第71話「祭りの案内と、小さな挑戦者」
翌朝。
屋敷で、バルカス家の方々と一緒に、いつもより少し豪華な朝食を終えた僕たちは、いよいよ、収穫祭で賑わう村の広場へと向かった。
屋敷を出ると、昨日にも増して賑やかな声と音が押し寄せた。
人々の歓声と陽気な音楽、様々な食べ物の美味しそうな匂いが僕たちを一度に包み込む。
「まあ……! なんという活気ですこと!」
クラリス嬢は、庶民の祭りを間近で見るのは初めてらしく、圧倒されて目を丸くしていた。
その隣でイリ姉が、ふふん、と僕にしか分からないくらい小さく誇らしげに胸を張った。
「さあ、クラリスさん! まずは、一番人気の屋台を案内してあげるわ!」
イリ姉が自信満々に一行をヒューゴさんの屋台へと導く。
その道すがらクラリス嬢は、ある食べ物に気づいて足を止めた。
それは行列の人々が、みな美味しそうに頬張っている、奇妙な揚げ物だった。
一本の長い串に、まるで土イモがリボンのように、くるくると螺旋状に巻き付いている。
「まあ……! あれは……一体、なんですの?」
クラリス嬢は普段の澄ました表情を忘れ、子供のように目を丸くしている。
「あれは土イモを揚げたものよ!」
「土イモですの……? なぜ、あのように繋がったままクルクルと……?」
その純粋な驚きに、イリ姉は待ってましたとばかりに、ふふん、と得意げに胸を張った。
「すごいでしょ! 『ツイストポテト』っていうのよ! 味も、もちろん最高なんだから!」
その会話は、父親であるバルトール様の耳にも届いていたらしい。
バルトール様も表情こそ変えないが、その奇妙な食べ物を興味深そうに観察している。
「食べたらきっと驚くわよ!」
イリ姉は、長い行列の先頭にいるヒューゴさんに向かって、声を張った。
「ヒューゴ! こちらバルカス様のご令嬢クラリス様よ!」
その声に、大忙しで土イモを揚げていたヒューゴさんが、はっと顔を上げる。
「おお、皆様! そして、クラリス様も! 昨夜のわしの料理は、お口に合いましたかな? 今日は、昨日とはまた違う、わしの自信作を味わってくだされ!」
ヒューゴは、ちょうど完璧なきつね色に揚がったばかりのツイストポテトを一本、イリ姉に手渡した。
イリ姉は、それを受け取ると待ってましたとばかりに、得意げにクラリス嬢に差し出すのだった。
「さあ、クラリスさん! まずは食べてみて! きっと驚くわよ!」
クラリス嬢は、差し出された奇妙な食べ物を、不思議そうに受け取った。
普段の澄ました表情を忘れ、子供のように目を丸くして、その螺旋状の土イモを、くるくると回して観察している。
「まあ……! これ本当に一つの土イモですの……? ずっと繋がったままクルクルして凄いですわ!どうやって作っているのかしら……?」
「ふふん、企業秘密よ!さっ、揚げたてが美味しいから早く食べてみて!」
イリ姉の言葉に促され、クラリス嬢は、おそるおそる一口かじりついた。
サクッ、という軽やかな音。
次の瞬間、彼女の目が、驚きに、さらに大きく見開かれた。
「……おいしい……! 外はカリカリなのに、中はほくほくで……! こんな土イモの食べ方、初めてですわ!」
その様子を父親であるバルトール様も、腕を組んで興味深そうに観察していた。
「ふむ……。あれは、どのように作っておるのだ? 一つの土イモを、あれほど長く……。面白いことを考えるものだな」
隣領の領主からの素直な感心の言葉。
その一言を聞いたイリ姉は、これ以上ないというくらい得意げに胸を張った。
「さあ、クラリスさん次に行くわよ! うちの領地のすごさは、まだまだ、こんなものじゃないんだから!」
意気揚々とイリ姉が次に一行を案内したのは、子供たちの店『おたのしみ屋』だ。
遊びチームの屋台では、リーダーのルカが、元気いっぱいに呼び込みをしていた。
「さあさあ、寄ってらっしゃい! 豆袋投げ、やってかねえかい?」
「やあ、ルカ。頑張ってるね」
「お、メル!おう!」
「こちら、お隣のバルカス領からのお客様でクラリス様。この豆袋投げのやり方、教えてあげてくれるかな?」
僕から紹介役を任されて、ルカは、えっへん、と得意げに胸を張った。
「え、ええと、クラリス様! よくお聞きください! この豆袋をですな、そこの木箱のピラミッドに投げて全部倒したら、すげえ景品がもらえるんでさあ!」
クラリス嬢は他の子供が挑戦して、簡単に失敗するのを見ると、ふふん、と自信ありげに微笑んだ。
「うふふ、わかりましたわ。わたくしが見本を見せてさしあげますわ」
そう言って優雅なフォームで、ひょいと豆袋を投げる。
しかし豆袋は木箱のはるか手前で、ぽとりと力なく落ちた。
「「あははは! お姉ちゃん、へたくそー!」」
周りの子供たちから、無邪気なヤジが飛ぶ。
「う……!」
悔しそうに顔を赤くするクラリス嬢。
その瞬間、彼女の負けん気に火がついた。
「……っ! もう一度ですわ!」
クラリス嬢が自分のお財布を取り出そうとした、その時だった。
イリ姉がその手をそっと制した。
「待ってクラリスさん」
「イリス様……?」
「今日は私たちがご案内する側よ。お支払いは、こちらに任せて」
イリ姉はそう言うと屋台のルカに向かってビシッと指を差した。
「ルカ! こちらのクラリス様が満足するまで、会計は全部わたくしに!」
「お、おう!」
イリ姉の凛とした仕草に、クラリス嬢のまつげが小さく揺れた。
「……負けていられませんわ」
そう小さくつぶやいて、再び豆袋を握りしめる。
しかし、投げれば投げるほど、力んでしまって、うまくいかない。
「くっ……! なぜ当たりませんの!?」
悔し涙を浮かべながら、それでも彼女は、諦めようとしなかった。
僕の隣でイリ姉も最初は面白がって見ていたが、次第に、その真剣な横顔に何かを感じ入っているようだった。
そして十数回目。
ようやく力の抜けたいくつかの豆袋が、スパァン!という小気味よい音を立てて、木箱のピラミッドを、見事に崩れ落とした。
「……やった……!」
一瞬の静寂の後、周りの子供たちから、「おおーっ!」「すげえ!」と、今日一番の歓声と拍手が沸き起こる。
クラリス嬢は、ぜえぜえと肩で息をしながらも、顔いっぱいに晴れやかな笑みを浮かべていた。
その年相応の負けず嫌いで、そして最高に晴れやかな笑顔を見て、イリ姉も思わずにこりと微笑むのだった。