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第5話「河原の賑わいと、兄様の約束」

屋敷をそっと抜け出して、僕は一人で村はずれの河原に来ていた。

いつもの静かな練習場所のはずが、今日はなんだかとても賑やかだった。


「こら、アーサー! またそんなに泥だらけになって! お母さん、お洗濯が大変なのよ!」

「きゃははは! 母ちゃんなんか、へのかっぱだー!」

「あら奥さん、こんにちは。子供は元気が一番よ! それより、パン屋の新しいお菓子、もう食べた?」

「まあ! 聞きました? あの、リンゴが丸ごと入ってるっていう……」


川岸では、村の子供たちが水をかけ合って遊び、その周りではお母さんたちが井戸端会議に花を咲かせている。

少し離れた流れの緩やかな場所では、お父さんたちがのんびりと釣り糸を垂らしていた。

みんな、とても楽しそうだ。


僕は、少し離れた草の上にちょこんと座り、その様子をぼんやりと眺める。


『ナビ、人は、どうして集まると声が大きくなるんだろうね』


《自己の存在を周囲にアピールする本能的行動と、単純な音響的マスキング効果の複合的要因が考えられます。簡単に言えば、周りがうるさいから、自分も声を張らないと聞こえない、ということです》


『なるほどね』


ナビの冷静な分析を聞きながら、僕はまた賑やかな光景に目を戻した。

なんだか、お祭りみたいで、見ているだけで少しだけわくわくしてくる。



「おーい、メルー! こんなとこにいたのかー!」


元気な声と一緒に、幼馴染のルカが僕を見つけて駆け寄ってきた。

その後ろから、リリィがやれやれといった顔でついてくる。


「うぉー! すげえ人だな! よしメル、俺たちも一番でかい水しぶきを上げて、みんなをびっくりさせてやろうぜ!」


ルカは、到着するなり僕の腕をぐいっと引っ張る。


「やめなさいルカ! 周りの迷惑でしょ! それに、メルを無理やり引っ張らないの!」


リリィが、必死にルカの服の裾を掴んで止める。

いつもの光景だ。


「ちぇっ。分かってるよ。なあメル、何してたんだ?」


「んー、みてた」


僕がそう答えると、ルカは「見てるだけかよ! つまんねーの!」と笑った。



「そうだ! メル、俺のすごい水切りを見せてやるよ!」


ルカはそう言うと、自信満々に、足元から平べったい石を一つ拾い上げた。


「いいか? こうやって、腰をひねって、手首のスナップを利かせて……えいっ!」


ルカが投げた石は、しかし、彼の思ったような軌道を描くことはなかった。

くるくると変な回転をしながら飛んでいくと、彼の足元からほんの少し先の水面に、ぽちゃんと情けない音を立てて落ちた。


ぱしゃ。


小さな水しぶきが、綺麗にルカの顔だけにかかる。


「「……ぷっ」」


僕とリリィが、同時に吹き出してしまった。


「あははは! なによそれ、ルカ! 全然飛んでないじゃない!」

「かおに、みず、かかってる」


「う、うるせー! 今のはちょっと、手が滑っただけだ!」


ルカは、顔を真っ赤にして、僕たちに怒鳴る。

でも、その顔は全然怖くなくて、僕たちはもっとおかしくなって笑ってしまった。

危険のない、ただただ微笑ましいだけの、いつもの時間だった。



僕たちがそんな風に笑い合っていると、後ろから優しい声がした。


「メル、ここにいたのか。母様が心配していたぞ」


振り返ると、そこに立っていたのはレオ兄様だった。

その手には、母様が持たせてくれたらしい、お菓子の入った小さなバスケットが握られている。


「あ、レオ兄様!」

「レオンハルト様、こんにちは!」


ルカとリリィが、元気よく挨拶をする。

兄様は、にこやかにそれに頷くと、僕の隣に優しくしゃがみこんだ。


「メル、前に約束したこと、覚えているか?」


「やくそく?」


僕が首をかしげると、兄様は「ふふ」と笑った。


「キラキラ光る魔法を、見せてやるという約束だ」


兄様はそう言うと、すっと立ち上がり、川に向かって手をかざした。

その手のひらの上に、川の水が生き物のように集まり始め、あっという間に透き通った水の玉を作り出す。


そして、兄様がその水の玉にマナを流し込むと、信じられないような光景が広がった。

水の玉が、内側から光を放ち始めたのだ。

太陽の光を乱反射させて、まるでたくさんの宝石を詰め込んだみたいに、キラキラと七色に輝いている。


「「「うわぁ……!」」」


僕とルカとリリィだけじゃない。

周りで遊んでいた子供たちも、その美しい光景に気づいて、目を輝かせながら集まってきた。



「すごい! レオンハルト様、すごい!」

「お星様みたい!」


子供たちの歓声に、レオ兄様は少しだけ照れくさそうに笑っている。

兄様は、人気者だ。


僕は、そんな兄の姿を眺めながら、バスケットの中からクッキーを一つ取り出して、静かに食べた。

甘くて、サクサクしていて、とても美味しい。

みんなの楽しそうな顔と、兄様の優しい魔法と、美味しいお菓子。

なんだか、とても幸せだな、とぼんやり思った。


『兄様、人気者だなあ』


《ええ。人心掌握術に長けていますね。観賞用の魔法を効果的に用いることで、年少者からの支持を確実に獲得しています。将来有望な領主です》


ナビの冷静な分析が、頭の中に響く。

僕は、その言葉の意味はよく分からなかったけれど、なんだか少しだけおかしくて、くすりと笑った。

穏やかで、賑やかで、そして最高に幸せな時間が、ゆっくりと流れていった。

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