第56話「ナビの地図と、虹のかけら」
ヨナス商会が開店してから、数日が過ぎた。
村は活気がありながらも、どこか穏やかな心地よい日常を取り戻している。
その日の午後、僕は村の広場で子供たちが新しい紙に木炭で絵を描いて遊んでいるのを、ぼーっと眺めていた。
ルカは力強いタッチで剣の絵を、リリィは繊細な線で花の絵を描いている。みんな楽しそうだけど、その世界は白と黒だけだ。
(木炭だけだと、やっぱり少し味気ないな。色があれば、もっと楽しいのに)
『ナビ、この世界に「色鉛筆」ってないの?』
僕が前世の記憶にある、その懐かしい画材の名前を口にするとナビは即座に答えてくれた。
《はい。メルの前世における『色鉛筆』に該当する描画ツールは、現時点では確認されていません》
『そっか。じゃあ、作れないかな?』
僕がそう尋ねると、ナビは少しだけ思考した後、答えてくれた。
《理論上は可能です。メルの魔法による精密な加工を行えば、完璧な色鉛筆を作ることはできます》
『本当!? やった!』
《しかし》と、ナビは続けた。
《芯となる顔料と蝋の混合物を均一な硬さに生成し、それを寸分の狂いもなく木製の軸の中心に埋め込む工程は、現在の領地の職人の技術では再現不可能です。つまり、メルが一本一本、全て手作りするしかありませんので、あまり現実的ではありません》
《そこで代替案を提案します。より簡易的な固形描画材として『パステル』の製造はいかがでしょうか。顔料の粉を簡単な結合材で固めるだけなので、リディア氏や村の職人でも簡単に量産が可能です》
『パステル! いいね、それ!』
『ナビ、じゃあ早速、色の材料を探しに行こう。どこにあるか、分かる?』
《はい。当領地の地質データを広域スキャンした結果、顔料として利用可能な鉱物が四箇所に存在します。特に西の崖には『黄土』と『赭土』の美しい地層があり、一度に二種類を採取できるため最も効率的です。南の森の湿地帯には低品質ながらも『緑土』が。そして東の小川の川底には『白亜』が確認できます》
ナビの言葉と共に僕の頭の中には、宝の地図のような簡単なマップが表示された。
◇
僕は人気のない森の中まで歩いていくと、周りに誰もいないことを確認して、ふわりと空へ舞い上がった。
『よし、ナビ。宝探しスタートだ。まずは白い石からお願い』
《了解しました。ナビゲーションを開始します。このまま東へ200メートル。小川のほとりです》
ナビの正確な指示を頼りに、僕は森の上をすーっと飛んでいく。
眼下に、目的の小川が見えてきた。
『この辺り?』
《はい。川底の、あの白く光っている石です。それが白亜、チョークです》
僕は川のほとりに降り立つと、水の魔法で川の流れをほんの少しだけ脇に逸らし、濡れることなく綺麗な白い石をいくつか拾い上げた。
『次は、赤と黄色だね』
《西の崖へと向かってください。そこには顔料に適した黄土と赭土の層があります》
僕は、再び空へ舞い上がり西の崖へと向かう。
『ナビ、本当にこの辺り?』
《はい。その崖の中腹です》
西の崖の中腹へとゆっくりと近づいていく。
すると、ナビが言っていた通り、そこには赤茶色と黄色い土が綺麗な縞模様を描いていた。
(うわ、綺麗だなあ)
赤と黄色が美しい縞模様を描く地層から黄土と赭土を採取。
硬い地面も、ほんの少しだけ土の魔法を使えば豆腐のように柔らかくなる。
うん、魔法って、こういう時に本当に便利!
《次は、南の森の湿地帯です》
ナビに導かれてやってきたのは、少しジメジメとした薄暗い場所だった。
その地面の一部が、周りとは違う綺麗な緑色をしている。
『ナビ、本当に緑色の土だね。なんだか絵の具みたいだ』
僕が、その不思議な色の土を手に取って感心していると、ナビが冷静に分析結果を提示した。
《はい。これは『緑土』と呼ばれる粘土鉱物です。銅やセドナイトを含有するため緑色を呈しますが、顔料としての彩度はマラカイトに劣ります》
『なるほどー。まあ、今はこれで十分だよ』
僕はナビの少しだけ難しい解説を聞きながら、その緑土も少しだけ袋に詰めていく。
ナビと一緒に次々と色の材料を集めていく、こういうの秘密の冒険みたいで楽しいな。
◇
数時間後。
僕は自分の秘密基地である「お昼寝ハウス」に戻ってきていた。
今日、僕の小さな冒険で集めた材料を床に並べてみる。
西の崖で採った茶色と黄色の土。南の森で見つけた緑の粘土。東の小川で見つけた真っ白な石。
まるで宝物みたいに綺麗な色の土や石。
(うん、上出来だ)
僕は、そのささやかな冒険の成果に満足げに頷いた。
『ナビ、残りの材料は、黒と青だね』
《はい。黒色の顔料は、お屋敷の厨房で入手可能です。青色の顔料は御用商人のヨナス氏に依頼するのが最善です》
よし、と僕は一つ頷くと、宝物である色の土を秘密基地に置いて屋敷へと戻ることにした。
屋敷に戻った僕は、まず厨房へと向かった。
「ヒューゴ、お願いがあるんだけど。お鍋の底についてる、黒い煤、少しだけ分けてくれないかな?」
「へえ? 煤ですかい? 構いやせんが、何にお使いで?」
「うん。ちょっと、お絵描きにね」
「はっはっは! なるほど、そいつは面白い! よっしゃ、とっておきの煤を分けて進ぜましょう!」
ヒューゴは、楽しそうに笑いながら僕に黒い煤を分けてくれた。
そして、僕は最後の材料を手に入れるため、村の「ヨナス商会」へと向かった。




