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第73話「お祝いのクレープと、友情の香り」

 第一回リーデル村トランプ大会は、大盛況のうちに幕を閉じた。

 集会所から出てきた僕たちは、まだ興奮冷めやらぬ様子で、お互いの健闘を称え合っていた。


「くっ……! 悔しい! あそこの一枚をパスしなければ、わたしが勝っていたのに!」

「うふふ、勝負は時の運ですわ、イリス様。でも本当に素晴らしい戦いでしたわね!」


 さっきまでのライバルが嘘のように二人は七並べの感想戦で楽しそうに盛り上がっている。


「俺なんて大富豪で無敵だったぜ!なあ、メル!」

「うん、ルカは強かったね」


「メル様も神経衰弱お見事でしたわ。あと一歩でしたのに惜しかったですわね」

「はは……まあね」


(ナビに裏切られた、とは言えないしな……)


 僕はリリィには愛想笑いを返しつつ、脳内では元凶である相棒に精一杯の抗議をしていた。


『くっ……! ナビ、今回の件は絶対に忘れないからな!』


《その脅迫は無意味です》


 ナビはいつもの声で僕の捨て台詞をあっさりと切り捨てた。


《メルの現在の情動レベルを考慮しても、この些細な記憶が一ヶ月以上、脳の記憶領域に保持される確率は、12%未満です》


『うぐっ……』


《また、今回の知的演習によりメルの脳は、通常時と比較して三百パーセント以上活性化しました。この事実は、メルの健康とスローライフの質の向上に明確に貢献します。よって私の判断は総合的に見てメルの利益にかなうものでした》


『……あー、はいはい、分かりました! 分かりましたとも! 僕の脳の健康を、そこまで考えてくれて、どうもありがとう!(棒読み)』


《メル》


 僕の心のこもっていない感謝の言葉を、ナビは静かに遮った。


《感謝の意を表明する際は、声のトーンにもう少し感情を乗せることを推奨します》


『……は?』


《現在の『棒読み』では、相手にあなたの真意が正しく伝わらず、円滑な人間関係の構築を阻害する可能性があります。それはメルのスローライフの質の低下に繋がります》


『い、いや、今のはナビへの皮肉で……』


《はい。ですので、その皮肉の感情をもっと乗せてください。現状では、ただの感情が欠落した応答にしか聞こえません》


 まさかの皮肉の言い方についての追加講義。


(……もう、なんでもいいや……)


