第58話「収穫祭の足音と、じゃがいもの山」
季節は、実りの秋の真っ只中。
僕たちの住むリーデル村は、年に一度の収穫作業が大詰めを迎え、村全体が心地よい疲労感と、それを上回る達成感に満ちた活気に包まれていた。
この全ての作業が無事に終われば、村で一番の楽しみである収穫祭が待っている。誰もがその日を心待ちにしながら、最後の一鍬に力を込めていた。
「メル、早くしろよ! ぐずぐずしてると、最後の収穫、俺たちだけで終わらせちまうぞ!」
「もう、ルカったら。そんなに慌てなくても、じゃがいもは逃げたりしないわよ」
僕の片手を力強く引っ張るルカと、呆れたように、でもその目には楽しそうな色が浮かんでいるリリィ。いつも通りの光景だけど、今日の二人からは、いつも以上のわくわくが伝わってくる。
それもそのはずだ。収穫祭は、この村で一番大きなお祭りなのだから。
僕たちの目的地である畑に到着すると、そこには既にたくさんの村人たちが集まっていた。誰もが額に汗を浮かべながらも、その表情は明るい。
今年の収穫の主役は、なんと言っても、僕が種芋の改良を主導した、あのじゃがいもだ。
「うおおぉぉ……! なんだこりゃあ! 掘っても掘っても出てくるぞ!」
「見てくれ、この大きさを! まるで赤ん坊の頭みてえだ!」
「去年の倍……いや、三倍はあるんじゃないか!?」
村人たちの驚きと喜びに満ちた声が、畑のあちこちから聞こえてくる。
鍬を土に入れるたびに、ごろん、ごろんと大ぶりのじゃがいもが姿を現す。それを子供たちが夢中で拾い集め、大人たちが手際よく木箱に詰めていく。
その光景は、壮観ですらあった。
『ナビ、今年のじゃがいもの推定収穫量は?』
『現在までのデータに基づき算出します。昨年比、およそ三百二十パーセントの見込みです。質、量ともに、計画値を大幅に上回っています』
(うん、大成功だね)
これで当分、僕の大好きなポテトフライに困ることはないだろう。快適なスローライフの基盤は、食の安定にこそある。僕のささやかな願いが、こうして領地全体の大きな喜びに繋がっているのは、素直に嬉しい。
「おい、メル! ぼーっとしてないで、こっちも手伝えよ! どっちが変な形のじゃがいもを見つけられるか、競争だ!」
「ふふっ、ルカったら、まだそんなこと言ってるの。でも、楽しそうね。私も混ぜていただこうかしら」
ルカとリリィに呼ばれて、僕も小さな鍬を手に取る。
土を掘り返す感触は、なんだか宝探しみたいで面白い。僕が掘り出した、雪だるまみたいな形のじゃがいもを見て、リリィがころころと笑った。
収穫されたじゃがいもは、次々と荷馬車に積まれ、村の共同倉庫へと運ばれていく。その荷台に積まれたじゃがいもは、まるで一つの巨大な山のようだった。
「いやはや、メルヴィン坊ちゃま……。これは、とんでもないことになりましたな」
休憩中、村長さんが麦茶の入った水差しを手に、僕のところへやってきた。その顔は、深い皺の隅々まで喜びで満たされている。
「このじゃがいもがあれば、今年の冬は、誰一人としてお腹を空かせることはないでしょう。それどころか、余った分はヨナス殿を通じて他の町へも売れる。……本当に、感謝の言葉もありません」
「ううん、みんなで頑張ったからだよ」
僕がそう言うと、村長さんは「はっはっは」と豪快に笑い、僕の頭を優しく撫でてくれた。
夕焼けが畑を茜色に染め始める頃、その日の作業は終わりを告げた。疲れているはずなのに、誰も彼もが満ち足りた笑顔で家路につく。その光景は僕の心の中を温かいもので満たしてくれた。
◇
その日の夜。フェリスウェル家の食卓は、いつも以上に賑やかだった。
今日のメインディッシュは、もちろん採れたてのじゃがいもを使った、ヒューゴ特製のジャーマンポテトだ。香ばしい匂いが、僕の食欲を容赦なく刺激する。
「うむ。今年のじゃがいもは、一段と風味が良いな。ヒューゴの腕も相まって、最高の出来だ」
父様が、満足そうに頷きながら言う。
「ええ、本当に。これだけ豊作ですと、収穫祭も盛り上がりそうですわね」
母様も、にこにこと嬉しそうだ。
「収穫祭では、ヒューゴさんが新しいじゃがいも料理の屋台を出すと言っていたな。当日は、私も現場の監督として顔を出すことになっているんだ」
「まあ、レオンハルトは本当に働き者ですわね。領地のことにも積極的で父様も喜んでいらっしゃいますよ」
兄様と母様の会話を聞きながら、僕はもくもくとジャーマンポテトを口に運ぶ。うん、美味しい。
「ねえ、母様!」
不意に姉のイリスがぱっと顔を上げて言った。その目は期待にキラキラと輝いている。
「ねえ、母様! 収穫祭の日、この前買ってもらった王都の新しいドレス着ていってもいい!? あのリボンがたくさんついたやつ!」
「ふふっ、もちろんよ、イリス。一番お洒落をして、楽しまなくてはね」
「ふん、イリスも年頃だな。誰か、気になる男の子でもいるのか?」
兄様が、少しだけからかうように言うと、イリスは顔を真っ赤にして反論した。
「ち、違うわよ! た、ただ、領主の娘として、みすぼらしい格好はできないって、それだけよ!」
「はっはっは! そうかそうか! 俺の一番可愛い娘が、一番綺麗にしていくのは当然だ!」
父様が豪快に笑い、母様が優しく微笑む。兄様は、やれやれと肩をすくめている。
そんな家族のやり取りを眺めながら、僕は思う。
(収穫祭か。みんな、すごく楽しみにしてるんだな)
美味しいものがたくさん食べられるお祭りは僕も大好きだ。今年は、どんな美味しいものに出会えるだろうか。
こうして僕たちの領地の実りの秋の一日が穏やかに過ぎていく。
収穫祭の賑やかな足音は、もうすぐそこまで聞こえてきていた。