

 そう僕がナビと設計したのは、ただの花火じゃない。

 この日のための、特別な収穫祭記念花火だ。


 夜空には次々と、僕たちの領地の「実り」が打ち上げられていく。

 真っ赤なトマト。緑色のフェリスハーブ。黄色いクレープの形。そして、くるくると回転するツイストポテトの形をしたユニークな花火まで。


「「「おおおおお!!!」」」


 見たこともない遊び心に満ちた光の饗宴に、村人たちは、ただただ子供のようにはしゃいで空を指差している。

 バルトール様もカタブツな表情を崩し呆然と空を見上げていた。


 イリ姉もクラリス嬢も僕の家族もバルカス家の人々も。

 誰もが、ただの子供のように目をキラキラさせて、夜空に咲き乱れる光の花束を見上げていた。



 翌朝。

 祭りの後の心地よい静けさが戻った屋敷の玄関で、僕たちはバルカス家の方々を見送っていた。


「アレクシオ殿。この二日間、実りある素晴らしい時間だった。貴殿の領地には我々の知らない『未来』があるようだ。……今後とも良き隣人として末永くよろしく頼む」


 そしてクラリス嬢がイリ姉と僕の前に進み出た。

 深々と完璧なお辞儀をして言う。


「イリス様、メルヴィン様。あなた方の領地は……本当に、素晴らしいですわね。必ずまた遊びに来ますわ」


「……そして、その次は、イリス様とメルヴィン様も、ぜひ、わたくしたちの領地へいらしてくださいね。心より、歓迎いたしますわ」


「まあ、本当!? 行く、絶対に行くわ!」

 イリ姉が満面の笑みでクラリス嬢の手をぎゅっと握る。


 その子供たちの微笑ましい約束を、バルトール様が穏やかな笑みで聞いていた。


「うむ、クラリスの言う通りだ。アレクシオ殿、次はぜひご家族で我がバルカス領へもお越しいただきたい。我が領地が誇る最高のワインと猪肉料理で歓迎いたしますぞ」


「はっはっは、それは楽しみですな、バルトール殿」


 父様とバルトール様が固い握手を交わす。

 二つの領地の間に、新しい、温かい絆が生まれた瞬間だった。



 バルカス家の馬車を見送った後、僕たちは屋敷の応接室でお茶を飲みながら、祭りの成功の余韻に浸っていた。


(よし、このお茶を飲んだら今日こそは一日中、誰にも邪魔されずにお昼寝するぞ)


 僕が、そんなささやかな決意を固めていた、その時だった。


「だ、旦那様! 大変です! 商人のヨナス殿が、血相を変えて面会を求めております!」


 息を切らしたメイドの報告に父様が首を傾げる。


「ヨナス殿が? 分かった、こちらへお通ししてくれ」


 応接室に通されたヨナスさんは、乱れた息を整えるのももどかしそうに父様と僕の前に進み出ると深々と頭を下げた。


「旦那様! そして奥様も! ご歓談のところ、大変失礼いたします! 無礼は承知の上、しかし、どうしても、この興奮をお伝えしたく……!」


 顔を上げたヨナスさんの目は、商売人としての野心と熱意で、ギラギラと輝いていた。

 そして、その視線は、父様を通り越して、僕に突き刺さった。


「……そしてメルヴィン坊ちゃま! おめでとうございます! 昨夜のあれは……! まさに革命でございましたぞ!」


 ヨナスさんは興奮で目を血走らせながら熱弁を続けた。


「あの光の劇! そして夜空の花火! あれは、ただのお祭り芸じゃねえ! 王都の連中をひっくり返らせるほどの新しい『見世物』の夜明けですぜ!」


 ヨナスさんは僕たちに詰め寄るようにして、その壮大な計画を語った。

 あの魔法幻灯会を王都の劇場で貴族相手に興行する。

 魔法式花火を王家の祝典で打ち上げる。

 そこには莫大な信じられないほどの商機が眠っている、と。


「どうか、このあっしに! あの素晴らしい『光の興行』の商品化と元締めの権利をお与えください!」


(商品化……? 興行……? いや、でも待って。魔法幻灯会はともかく、あの花火は……)


 僕の胸に一つのとてつもなく嫌な予感が浮かび上がる。


『ナビ、確認だけど。僕がやった、あの魔法式花火って他の普通の魔法使いでも再現可能なの?』


《不可能です。同等の規模と芸術的な形状制御を、あれだけの低魔力消費で実現するには私の精密な魔力制御補助とメルの規格外の魔力容量の両方が不可欠です。この世界において再現性はゼロと算出されます》


 ナビの答えは、いつも通り完璧で、そして……あまりに無慈悲だった。


(……つまり、この商売は僕が王都まで出張して、毎回、花火を打ち上げないと成り立たないってこと……?)


 のんびりスローライフどころか、出張・残業・休日出勤ありの、前世よりもひどい超ブラックな労働が待っている……!?


(ああ、もう……!これ僕が説明しなくちゃいけないのか?この勢いのヨナスさんに、できないよって説明することが最高に面倒くさい……!)


 僕は頭が痛くなるような悩みを抱えて、ただ遠い目をして溜息をつくことしかできなかった。

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