 僕は相棒からの正しくて、あまりにありがた迷惑なダメ出しに頭を抱えるのだった。



「よし、お祝いだ! クレープ食べに行こうぜ!」


 ルカの提案に全員が賛成し、僕たちはハンナさんの『木漏れ日亭』の屋台へと向かう。さっきよりも少しだけ、みんなの距離が縮まっているのを感じた。


「おーい、みんな、喉渇かねえか? まずあそこで何か飲もうぜ!」


 ルカが指差したのは、果物やハーブを水に漬け込んだ「果実水」を売っている小さな屋台だった。

 僕たちは、それぞれ好きな果実水を買って近くのベンチに腰を下ろす。


「「「トランプ大会、お疲れ様ー!」」」


 カチン、とコップを打ち合わせる軽やかな音。


「ぷはーっ! ……んー、でも、ちょっとぬるいわね」


 イリ姉が少しだけ残念そうに言う。


「ああ、本当だ、ぬるいね。……じゃあ、僕が冷たくしてあげるよ」


 僕がそう言うと、ルカたちが「え?」と、不思議そうな顔でこちらを見た。


「みんな、コップをテーブルの真ん中に集めて」


 言われた通りに五本のコップが集められる。

 僕は、そのコップの真上に、そっと手のひらをかざした。

 ごくごく微量の魔力を込めて、熱を奪う冷却魔法を発動する。


 手のひらから、淡い青白い光と冷気がふわりと放たれた。

 コップの周りの空気が、一瞬で白い霧に変わりガラスの表面には、びっしりと冷たい水滴が浮かび上がる。


 それだけで、みんなは「わあ……!」と小さく歓声を上げていた。

 だけど僕の魔法は、それだけでは終わらない。


 僕は、にっと笑うと、コップを人差し指で、コンッと軽く叩く。

 すると、カランッとコップの中から涼やかな音が響いた。


「え?」

 ルカが不思議そうに自分のコップを覗き込む。


「こ、氷だ! 飲み物の中に氷が入ってるぜ!」


「うおおっ! すげえ、メル!氷まで作れるのかよ! 本物の魔法使いみたいだぜ!」


「まあ……! 氷を作る……。これがメルヴィン様の魔法……」


 ルカとクラリス嬢が目を丸くして驚いている。


「メル様、ありがとうございます!」


 リリィだけが、にこにこと嬉しそうに、お礼を言った。

 イリ姉は、そんな僕の姿を「ふん、これくらい当然よ」と、なぜか自分のことのように得意げな顔で見ている。


「よし、じゃあ、改めて! トランプ大会、お疲れ様ー!」


 キンキンに冷えた最高の果実水で、僕たちは賑やかに乾杯するのだった。


「うおおっ! うめえええ! キンキンだぜ! メル、お前、最高だ!」


 ルカの素直で大きすぎる歓声。

 その声は祭りの喧騒の中でも周りの大人たちの耳に届いてしまった。


「おお、メルヴィン様! 氷を……!?」

「なんと羨ましい! わしらのも、ぜひ!」


 近くのテーブルで飲んでいた村人のおじさんたちが、目を輝かせて自分のぬるい果実水の入ったコップを差し出してくる。

 僕が断りきれずに、そのコップにも氷を入れてあげると、それを見ていた周りの人々が「俺も!」「私も!」と、あっという間に僕たちの周りに黒山の人だかりを作ってしまった。


(うわあああ! 面倒くさあああああああい!)


 次から次へと差し出されるコップ。僕は、まるで無限に氷を作り出す機械になった気分だった。


『ナビ、ナビ! 大変だ! このままじゃ、僕、収穫祭が終わるまで、ここで氷を作り続けることになる! 何とかして! 』


《了解。個別対応から、インフラ提供へと思考をシフトします。問題の根源は、供給源の非冷却状態にあります。抜本的な解決策は供給源そのものを冷却することです》


『つまり?』


《提案します。高密度の氷塊を生成し果実水の販売者に提供してください。これによりメルは、この反復単純作業から解放されます》


 ナビの完璧な解決策に僕は心の中でガッツポーズをした。


「み、皆さん、すみません! 一人ずつやるのは大変なので、もっとすごいの見せますから!」


 僕は人だかりをかき分けて、果実水を売っている屋台の店主のおじさんの元へ向かった。


「おじさん! 空いてる一番大きな樽あるかな?」

「へ? あ、はい、こちらに……」


 おじさんが不思議そうな顔で、巨大な空の樽を指差す。


(うん、これなら十分だ)


 僕は、その空っぽの樽に両手をかざした。

 さっきまでとは比べ物にならないほどの大量の魔力を、冷却魔法に変換して一気に注ぎ込む。


 バリバリバリッ!と、空気が凍るような凄まじい音。

 樽の内側の表面から、みるみるうちに透き通った氷が、中心に向かって分厚く成長していく。


 やがて僕が手を離すと巨大な樽は縁まで、ぎっしりと美しい氷で満たされていた。

 まるで巨大な氷の宝石箱だ。


「「「おおおおおーーーーっ!!」」」


 あまりに幻想的な光景に村人たちから今日一番の大歓声が上がった。


 歓声の中、僕は、もう一つの果実水が入った樽の方にも、すっと手をかざした。

 今度は、さっきよりも、ずっと少ない魔力で、樽の中に大きめの氷をごろりと数個作り出す。


 僕は、まだ呆然としている店主のおじさんに向かって、にっこりと笑った。

「おじさん、まず、こっちの氷で今ある分は冷えると思う。それで中の氷が溶けて、ぬるくなってきたら、そっちの樽から氷を移して使って。そうすれば、きっと一日中、冷たいままだから」


 屋台の店主のおじさんが、目をキラキラに輝かせながら僕の前に駆け寄ってきた。


「メルヴィン様! ありがとうございます、本当にありがとうございます! これで、今日のお客さんみんなに、最高の冷たい一杯を振る舞えます! 本当に、なんてお礼を言ったら……!」


