第64話「大工の棟梁と、"舞台"の建設」
子供たちの一大プロジェクトが正式に認可されてから、村の空気はさらに活気づいていた。
収穫祭まで、あと一週間。
村の広場は、大工のゴードンさん率いる職人たちが、新しい屋台の建設作業の追い込みに入っている。威勢のいい掛け声と、トントンと小気味よい槌の音が、祭り本番が近いことを告げていた。
僕は広場の様子を眺めていた。
広場の中心では、祭りで演奏を披露する予定の村の楽団が、楽しそうに練習に励んでいる。
『ナビ、みんな、すごく楽しそうだね』
《はい。個々の演奏技術は素朴ですが、祭りに向けた高揚感が、アンサンブルに良好な影響を与えています》
『だよね。でもさ、これだと、お祭りの当日、後ろの方の人は全然見えないんじゃないかな?』
《ご指摘の通りです。現在の地面での演奏では、後方の観客の視界は前方の観客によって最大で九十パーセント遮られます。これにより催し物への満足度が著しく低下する可能性があります》
(やっぱりそうだよな……。せっかくの晴れ舞台なんだ。何か良い方法はないかな……)
僕は作業の指示を飛ばしているゴードンさんの元へ、てくてくと歩いていった。
「ゴードンさん、お疲れ様」
「おお、メルヴィン様。どうなすったんでい?」
大工の棟梁であるゴードンさんは、汗を拭いながらも、豪快な笑顔をこちらに向けてくれる。
「あのね、ゴードンさん。楽団の人たちが演奏する場所なんだけど、みんながもっとよく見えるように、少しだけ高い場所を作ってあげることはできないかな?」
「はあ? 高い場所……って、こりゃまた舞台でも作れってんですかい?」
ゴードンさんは、少し呆れたように、自分の頭をぽりぽりと掻いた。
「坊ちゃま、見ての通り、こっちは屋台作りで手一杯でさあ。今からそんな大きなもん作ってる余裕はありやせんぜ」
「そんなに大きくなくていいんだ。それに、お祭りが終わったら、すぐに片付けられるような簡単なやつ」
「簡単、ねえ……」
ゴードンさんの言うことももっともだ。今からでは、時間も資材も足りないだろう。
(でも、せっかくの晴れ舞台なんだ。何か良い方法はないかな……)
『ナビ、簡単で、すぐに作れて、後片付けもしやすい、簡易的な舞台ってある?』
《はい。複数のユニットを組み合わせる、モジュラー式のステージを提案します。同一規格のパーツを複数生産し、現地で組み立てる方式です。分解すれば、収納も容易です》
『それいいね!』
僕は地面に落ちていた木炭を拾うと、近くの板切れにナビが提示した設計図を元にした簡単な図を描いてみせた。
「ゴードンさん、こういうのはどうかな? 一つの大きな舞台じゃなくて、こういう四角い台をたくさん作るんだ」
「……四角い台?」
「うん。それで本番の時だけ、その台をパズルみたいに組み合わせるんだよ。そうすれば作るのも運ぶのも楽でしょ?」
僕が描いた単純な構造図。
それを見たゴードンさんの、職人としての目がキラリと光った。
「……なるほどな。こいつは……面白い。力任せじゃ組めねえ、こりゃ『大工泣かせの仕掛け』ってやつだぜ」
しかし、彼はすぐに首を横に振った。
「だが、メルヴィン様。これだけの数を作るとなると屋台作りと並行してたんじゃ、とても祭までに間に合いませんぜ。人手が圧倒的に足りねえんでさあ」
ゴードンさんの言うことはもっともだ。
そこで、僕はとんでもない提案を口にした。
「分かった。じゃあ、必要な木材は僕が明日までに全部、図面通りに切って用意するよ。ゴードンさんたちには、それを組み立てるのだけ手伝ってほしいんだ」
その言葉にゴードンさんは腹を抱えて「がっはっは!」と大笑いした。
