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第51話「新しい『悩み』の種」

 次の日の朝、屋敷の空気は、昨日までの歓迎ムードとは打って変わって、少しだけぴりぴりとしていた。

 父様とレオ兄様は、朝食もそこそこに、執務室に籠もって何やら難しい顔で話し込んでいる。

 どうやら、昨日ヨナスさんが残していった、王都での報告書が原因らしい。


 その報告書がもたらした、新しい『悩み』の種。

 それが、僕の平和な一日を、少しだけ面倒なものに変えようとしていた。


 旅商人ヨナスさんが持ち帰った、王都での熱狂的な反応。それは、父様たちの想像を遥かに超えるものだったらしい。


 父様の一言で、僕も部屋の隅っこに座らされていた。


「今回の件は、メルが生み出した品に関わることだ。本人も同席させておこう」


 そういう理由らしいけど、僕としては早くおやつのプリンが食べたいだけで、会議の内容には全然興味がなかった。


「して、ヨナス殿。それで、何か問題でもあるのかね? お主の顔が、少しだけ曇って見えるが」


 レオ兄様が、鋭い目でヨナスさんの表情を読み取る。

 その言葉に、ヨナスさんは「へえ、さすがは若旦那様」と感心したように頷くと、少しだけ声を潜めた。


「実は、一つだけ、厄介な問題が起きやして…」

「なんだ?」


「へえ。旦那様のところの『トランプ』があまりにも人気なもんで、あっという間に、粗悪な『偽物』が出回り始めやした」


「「何だと!?」」


 父様とレオ兄様の、驚きの声が重なった。

 偽物。こののどかな領地では、これまで考えたこともなかった、新しい『悩み』の種だった。



「けしからん! 我々の商品を真似て、不当な利益を得ようなどとは!」

「父上、お気持ちは分かりますが、落ち着いてください。ですが、これは由々しき事態です。品質の悪い偽物が出回れば、我々の『本物』の価値まで下がってしまう」


 父様とレオ兄様は、頭を抱えていた。

 初めて直面する、本格的な商業上の問題だ。


「よし、レオ。すぐにヒューゴとゴードンを呼べ。対策を考えるぞ」

「はい!」


 しばらくして、執務室には領地の頭脳とも言える大人たちが集まっていた。


「うーむ。カードの裏面の絵柄を、もっと複雑なものにするというのはどうだろうか」

「いえ、父上。それでは、作る手間が増えすぎて、量産が難しくなります」

「旦那様、それなら、あっしの方で特別なインクでも手配しやすが…」

「いや、ヨナス殿。それでは、そのインクが盗まれれば同じことだ」


 ああでもない、こうでもないと、大人たちの難しい会議は、延々と続いていた。



 僕は、そんな大人たちの真剣な話を、少し離れたところで聞いていた。

 もちろん、内容には全く興味がない。

 ただ今日はおやつに、プリンが出る日だと聞いていたのに、会議が長引いて僕のおやつのプリンが、まだ出てこないことに少しだけイライラしていただけだ。


(まだかなあ、プリン……。退屈だなあ……)


 僕は退屈しのぎに、テーブルの上に置いてあった『紙』の切れ端と羽ペンを手に取った。

 そして、その紙の隅に、僕だけの秘密のマークをさらさらと描いていく。

 僕のサイン代わりの、可愛らしいキツネの顔だ。


(うーん、なんだか、少しだけ物足りないな)


『ナビ、このマーク、もっと特別に見えるようにできないかな? キラキラさせるとか』

《はい。ごく微量の魔力をインクに込め、定着させることで、特定の角度で淡い光を放つように設定可能です。術式を脳内に投影します》


『よし、やってみよう』


 僕はナビに言われた通り、羽ペンの先にほんの少しだけ魔力を込めた。

 そして、キツネの絵の、目の部分をちょん、とそれでなぞる。

 見た目は何も変わらない。

 でも紙を少しだけ傾けて、光に透かしてみると……。


(おお、光った)


 キツネの目が、まるで本物の星のように、淡くキラリと光を放った。

 誰にも気づかれない、僕だけのささやかな魔法のいたずらだ。



「……もう、これ以上は、良い案が思いつかんな……」


 父様が深いため息をついた、その時だった。

 父様は、退屈そうにしている僕の手元に、ふと目をやった。


「ん? メル、それは何をしている?」

「え? 落書きだよ」


 僕はひらひらと紙を振って見せた。

 そこには、キツネの顔が描かれていて――光にかざすと、目の部分が淡くキラリと光った。


「なっ……これは……!」

 父様が目を見開き、身を乗り出す。


「メル、どうやって描いた?」

「んー……プリンが待ち遠しかったから、ちょっと魔力をこめて遊んでみただけだよ」


 僕の気の抜けた返事に、大人たちは一瞬きょとんとした後、どっと笑い声を上げた。



 父様は僕の手からその紙をひったくると、机を囲む大人たちの前にそれを叩きつけた。


「これだ! これこそが、誰にも真似できん、完璧な偽造防止策だ!」


 大人たちは、きょとんとした顔で、その小さなキツネの絵を覗き込む。

 そして、父様の説明を聞いて、一人、また一人と、驚愕に目を見開いていった。


「な、なるほど……! 魔力を込めると光るインク……!」

「これなら、我々にしか作れん! まさに、王家の紋章ならぬ、『フェリスウェル家の認印』ですな!」


 あれだけ難航していた問題が、僕のささやかな「落書き」一つで一気に進展したのだ。

 父様は、すぐにリディアを呼び、同じ効果を持つ特殊なインクの開発を命じた。



 僕はというと、大人たちが盛り上がっているのを横目に、ようやく運ばれてきたプリンを頬張っていた。


「ん……やっぱりプリンは最高だ」


 父様がしみじみと呟く。

「やはり、メルには何か特別な才があるな……」


 でも僕にとっては、発明のことよりも、この甘くて幸せな時間の方がずっと大事だった。

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― 新着の感想 ―
特許うんぬんも良いけれど純粋にトランプを作っている任天堂はカジノで良く使われていますね。ポーカーだとカウンティング防止の為に1gameで使い捨てる。
いつも楽しく読ませていただいております。 子供と大人の挟間。。ゆったりした雰囲気が好きです。 色々大変でしょうがお体ご自愛下さい。 逢坂様の描くストーリーを楽しみにしております。
「でも僕にとっては、発明のことよりも、この甘くて幸せな時間の方がずっと大事だった。」 本当にそう思っているのなら、正直にそのとおり父親に話したらいいと思う。
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