 感極まるおじさんに、僕は少しだけ照れくさくなって首を横に振った。

「ううん、どうってことないよ。それより、ほら」


 僕は屋台の前で、今か今かと待っている村人たちの行列を指差す。


「みんな待ってる。早く売ってあげて」


 僕の言葉に、おじさんは「おっと、いけねえ!」と、はっと我に返った。

 そして人だかりに向かって、今日一番の威勢のいい声を張り上げた。


「へい、おまちどうさん! メルヴィン様が作ってくださった、奇跡の氷入りだ! キンッキンに冷えた世界一うめえ果実水だぜ! さあ、どんどん持っていきな!」


 おじさんの威勢のいい声に村人たちから、再び「おおーっ!」という歓声が上がった。


『よし、任務完了。これで僕の平和は守られたね』


《はい。タスク完了を確認しました》


《観測の結果、氷塊の提供により果実水を購入した領民の満足度は平均で450%向上しました。祭りの成功への貢献度は極めて高いと分析します》


 僕は相棒からのレポートに満足して、その場をそっと離れると、今度こそお祝いのクレープを、ゆっくりと味わうためにハンナさんのお店へと向かうのだった。



 屋台ではハンナさんが、僕たちが向かってくるのに気づいて笑顔で手を振ってくれた。


「メルヴィン様、皆様! お疲れ様です!」

「やあ、ハンナさん。約束通りクレープを食べに来たよ」

「はい、お待ちしておりました! 甘いのと、お食事クレープ、どちらになさいますか?」


 ハンナさんの言葉に、僕たちは、うーん、と唸ってしまった。


「どっちも美味そうだよなあ! 俺は肉の入ってるやつがいいぜ!」

「でも、お祝いなら甘いジャムの方も捨てがたいですわ……」

「そうね、悩むわね……よし、ハンナさん! 両方くださいな! みんなで分けましょう!」


 イリ姉の鶴の一声で僕たちの前には甘い木苺ジャムのクレープと、チーズと塩漬け豚が香ばしいお食事クレープの両方が並べられた。


 僕たちは近くのベンチに座って二種類のクレープを、みんなで少しずつ分け合いながら、その味を堪能した。


「うめえ! このしょっぱいのも最高だぜ!」

「本当ですわ! でも、こちらの甘いクレープも、やっぱり美味しいですわね!」

「ええ、どっちも一番よ!」


 この最高に平和で幸せな光景。

 僕は自分の分のクレープを、ゆっくりと味わいながら「この時間が、ずっと続けばいいのに」と柄にもなく、そんなことを考えていた。



 そんな楽しい休憩時間も、そろそろ終わりに近づいてきた。空の色が少しずつオレンジ色に染まり始めている。


「クラリスさん、これ」

「まあ……!」

「今日の記念よ。よかったら受け取って」


 少しだけ照れくさそうに、イリ姉がそっと差し出す。

 袋から、ふわりと優しくて華やかな香りが立ち上る。


「まあ……! なんて素敵な香りですの……? 甘くて、爽やかで……こんな香り初めてですわ」


 クラリス嬢が、うっとりと目を細める。

 僕は、その横でニヤニヤしながら口を挟んだ。


「それ、イリ姉が一日がかりで一生懸命作ったんだ」

「メーーーーーーーーールゥ! 余計なこと言わないで!」


 僕の暴露にイリ姉が、顔を真っ赤にして、僕の脇腹をつねってくる。

 その、あまりにも分かりやすい姉弟のやり取りに、クラリス嬢は、きょとんとした後はっとしたように、イリ姉を見つめた。


「まあ……! イリス様が、ご自身で、これを……? わたくしのために……?」


 クラリス嬢からの素直で、一切の飾り気のない心の底からの尊敬の眼差し。

 イリ姉は顔を耳まで真っ赤にすると、ぷいっと、そっぽを向いてしまった。


「ふ、ふん! か、勘違いしないでよね! これは、その、家の名誉のためであって! 別に、あんたのために特別に頑張ったとか、そういうわけじゃないんだからね!」


 そのあまりにも分かりやすい照れ隠しに、クラリス嬢はくすくすと楽しそうに笑った。


「ええ、存じておりますわ。……ありがとうございます、イリス様。わたくしの宝物ですわ」


 クラリス嬢の顔には、もう以前のようなプライドの高い仮面はなかった。

 ただ、心の底から嬉しそうな最高の笑顔がそこにはあった。

 その笑顔を見て、イリ姉も素直に、にっこりと微笑み返した。


 ゴーン、ゴーン、と村の教会の鐘が鳴り響き、昼の部の終わりと夜の部の準備が始まることを告げる。

 イリ姉が立ち上がりクラリス嬢に手を差し伸べた。


「さあ、一度、屋敷に戻りましょうか。夜はもっとすごいものが待っているわよ」

「まあ! これ以上にですの?」

「ふふん、任せなさい!」


 楽しそうに手を取り合って、屋敷へと歩いていく二人の少女。

 その姿に僕は(よかったね、イリ姉)と心から思うのだった。

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