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第72話「頭脳戦と、一枚の切り札」

 豆袋投げで見事に景品を勝ち取り、満面の笑みを浮かべるクラリス嬢。

 すっかりお祭りの楽しさに火がついた彼女は、「次は、あちらの輪投げですわ!」と、次のゲーム屋台に向かおうとする。


 その時、黙って見ていた僕が、ぽん、と手を叩いた。

「あ、二人とも。そういえば、そろそろ村の集会所でトランプ大会が始まる時間だと思うよ」


「まあ、トランプの大会ですって?」


 僕の言葉にクラリス嬢が、ぴくりと反応する。


「うん。体を動かす遊びもいいけど、頭を使うゲームも面白いよ。よかったら、そっちに行ってみない?」


 僕の誘いにイリ姉とクラリス嬢は顔を見合わせた。


 豆袋投げで、すっかり勝負に火がついていたクラリス嬢はもちろん、イリ姉も頭脳戦と聞いては黙っていられないようだった。


「ええ、行きますわ!」

「面白そうじゃない!」


 イリ姉とクラリス嬢が、すっかり乗り気になった、その時だった。


「おう、メル! トランプ大会か!? 俺も行くぜ! ちょうど店の番、午後のやつと交代したところだったんだ!」


 さっきまで屋台で呼び込みをしていたはずのルカが、タイミングよく会話に加わってきた。

 ルカも仲間に加わり、僕たちは賑わう広場を抜けて、村の集会所へと向かった。


 中に入ると、外の喧騒が嘘のように、静かな熱気に満ちている。いくつか並べられたテーブルでは、村人たちが僕が発明した『トランプ』に興じていた。


 壁には大きな紙で『第一回 リーデル村トランプ大会』と書かれている。


 大会の種目は、ルールが分かりやすい三種類。『七並べ』『大富豪』そして『神経衰弱』だ。


「クラリスさん、トランプのルールは分かるかな? 七並べと、大富豪と、神経衰弱の三つの部門があるみたいだけど」


「ええ、もちろんですわ」


 クラリス嬢は、ふふん、と自信ありげに微笑んだ。


「メルヴィン様からいただいた万華鏡があまりに素晴らしかったので、父にお願いしてヨナスさんからトランプも取り寄せていただいたのです。ルールも全て覚えましたわ」


「へえ、そうなの!」


 イリ姉が少しだけ対抗心を燃やすようにクラリス嬢を見た。


「じゃあ、どの種目に参加する? わたしは戦略がものをいう七並べにしようかしら」


「まあ、奇遇ですわねイリス様。わたくしも七並べが一番得意ですのよ」


 二人の少女の間で、再びバチバチと火花が散る。


「ルカは?」


「もちろん大富豪だぜ!」


 イリ姉とクラリスさんは七並べ、ルカは大富豪か……。

 さて、僕はどうするか。


 このトランプというゲームを、この村に持ち込んだのは僕だ。

 いわば僕は、このゲームの「開発者」……。

 その開発者が記念すべき第一回の大会で、あっさり負けるわけにはいかない。


 七並べや大富豪は、どうしても手札の「運」が絡んでくる。

 でも……神経衰弱は違う。あれは純粋な「記憶力」の勝負だ。


 そして僕には完全記憶能力を持つ最強の相棒がいる。


「じゃぁ、僕は、みんなが参加しない神経衰弱にしようかな」


 僕たちは、さっそく、それぞれの部門に参加するために受付へと向かった。


 受付では村の青年団のお兄さんが、笑顔で僕たちを迎えてくれた。イリ姉とクラリス嬢は『七並べ』ルカは『大富豪』そして僕は『神経衰弱』の欄に、それぞれ名前を書いていく。


 やがて参加者全員が揃うと、村長さんが前に立ち高らかに開会を宣言した。

「それでは、これより第一回リーデル村トランプ大会を始める! 皆、正々堂々、楽しんで勝負するように!」


 わあっ、という拍手と共に集会所は、さっきまでの和やかな雰囲気とは違う、ぴりりとした緊張感と静かな熱気に包まれた。

 そして僕たちは、それぞれのテーブルへと分かれていく。


 戦略と読み合いが重要な『七並べ』部門では、さっそくイリ姉とクラリス嬢が同じテーブルで向かい合っていた。


「……ふふん、そのカードは出せませんわね」


「くっ……! なかなかやるわね、クラリスさん!」


 お互いの出すカードを予測し、パスを巧みに使って相手を妨害する、ハイレベルな頭脳戦が繰り広げられる。


 一方、運の要素も強い『大富豪』部門では、ルカが持ち前の強運とセオリー無視の奇想天外な手で次々と勝ち上がっていた。


「へへん! 革命だぜ! これで俺が大富豪だ!」


 そのあまりの運の良さに対戦相手の大人たちが頭を抱えている。


 僕が参加する『神経衰弱』部門のテーブルは、対照的に和やかな雰囲気だった。

 対戦相手は、村のおじいさんと、若いお母さん、そして少し年上の男の子だ。


(よし。開発者である僕が、ここで無様に負けるわけにはいかない。絶対に勝てる、この場所で確実に勝たせてもらおう)


