第66話「夜空の下のアイデア会議」
収穫祭まで、あと四日。
昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の村に、煌々と輝く月が浮かんでいた。
僕は自室の窓枠に肘をつき月明かりに照らされた広場をぼんやりと眺めていた。
広場の中心には、ゴードンさんたちが作ってくれた立派な舞台が静かに鎮座している。
(昼間、楽団の人たちが演奏するだけじゃ、なんだか勿体ないくらい立派な舞台だな……。特に夜は誰も使わないなんてもったいない)
昼間は子供たちや職人たちの熱気で溢れていたあの場所が、今は静かな月の光を浴びているだけ。
ふと、僕の頭にある考えが浮かんだ。
『ナビ、この舞台を使って僕の魔法で何か面白いことできないかな? 夜にみんながあっと驚くようなやつ』
《了解。収穫祭の夜間における、魔法を利用したエンターテイメントのプランを構築します》
いつも通り僕の曖昧な要望を、ナビは的確にデータとして処理してくれる。
数秒の思考時間の後、ナビはいくつかのプランを僕の脳内に提示した。
《プランA:魔法式花火。メルの魔力量であれば、夜空を埋め尽くすほどの数を連続で打ち上げることも可能です。ですが、花火というエンターテイメントは、観客の視界全体を覆うスケール感と、光の全体像を捉えることで、その価値が最大化されます》
『ふむふむ』
《舞台の真上のような近距離で打ち上げた場合、観客は見上げるだけで首が疲れてしまい、光の広がりを一度に捉えることができません。最大の効果を得るには、舞台演出とは切り離し、祭りのフィナーレとして、広場の端など、観客から少し離れた位置から打ち上げることを推奨します》
『なるほど……! 舞台の真上じゃなくて、広場の端から最後に打ち上げる方がいいんだね。うん、確かにその方が盛り上がりそうだ。』
《プランB:幻影魔法ショー。幻影魔法で、動物や物語の登場人物の立体映像を舞台上に投影します。メルには実行可能ですが、複数の幻影を長時間、精密に動かし続けるには、高度な多重術式制御が求められ、脳への負担が課題となります》
『うーん、脳に負担がかかるのか……。途中で僕の集中力が切れちゃって、変な幻が飛び出したら、みんなを怖がらせちゃうだけかもしれないね。うん、これはやめておこうか』
《プランC:魔法幻灯会。以前製作した『万華鏡』と、光球魔法を応用した映像投影です。消費魔力は低く、安全性も完全に確保できます。既存の発明品を活用するため、実現性が最も高くメルの負担も最小限に抑えられると判断します》
『万華鏡? 面白そうだけど……どうやって、あの筒の中の模様を外に映し出すの?』
《簡単です。万華鏡の後ろから光源となる強力な光球魔法を当てます。そして、万華鏡の覗き穴の部分に、レンズの役割を果たす魔法陣を置くことで、内部の映像を前方のスクリーンに拡大投影するのです》
『なるほど、光とレンズの魔法で映写機みたいにするんだ! これなら舞台でやるのにぴったりだなあ……』
僕は、そこで腕を組んで唸ってしまった。
『うーん……どうしよう。プランCの幻灯会は舞台も使えるし、すごく幻想的で綺麗だ。でも、プランAの花火の、あのドーンっていう迫力と夜空いっぱいに広がる感じも捨てがたいんだよなあ……』
僕が一人でうんうん悩んでいると、脳内に、どこか呆れたような冷静な声が響いた。
《メル。思考が二元論に陥っています》
『え?』
《なぜ、どちらか一方を選択する必要があるのですか?》
『だって、どっちも主役級の出し物だし……』
《両方を実行すればよいのです》
ナビは、さらりと言ってのけた。
《プランCの幻灯会を舞台でのメイン演目とし、その感動の余韻が残る中でフィナーレとしてプランAの花火を打ち上げる。静的な美と動的な美。両方を体験させることで観客の感情的昂揚は単体で実施した場合の三百パーセント以上に達すると予測されます。これこそが最高のエンターテイメント演出です》
『そっか……! どっちもやればいいんだ!』
ナビの答えは、いつだって僕の悩みを吹き飛ばしてくれる。
今回も、その提案はあまりに合理的で、そして完璧だった。
「どっちか」じゃなくて「どっちも」。その簡単なことに気づかなかった自分の頭が、なんだか少し可笑しくなった。
『流石ナビ! よし、決まりだ!』
僕は心の中でポンと手を打った。
そうだ、ナビの言う通りだ。
まず舞台の上で、あの万華鏡の光を見せて……みんなが、その静かで美しい光景にうっとりと見惚れている。そしてショーが終わった、その瞬間に――
(夜空いっぱいの大輪の花が咲き乱れるんだ。考えただけでワクワクしてきた!)
《了解しました。プランC『魔法幻灯会』および、プランA『魔法式花火』の連続実行に向け両方の魔法術式の最適化を開始します》
こうして、収穫祭の夜を彩る、僕だけの二段構えの秘密の計画が、静かにその輪郭を現した。
最高のサプライズで、みんなをあっと驚かせる。
その瞬間を想像するだけで、僕はなんだか胸が躍るのだった。