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第69話「祭りの開幕と、小さな店主たち」

 収穫祭、当日。

 空は雲一つない突き抜けるような青色だった。


 朝早くから、村の広場は、最後にして最大のお祭り前の熱気に包まれていた。

 屋台からは、香ばしい肉の焼ける匂いや、甘いお菓子の香りが漂い、村人たちは、誰もがそわそわと、そして嬉しそうな顔で準備を進めている。


 やがて、広場の中央に建てられた舞台に、父様が立った。

 父様は、広場を埋め尽くした領民たちの顔を、満足げに見渡すと、朗々とした声で言った。


「皆、今年の収穫、まことにご苦労だった! 今日は、日頃の労を忘れ、我らがフェリスウェル領の実りを、心ゆくまで分かち合おうではないか! 収穫祭の、開幕を宣言する!」


 父様の宣言を合図に、わあっ、という割れんばかりの歓声が、広場に響き渡った。

 音楽隊の陽気な演奏が始まり、人々は目当ての屋台へと、笑顔で駆け出していく。


 舞台から降りてきた父様は、僕たち家族に向かって、満面の笑みで言った。

「よし、皆で行くか! 我らが領地の見事な『実り』を見に!」


 父様の提案で、僕たちフェリスウェル家は、全員で活気に満ちる広場をゆっくりと見て回ることになった。


 まず向かったのは、ひときわ長い行列ができている、ヒューゴさんの屋台だ。


「見事だ、ヒューゴ! 大した行列じゃないか!」


 父様の声に、厨房の指揮を執っていたヒューゴさんが、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「ははっ! 旦那様、お褒めの言葉、光栄の至り! メルヴィン様の素晴らしいアイデアのおかげで、わしの腕も、存分に振るわせていただいておりますぞ!」


 そう言うと、ヒューゴさんは「ささ、旦那様方も味見を!」と、行列の先頭に割り込むようにして揚げたてのツイストポテトとりんご飴を僕たちに手渡してくれた。


「うむ、美味い! このカリカリとした食感と、芋の甘さがたまらんな!」


「本当! りんご飴も、見た目が宝石みたいで、とっても美味しいわ!」

 父様とイリ姉が、子供のようにはしゃいでいる。


 次に訪れたハンナさんの『木漏れ日亭』の屋台も、甘いクレープを求める列と、しょっぱいお食事クレープを求める列の二つができて、大盛況だった。


「まあ、ハンナさん、大成功ですわね!」

 母様が、自分のことのように喜んでいる。


「甘いものとしょっぱいもの、両方を揃えるとは。商売の才があるな」

 兄様も、その手腕に感心しているようだった。


 父様が「さて、次は、未来の商人たちの顔でも見に行くか!」と楽しそうに笑いながら、先頭に立って歩き出す。

 子供たちの店、『おたのしみ屋』だ。


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 面白くて景品ももらえる、最高の遊び場だぜ!」


 その威勢のいい声に誘われて、屋台の前には、すでに人だかりができていた。

 ピラミッド状に積まれた木箱を狙う「豆袋投げ」と、大きさの違う瓶を狙う「輪投げ」。景品はゴードンさんが木っ端で作ってくれた小さな動物の彫刻か、あるいは屋台で使える「お菓子引換券」だ。


 そんな中、ひときわ大きな影が、屋台の前に立った。

 鍛冶屋のバルツさんだ。


「……ふん。子供の遊びか」


 腕を組み、興味なさそうに呟くバルツさん。

 しかし、その視線は景品棚の最上段に置かれた『特賞:クレープとりんご飴、両方引換券』の札に、釘付けになっていた。


「おっちゃん、やってくかい? 一回銅貨三枚だぜ!」


 ルカの言葉に、バルツさんは、ちっと舌打ちをする。


「……くだらん。だが、付き合いだ。一回だけやってやる」


 そう言って銅貨を置いたバルツさんが挑戦したのは、輪投げ。

 バルツさんは自慢の腕力で、えいっと木の輪を投げた。

 しかし、力が強すぎたのか輪は瓶に当たって、カーン!と甲高い音を立てて、あらぬ方向へ飛んでいく。


「「あははは! おっちゃーん、へたくそー!」」


 周りの子供たちから、無邪気なヤジが飛ぶ。

 その瞬間、バルツさんの眉が、ぴくりと動いた。


「……もう一回だ」

「まいどあり!」

 カーン!


「……もう一回!」

「へい、お待ち!」

 カーン!


 いつの間にか、頑固な鍛冶屋の親父は、ムキになって、子供の輪投げに熱中していた。

 その普段の厳つい顔からは想像もできない微笑ましい光景に、広場の一角は温かい笑いに包まれる。

 監督役のソフィアも、そんなバルツさんの姿に、お腹を抱えて笑っていた。


 そして、その隣の食べ物チームの屋台。

 こちらは遊びチームとは対照的に緊張感が漂っている。

 リーダーのリリィが、僕が作った計算盤を前に、ごくりと喉を鳴らした。


「い、いらっしゃいませ……!」


 最初のお客さんを前に、リリィの声は、少しだけ上ずっている。


「この、木の実の飴がけを、二つくださいな」

「は、はい! ええと、一つが銅貨二十枚ですから、二つで……」


 リリィは、練習通り、計算盤の小石を指で弾く。


「……よ、四十枚です!」

「はい、四十枚ね」


 お客さんから銅貨を受け取り、商品を渡す。


 たったそれだけのやり取り。でも、自分たちの力で、初めて「商売」を成功させた子供たちの顔は、達成感でキラキラと輝いていた。

 監督役のエリスが、そんな子供たちの頭を優しく撫でてあげている。


「リリィ君、見事な商売だな。君たちは、この領地の誇りだ」


「は、はいっ!」


 領主様からの、思いがけない最高の褒め言葉に、リリィは顔を真っ赤にして、それでも、とても誇らしげに胸を張った。


(うん、最高の収穫祭になりそうだな)


 一通り見て回り領民たちの最高の笑顔の輪に、僕たち家族は心からの満足感を覚えていた。

 父様が僕の肩に、ぽん、と大きな手を置く。


「メル、お前のおかげだな。ありがとう」


「ううん、みんなが頑張ったからだよ」


 そんな平和で幸福な空気に満ちた収穫祭の午後。

 広場の入り口が、にわかにざわめき始めた。

 村人たちの視線の先。そこには見慣れない鷲の紋章をつけた、立派な一台の馬車が、ゆっくりと入ってくるところだった。

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