 僕は静かに勝利を確信しながら、ゲームの開始を待った。


 ゲームが始まりカードがテーブルに裏向きで並べられる。


 僕の番が来て最初の一枚を落ち着いてめくった。スペードのキングだ。

 そして僕は心の中で最強の相棒に勝利への最短ルートを尋ねる。


『ナビ、スペードのキングのペアは、どこ?』


《……》


『ナビ?』


 いつもなら、即座に返ってくるはずの答えがない。

 僕が内心、首を傾げていると、やがて平坦な声が脳内に響いた。


《その質問には、お答えできません》


『……え? なんで!?』


《フェアプレーの精神に反するためです。このゲームにおける私による情報提供は、明白な不正行為チートに該当します》


『ぼ、僕が作ったゲームなのに!?』


《開発者によるシステムの意図的な悪用は、ゲームバランスを崩壊させユーザーの楽しみを奪う最も悪質な行為です。メルのスローライフの質の維持のためにも協力は致しかねます》


『そ、そんな大げさな……!』


 まさか相棒に裏切られるなんて。それも正論すぎる理由で。

 僕の脳内が大パニックに陥っている間にも、時間は過ぎていく。


「坊主、どうした? 次のカード、めくらんのかい?」


 対戦相手のおじいさんから、不思議そうな声がかけられる。


(……くそっ、ナビのやつ! でも、ここで開発者の僕が、無様に負けるわけにはいかない……!)


 僕は一度すーっと深呼吸をした。


(思い出せ……! 前世のサラリーマンとして鍛え上げられた僕自身の記憶力と集中力を……!)


 僕は先ほど一瞬だけ見えたカードの位置を必死に記憶の底からたぐり寄せた。


「……これだ」


 めくったカードは、見事スペードのキング。

 周りから「おおっ」と、小さな歓声が上がる。


 その後、僕と優勝候補であるおじいさんとの静かで、熾烈なデッドヒートが始まった。


 おじいさんが、長年の経験で培った驚異的な記憶力で二組揃えれば、僕も前世の知識で編み出した記憶術を駆使して二組取り返す。


 一進一退の、静かな攻防。

 しかし、終盤。残りのカードが数枚になったところで、僕が一瞬、別の卓のイリ姉たちの勝負に気を取られていた時。


 おじいさんの鋭い目が、僕がまだ覚えていなかった最後の一組を完璧に見抜いていた。


「……坊主、見事だったが、わしの勝ち、だな」


 全てのカードを取り終えたおじいさんは、満足げにそう言った。

 僕は僅差で負けはしたものの、不思議と悔しくはなかった。


(……僕だけでも結構やれるじゃないか)


 僕は自分の力で戦い抜いた確かな満足感を胸に、勝者であるおじいさんに、心からの拍手を送るのだった。


 その時だった。

 ずっと沈黙を守っていた相棒が平坦な声で告げた。


知的演習コグニティブ・エクササイズ、終了。メルの、前頭前野におけるシナプス活動の活発化を記録。通常時の三百パーセント以上のパフォーマンスです》


『……え? 知的演習コグニティブ・エクササイズ?』


《はい。私の介入による安易な勝利は、メルの認知能力を低下させます。しかし、今回のように意図的に協力を拒否し高負荷の知的作業を強いることで、脳は著しく活性化するのです》


『……つまり、ナビ。おまえ、まさか、わざと……?』


《はい。全てはメルの脳の健全な発達と、スローライフの質の向上のためです》


 あまりに余計なお世話なその理由。

(ナビ……)


 僕のプライドをかけた真剣勝負は、どうやら僕の相棒にとっては、ただの「脳トレ」の一環でしかなかったらしい。


 こうして僕が一人で頭を抱えている間に、他の部門の勝負も、全て決着がついたようだった。


 村長さんが再び前に立ち各部門の優勝者を発表していく。


「まずは『大富豪』部門! 優勝は、元気いっぱい、ルカ君だ!」

 わあっ、という歓声と共に、ルカが「よっしゃあ!」と、高々とガッツポーズをした。


「続いて『神経衰弱』部門! 優勝は熟練の記憶力を見せつけた、村の長老アルマンさんだ!」


 僕が負けたおじいさん――アルマンさん――が、照れくさそうに前に出て、賞品を受け取っている。


「そして、最後は、『七並べ』部門! 激戦を制したのは……バルカス家ご令嬢、クラリス様だ!」


 一番大きな拍手と歓声の中、クラリス嬢が誇らしげに前に進み出る。


 優勝賞品は、ゴードンさんに特注で作ってもらった、美しい木箱入りの『特製トランプ』だ。


「やりましたわ!」

 素直に、そして心の底から嬉しそうに、ぴょんと飛び跳ねて喜ぶクラリス嬢。

 負けたイリ姉は、一瞬だけ、すごく悔しそうな顔をしたが、すぐに、にっと笑った。

「くっ……! 悔しい! でも、見事よ、クラリスさん! あなたの勝ちだわ!」


 ライバルの勝利を、素直に称えるイリ姉。

 クラリス嬢は賞品のトランプを手に、イリ姉ににっこりと微笑んだ。

「イリス様。また、あなたと勝負したいですわ。今度は、わたくしの領地で」


 体を動かすのとは違う、頭脳で競い合ったことで、二人の少女の間には、ライバルとして、そして友人としての、新しい絆が確かに芽生え始めていた。

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