「坊ちゃん、そりゃ無理ってもんでさあ! この量の木材を一日で、しかも図面通りに正確にだ? 神様でもできやせんぜ!」
ゴードンさんは僕の言葉を子供の戯言だと考え、面白半分でその約束に乗った。
「まあ、いいでしょう! もし本当に明日までに、その『完璧な材料』とやらを用意できたんなら、このゴードン、弟子一同で喜んで組み立てを手伝ってやりまさあ!」
◇
その日の午後。僕は第二秘密基地近くの森の中にいた。
『ナビ、設計データ通りに誤差なく頼むよ』
《了解。オートカッティングモード起動します》
僕の魔力に反応し、風の刃が、まるで全自動の製材機のように、森の倒木や手頃な木々を寸分の狂いもなく切り倒し、板や角材へと加工していく。念動力が、それらを宙で固定し支える。
面倒な力仕事は全て魔法で解決。僕はあくびをしながら、その光景を眺めているだけだった。
◇
翌朝。ゴードンと弟子たちが広場で屋台の作業を始めていると、そこに僕がやってきた。
「ゴードンさん、おはよう。例のやつ持ってきたよ」
僕が森の方を指差すと、まるで命令を待っていたかのように、おびただしい数の完璧に切りそろえられた舞台用の木材パーツが魔法の力でふわりと浮き上がり、広場まで運ばれてきて静かに地面に積まれた。
その、あまりにも非現実的な光景にゴードンと弟子たちは、持っていた槌やノコギリを、カラン、と地面に落とす。
ゴードンは幽霊でも見たかのような顔で、積まれた木材の一つを手に取った。
その断面はヤスリをかけたかのように滑らかで寸法は完璧。とても人間の手で、ましてや一晩でできる仕事ではない。
「な……なんだ、こりゃあ……!? う、嘘だろ……本当に一人で……?」
ゴードンは、目の前の、ぼーっとした顔の少年に、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
そして、次の瞬間、その畏怖は、職人としての底知れない歓喜へと変わった。
「……へっ。へへへ……面白い! 面白えじゃねえか!」
彼は弟子たちに向かって、今日一番の大声で叫んだ。
「おめえら、聞いたな! メルヴィン様は約束を果たしてくださった! てめえら、屋台作りは中断だ! 全員、こっちを手伝え! この最高の材料で最高の舞台を作り上げるぞ!」
棟梁の檄に、弟子たちが「「「おおっ!!」」」と雄叫びを上げる。
こうして、僕の魔法と、村の職人たちの確かな技術による、前代未聞の舞台作りが始まった。
「メルヴィン様! まずは土台の四角い台を四つ、お願いしますぜ!」
「うん!」
ゴードンの指示に従い、僕が念動力で巨大な床板をふわりと宙に浮かす。
それが僕が指を差した場所に、寸分の狂いもなく吸い寄せられるように収まっていく。
「よし、今だ! てめえら楔を打ち込め!」
棟梁の号令一下、弟子たちが魔法で設置された四角い台に飛びつき、慣れた手つきで楔を打ち込み太い釘で固定していく。
僕が魔法で「配置」し職人たちが技術で「固定」する。
魔法の圧倒的な効率と人間の確かな技。その二つが組み合わさった時、作業は信じられないほどの速度で進んでいった。
本来なら丸一日かかるはずの土台作りは、わずか一時間で完了した。
昼過ぎになる頃には、広場の中心に、これまで村の誰もが見たことのない、立派な高床式の舞台が、まるで最初からそこにあったかのように鎮座していた。
遠巻きにその様子を見ていた村人たちから、驚きと賞賛のどよめきが上がる。
「……へっ。できちまったな。本当に半日で」
ゴードンさんは完成した舞台を見上げ、満足げにそう呟くと僕の頭を大きな手でガシガシと、少しだけ乱暴に撫でた。
「メルヴィン様。あんたは、とんでもねえ『職人』だぜ」
それは頑固な大工の棟梁がくれた、最高の褒め言葉だった。