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第45話「癒やしの郷、完成」

 あれから数週間。

 僕が「お空の見えるお風呂がほしいな」と言ってから始まった、壮大な温泉開発プロジェクトは、ついに完成の日を迎えた。


 北の丘には、以前の荒れ地が嘘のような、素晴らしい施設が完成していた。

 大工のゴードンさんが、村の男たちを総動員して作ってくれた、岩と木が美しく調和した湯屋。その奥には、湯気をもうもうと立ち上らせる、僕の理想そのものの露天風呂が広がっている。


「よし! 今日はお祝いだ! 村の者も、皆で一番風呂を楽しむがいい!」


 父様が、集まった村人たちの前で高らかに宣言すると、うおおおっ!という、地鳴りのような歓声が上がった。


「やったー!」

「領主様、ありがてえ!」


 村人たちが、我先にと湯屋へ駆け出そうとする。

 その時だった。


「待ちなさい!」


 一番に飛び出そうとしたのは、やっぱりイリ姉だった。

 彼女は、腰に手を当てて、得意げに胸を張る。


「一番風呂は、この私に決まってるでしょ! なんたって、私はこの領主の娘なんだから!」


 その、あまりにも堂々とした宣言。

 村人たちも、さすがに領主の娘を前に、たじろいでいる。

 そんな姉を、静かに、しかし威厳を持って制したのは、レオ兄様だった。


「待て、イリス」

「な、なによ、レオ兄様! 邪魔しないでよ!」


「この温泉を、最初に見つけたのは誰だ?」

「うっ……そ、それは、メルだけど……」


「そうだ。ならば、最初に入る権利はメルにある。それが筋というものだろう」


 レオ兄様の冷静で、しかし有無を言わさぬ言葉。

 イリ姉は、ぐっと言葉に詰まって、悔しそうな顔で僕を睨んだ。

 僕は、そんな兄姉のやり取りを、少し離れたところからぼーっと眺めていた。


「うーん。一番風呂もいいけど、僕はお風呂上がりのフルーツ牛乳の方が、楽しみだなあ」


 僕の、どこまでもマイペースな一言。

 その言葉に、その場にいた全員が、一瞬だけきょとんとした後、どっと笑いに包まれた。

 父様は、楽しそうに笑うと、場を仕切るようにパン、と手を叩いた。


「よし、分かった。では、この温泉を見つけてくれたメルに敬意を表して、まずは我々家族が一番風呂をいただく。その後は、村の皆で楽しむとしよう! よいな!」


 父様の言葉に、村人たちから、再び大きな歓声が上がった。



 こうして、僕たちは家族みんなで、完成したばかりの露天風呂へと足を踏み入れた。


「うわー! すごい! 本当に、お空が見えるわ!」


 一番にはしゃいでいるのは、やっぱりイリ姉だ。

 湯船の周りは、ゴードンさんが見つけてきてくれた、趣のある大きな岩で囲まれている。そして、天井はなく、どこまでも広がる青い空だけが見えた。


「うむ、これは格別だな……! 体の芯から温まるようだ……」

「まあ、なんて気持ちがいいのかしら……」


 父様も母様も、心の底からリラックスしたような、優しい顔をしている。

 僕も、最高の湯加減と、頬を撫でる涼しい風に、思わず深いため息が漏れた。


『ナビ、これだよ、これ。僕が求めていたのは』

《はい。計算通りの、完璧なリラクゼーション効果です。心拍数、及びストレスレベルの低下を確認しました》


 僕がナビとそんな会話をしていると、湯屋の方から、リディアが小さな桶を手にやってきた。


「皆様、よろしければ、こちらはいかがでしょう」

「あら、リディア。それは何かしら?」


「はい、奥様。私が、メルヴィン様のご助言を元に、いくつか試作しておりました、『薬湯の素』でございます」


 リディアが、布の袋に入った薬湯の素を湯船にそっと浮かべると、ふわり、と甘くて優しい香りが、湯気と共に立ち上った。


「まあ、なんて良い香り! カミツレの花ですのね!」

「うわ、本当だ! なんだか、お肌もすべすべになった気がするわ!」


 母様とイリ姉が、きゃっきゃと楽しそうにしている。

 うん、やっぱり、女の子はこういうのが好きだよな。



 僕たちが、最高の温泉を心ゆくまで満喫した後。

 湯上りの火照った体で休憩所へ向かうと、そこには満面の笑みを浮かべたヒューゴが、腕を組んで待ち構えていた。

 そして、彼の隣には、どっしりと鎮座する、僕の発明品第一号、『魔法冷蔵庫』の姿が。


「皆様、お待たせいたしました! 坊ちゃま直伝、湯上り特製ドリンクでございます!」


 ヒューゴは、そう言うと、魔法冷蔵庫の扉を開けた。

 中から、ひんやりとした冷気と共に、キンキンに冷えた、色とりどりのガラス瓶が姿を現す。


「うわー!」

「ほう、これは見事なものだな」


 僕たちは、それぞれ好きな色のフルーツ牛乳を手に取った。

 そして、なぜかみんな、自然と腰に手を当てて、その瓶を一気に煽る。


「「おいしいー!」」


 家族みんなの、幸せな声が、休憩所に響き渡った。

 火照った体に染み渡る、冷たくて、甘い、最高の味。

 これだよ。これこそが、僕の求める究極の癒やしだ。



 その後、村人たちも温泉を楽しみ、広場ではささやかな宴会が開かれていた。

 楽しそうな笑い声が、遠くから聞こえてくる。


 僕は、そんな賑わいを少し離れたところから眺めながら、自分も二杯目のフルーツ牛乳を飲んでいた。


『ナビ、これならもう、ずっとのんびりできるね』

《はい。理想的な安息環境が整いました。メルのストレス値も大幅に低下しています》


 僕はナビの言葉に、満足げに一つ頷いた。

 うん、今日のところは大成功かな。

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